第二十四話 影に囲まれた世界

「クロム?」


「うん。そうだよ」


「......冗談なら笑えないわ」


「え? なんで僕名乗っただけなのにキレられてるの?」


 驚いている少年をマーガレットはゆっくりと観察する。


 その間、頭の中では愛しのクロム様を思い浮かべていた。


 クロム様の髪色は吸い込まれるような黒。少年の髪色とは程遠い。


 それに体格もクロム様に比べれば少年は一回り小さい。


 顔は少し似ている気がするが、マーガレットは勘違いだと思う事にした。


「お姉さん?」


「ごめんなさい。少し取り乱してしまいました」


 マーガレットは警戒を弱めた。


 少年を無害だと判断したしたからだ。


「それで、あなたは何者なんですか? 幽霊や記憶と言っていましたが......」


「そのまんま。だって僕もう死んでるもん」


「死んでる?」


「この施設で行われた実験のせいでね」


 近くにあった椅子だった物に足を組んで座る少年。


「あなたは本当に亡くなっているの?」


「うん。随分前にね」


「そう」


 それだけ答えてマーガレットは辺りを見回した。


「どうしたのお姉さん」


「......もしあなたの遺体が近くにあるのならちゃんと埋葬しないと、と思ったので」


「優しいねお姉さん。気持ちは嬉しいけどそんな事しなくて大丈夫だよ。それに僕が死んだのはここじゃないし」


「そうなんですか?」


「うん。具体的な場所は忘れたけどね」


 あっけらかんとした少年。


 本当に死んでいるのか疑ってしまう程だ。


「他に聞きたい事ある?」


 少年は椅子を動かしてマーガレットの側へと寄る。


 その口調、そして態度は何処か楽しそうな嬉しそうな。


 亡くなってからずっと一人だったとすれば、誰かと喋るという行為は少年にとって特別な意味を持つのだろう。


 マーガレットは少年と目線を合わせて、さらに質問をしようとした。


「——まずい」


「どうしたの? お姉さ——」


 突如、先が鋭く尖った矢の形状をした石が、マーガレットに向かって何処からか放たれた。


 マーガレットは咄嗟に体を反らしてそれを躱した。


「何処から——!?」


 石の放たれた場所を探ろうと顔を動かしたタイミングで、次は別の位置から氷の塊が放たれた。


 影を操り、最低限の動きで氷を薙ぎ払っていく。


「次は......」


 マーガレットは察した。囲まれていると。


 それも一やニでもなく、並の魔物や兵士でもない。


 数にして十近くのしっかりと連携の取れた手練れだと。


「お姉さん? 大丈夫?」


「ええ。ただごめんなさい。あなたとお喋りするのには少し時間が掛かりそう」


 そう言った直後にもマーガレットを狙った魔法が放たれた。


 石、氷ときて次は——


「炎ですか」


 三十近くの火球がマーガレットを囲むようにして迫って来る。


「——クッ」


 マーガレットはギリギリで躱した。


 しかしそれは全てではない。


 マーガレットの肩と足には火傷の痕が出来ていた。


「お姉さん!」


「大丈夫です。余裕ですこのくらい」


 そう言うマーガレットの表情は少しだけ苦痛で歪んでいた。


 そして、そうしている合間にも何処から攻撃が飛んでくる。


 石、氷、炎、挙げ句の果てには雷。


「アガッ——」


 多勢に無勢。


 影で攻撃をしようにもこの数を一気に倒す事は出来ない。


 逆にマーガレットがやられてしまう。


「お姉さん!!」


「だから大丈夫です。余裕です」


「でも——」


「でもじゃないです」


 少年が悲しみの表情を浮かべてマーガレットを見る。


 マーガレットはそれに笑みを返して目を瞑った。


 微かな音、そして気配、空気の振動を感じて相手の場所を把握する。


 そこに的確に攻撃を与える。


 今までのマーガレットならそうしていた。


 でも今は——


「クロム様、手合わせありがとうございました」


「うん。それにしても強くなったなマーガレット」


「ありがたきお言葉。感謝します」


「いやいや。それにしてもあれだな、お前戦闘中に色々考え過ぎた。そんな頭使ってたら俺ならパンクしちゃうや」


「そうですか」


「ああ。なんかもうまじやべえ、色々ピンチ! ってなったら何も考えず頭空っぽにしてぶっ壊せ」


 いつだっただろうか。クロム様としたそんな会話を思い起こすマーガレット。


「頭を空っぽに、ぶっ壊す」


 マーガレットは影を剣に近い形に変化させ至る所に放った。


 今の戦場は薄暗い地下。


 影を操るマーガレットとは相性が良過ぎだ。


影にシャドウ——」


 地下の研究施設、いやハジノク王国の地下全てをマーガレットの影が襲う。


 少年は幽霊だから当たる心配もない。


囲まれた世界ワールド

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