第十七話 死の行進 その1

「どっ......どうも。コイナって言います。よろしくお願いします」


 黒髪の青年はマーガレットとガーベラの前で頭を下げた。

 それを見て二人も頭を下げる。


「私はマーガレット、こっちはガーベラです。こちらこそよろしくお願いします」

「あんまり期待しないで下さい。なんか緊張してしまうので」


 弱々しく笑うコイナの雰囲気からとても国一番の技術者とは思えないと、静かにそう思うマーガレット。

 ただコイナからすれば、目の前の彼女が村で上位を争う程の実力者だとは思えないだろう。


「それでは早速お願いします」

「はっ......はい」


 ガーベラとマーガレットの二人は、コイナに続いて城の地下へと向かった。


「この奥が僕の作業部屋です」


 コイナが鍵を片手に扉を開けて中へと入る。

 ガーベラもそれに続き、マーガレットもそうしようと足を前出す。

 だが、彼女はそこである違和感を感じた。


「?......結界魔法?」


 ポツリと呟くマーガレット。

 何故かは分からないが、コイナの作業部屋を囲うように何かの結界魔法が発動していると彼女は直感的に気が付いた。


「どうして?」

「どうかしたかマーガレット? 早く入らないか」


 ガーベラが突然立ち止まったマーガレットを呼ぶ。

 しかしマーガレットはすぐに動けなかった。

 得体の知れない結界の中に入るというリスクを考えていたからだ。


 ただ立ち止まり過ぎて変に時間を使ってしまえば、心の底から愛しているクロム様から任せられた任務の達成度が落ちてしまう。

 そう思った彼女がした事。

 それはとても簡単な事だった。


 マーガレットが結界を壊すと判断したのは、その存在に気付いてから約0.02秒後。

 そしてただ壊すだけでなく、壊した直後に自身で安全な結界を張ったのだ。

 この間約0.4秒。


 そうして彼女は作業部屋へと入って行った。


「失礼します」

「どうぞ、かなり散らかっていますけど」


 コイナが言うように中はかなり散らかっていた。

 何かの設計図が床には散らばっていて、机には作業途中と思われる機械が置いてある。

 マーガレットはそれを見回しながら、クロム様から渡されていたメモを胸の谷間から取り出した。


 鼻に近づけ、彼の残り香で脳を充満させてから、メモに目を落とす。


 教えて貰いたいものリスト!!


 一、水、電気、ガス(火)関連。これらを簡易的かつ村の皆んなが日常生活で使えるように。


 二、物の加工をする機械または方法


「コイナ殿」

「はい。何か気になる物がありましたか?」

「水や電気、火を簡易的に使える技術なんてありますか?」

「そうですね。電気はまだありませんが、水と火ならありますね。少し待っていて下さい」


 そう言うとコイナはガサゴソと何かを探し出した。


「ありました」


 マーガレットが彼の手に持つ物へ視線を動かすと、そこには銀の色をした筒状の物があった。


「これは水道と言って、筒の内部に水を生成する魔法陣が彫られています。筒に手を翳し魔力を流す事で、水が生成されて筒の先から流れ出るという仕組みです」

「なるほど。水道ですか」


 水道と言う言葉にマーガレットは覚えがあった。

 それはクロム様の魔法の知識に存在していたものだ。


「これならエルフの村でも比較的簡単に作れるかと」

「そうですか。ひょっとして火も同じ仕組みで作れますか?」

「ええ。魔法陣の知識があれば」

「......魔力を流さないで、という方法もありますか?」

「それは何故です?」

「村の皆んなが魔力に長けている訳ではないので」


 そうマーガレットが言うと少しの間が空いた。

 考え込むそぶりを見せたコイナ。


「少し難しいですが、予め魔法陣に魔力を付与して、一定の条件下で発動させるようにすれば良いかと」

「それは———」


 マーガレットが言いかけた時だ。


死の行進デッドロードが発生しました」


 突如、部屋の天井から声が聞こえた。

 死の行進。

 それはマーガレットも知っていた。


「死の行進だって!?」


 コイナが慌てたように言う。

 ガーベラも驚きを顔に出していた。


「二人とも安心して下さい!! ここは安全ですので!!」


 そう言うコイナの表情は何か嘘臭さを感じさせるとマーガレットは思った。

 根拠はない。

 ただの女の勘だ。


 でもたしかに安全なのは事実。

 マーガレットはそう考えたが、それと同時にある事も考えた。


 クロム様はどうする?


 マーガレットの愛しの彼は今は城内でゆっくりしているだろう。

 ただ死の行進が始まったとなると、彼はそれに駆け付けるのではないだろうか。

 優しい彼だからこそ死の行進を止めに行くかもしれない。


 そうしたら初めて、彼が戦うカッコいい姿が見れるのではと彼女は一瞬にして考えた。

 あの山を三日月型に変化させた美しい紫色の輝きをもう一度見れると。


 結果彼女は、居ても立っても居られなかった。



 ◽️◆◽️◆◽️◆



「数はレッドキャップの時よりは少ないか」


 俺は空を飛びながら、現在ハジノク王国に迫って来ている魔物の数を探っていた。

 数はザッと三百くらい。

 まあ余裕で倒せる数だ。

 サッサと倒すか———


「ん? 誰?」


 現場に向かおうとしている途中に目の前に気配を感じて立ち止まった。

 目を凝らして見ると、どうやら俺同様ローブを着た人? が二人いるようだ。

 二人ともフードを深く被っていて顔がよく見えない。


 誰だろう。死の行進を止めようとしているギルドの人かな?


「あのー! 俺が止めるんで避難してくださ———い?」

弾け飛ぶ暴風ストーム


 突如、俺の体が後方へ少し吹っ飛んだ。

 すぐさま体勢を整えて顔を上げるが、もう一人が頭上から同じ魔法を放った。

 その影響で俺の体が地面へと落ちていく。


 鈍い爆発音が響く中、俺は体を起こして辺りを見回した。

 どうやら死の行進が発生しているからか、国民は何処かへ避難しているみたいだ。

 よかったよかった。

 これなら、


「弾け飛ぶ———」

「取り敢えずお前ら敵ね」


 ちょと力を入れて戦えるな。

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