第二十五話 大好きな日常

「これは......人形?」


 マーガレットは、先程まで自身を襲っていた何かの元へと近付いた。


 影により体中が貫かれたそれは、形状は人だがどこか違う。


 中身はスカスカで、あるのは力を失った魔法陣と紫に輝く石だけ。


「これは魔石?」


「そうだね。魔法陣には石を生成する魔法が彫られてるし、それの動力源として使われてたのかな?」


「詳しいですね」


「まあね」


 胸を張り、ニコッと笑う白髪のクロム。


「しかし、これだけの数を作るとなると、かなりの技術を持った人が作ったんだろうね」


「ええ。たしかに」


 マーガレットはこれらを作った人物が誰なのか予想は出来ていた。


 となるとガザリウス王と彼は——


 そうマーガレットが考えを巡らしている時だ。


 ズサッ


「誰?」


 マーガレットは足音がした方へ顔を動かした。


「? あなたはたしか......」 


 そこに居たのはメイド服を着た女性だった。


 白髪のクロムよりは少し背が高く、どこか大人びている彼女をマーガレットは知っていた。


 ガザリウス王によりクロム様の世話をするように言われていたメイド、ハカナが研究施設の柱の陰に隠れていた。


「ハカナさん、何故あなたがここに? まさか——」


「ガザリウス王の命令ではありません。そしてマーガレットさんを殺しに来たわけでもありません」


「では何が目的で?」 


「単刀直入に申し上げます。王を殺すのを手伝って下さい」



 ◻️◆◻️◆◻️◆



 私は母が大好きだ。


 母は私が小さい頃に亡くなってしまったが、亡くなる直前まで私を愛してくれた。


 小さかった私は死をよく理解していなかった。


 だから理解した時は、もう母に会えないと一日中泣いていたのを覚えている。


 父はそんな私をずっと慰めてくれた。


 王である父はとても格好よくてずっと私の憧れだ。


 どんな人にも優しく接して民として迎え入れる。


 私もこの国の民も皆んな父が大好きだ。


 だから私はあいつを許さない。


 そして許せない。



 ——クロムが訪れる一週間前——



「おはようハカナ」


「おはようございますお父様」


 朝食を食べようと食堂の扉を開けたハカナは、既に食べ終えた父と挨拶を交わして席に着いた。


「もうすぐお仕事ですか?」


「ああ。今日はカゴク王国から来客があるんだ」


「まあそんな遠くから。それにカゴク王国なんて世界で一、二争う程の大都市じゃないですか!」


「そうだな。父さん今日はシャキッとしないと」


「ふふ。そうですね」


「それじゃあ朝の見回りがあるからもう行ってくる」


「はい。お気を付けて」


 バタンと扉が閉まると同時に、使用人から食事が運ばれてきた。


 今日の朝食はオムレツとパンと野菜のスープ。


 それをハカナはゆっくりと口に運んでいった。


「それにしてもカゴク王国からの来客だなんて......どんな方が来るのでしょうか。ねえスミレ」


「そうですねお嬢様。そしてお口の中を空にしてから喋って下さい。汚いです」


 そう答えるスミレ。彼女はハカナに仕えるメイドだ。


 ハカナが十八歳でスミレが二十歳と少しの年齢差があるから、身分や親は違えど彼女たちは姉妹のような関係だった。


「まったくもう、汚いなんて酷いわ」


「じゃあそう言われないようにして下さい」


「ぐぬぬ......言い返せない」


 悔しがるハカナを眺め、スミレは微笑んだ。


「何笑っているの......」


 ムッとした顔のハカナがスミレを睨んだ。


「面白かったので」


「面白い——」


「それよりもお嬢様。本日は来客があるのですし、食後はお部屋のお掃除なんかを......」


 その言葉でハカナの体が硬直した。


「先日私が綺麗にしたばかりですし、まさかもう散らかっていたりなんか——」


「あっ! そういえば今日は市場を探索する予定がありましたの! いけないわ! 早くしないと」


 残っていた食事を口の中へ掻き込み、勢いよく席を立ち上がるハカナ。


 彼女はそのままの勢いで食堂を去って行った。


「ごちそうさまでしたー!!」


 ハカナの大声が城内の廊下に響き渡り、スミレはやれやれと溜め息を吐いた。


 そしてその手は素早く食器を片付けていたのだった。



 ◻️◆◻️◆◻️◆



 コンコンコン


「おはようコイナ」


「あっ、おはようハカナ」


 コイナと呼ばれた青年は自身の作業部屋にハカナを招いた。


 二人は幼馴染。ハカナは何かある度にコイナの作業部屋へ逃げるようにしていた。


「相変わらずすごい量ね。ちゃんと寝れているの?」


「最近はあんまり。でももうすぐで良い物が作れそうなんだ」


「良い物?」


「ああ。僕の、いや皆んなの希望になる物だ」


「へえー、少し見せてよ」


「ダメ。完成するまでは誰にも見せない」


「ケチ」


 頬を膨らませてハカナはコイナを睨み付けた。


「文句があるなら、毎回ここに逃げてる事スミレさんにバラしちゃおっかなー」


「むっ......卑怯な手を......」


「卑怯じゃないよー」


 そうしてコイナは作業部屋の奥へと消えて行った。


 きっと、先程言っていた良い物を作っているのだろう。


「皆んなの希望......」


 ハカナはコイナが好きだ。


 そして今の日常が大好きだ。


 父やスミレ、コイナに国の皆んな。


 大好きな人たちと過ごせている今をハカナは心の底から愛していた。


 変わってほしくない。誰か一人でも欠けてほしくない。


 でもいつかは終わりがきてしまう。


 大好きだった母のように。


「だからお願い——」


 何かに縋るようにハカナは願った。


 何年か先の事かもしれない、もしかすると明日、いや今日かもしれない。


 いつか終わってしまう大好きな日常を想いながら。



 ◻️◆◻️◆◻️◆



「起きろー」


「......ん? あれ? 私」 


「寝てたぞ」


 コイナに起こされ、ハカナは眠りから覚めた。


 ゆっくりと体を起こして、まだ重い瞼を擦る。


「あっ! 今何時!」


「今は......昼時かな? ってどうした?」


「今日来客が来るってお父様が.......」


 急いで立ち上がり、作業部屋の扉に手を掛ける。


「じゃあね」


「また明日来るわ!」


 コイナに別れを告げて、ハカナは少し早足で城に向かった。


 コイナに作ってもらった秘密の近道を通って、あっという間に城の裏門へと辿り着いた。


「誰もいないわね」


 城の衛兵や使用人にバレぬように辺りを見回す。


 誰もいない事を確認したハカナは、城内に通じる扉に手を掛けた。


「あれ?」


 ドアノブを捻った時にハカナはある違和感を感じた。


「開かない?」


 扉にはハカナが特別な魔法を掛けていた。


 それは自分が決めた人だけが扉を開けられるというもの。


 もちろんハカナ自身も扉を開けれるようにしている。


 しかし今は開かない。


「魔法が消された? それとも内側に何かある?」


 この扉は内開き。


 何かが扉の前に置かれているのかもしれない。


「《ウィンド》」


 ハカナが放った魔法により扉が開かれた。


 そして何故扉が開かなかったのかも判明した。


「誰よまったく。スミレのイタズラだったら——え?」


 ドロっとした赤黒い液体が内側から溢れてくる。


「何これ......血?」


 震える足を押さえながら、ハカナはゆっくりと城へ入って行く。


「ヒッ......」


 そしてハカナは言葉を失った。


 扉を塞いでいた正体。


 それは上半身だけになったスミレだった。

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