第十一話 我はエルフを束ねる者。魔王———

「おっダイヤ、話は終わったのか?」

「ええ。それよりも貴方が引っ張っているそれは何?」

「キャキャ」


 ダイヤは嫌悪感をマックスにしながら俺の右手を眺めていた。


「こいつか? 俺も知りたいんだよ、こいつキャキャしか言わないんだ」

「そう」


 ダイヤはゆっくりと俺の方に近付いて、赤い奴に顔を近付ける。

 ジロジロと数秒程見た後にダイヤは急に顔色を変えて俺へと目線を移した。


「貴方、これレッドキャップじゃない」

「なんそれ」

「サファイア———あのゴブリンの少女に傷を負わせ、村の人達を皆殺しにした奴らよ。そして今、この村に向かって来てる奴らの事よ」

「お前まじかよ!」

「キャ?」


 何言ってんすか? みたいな顔で俺を見るな。

 それよりお前極悪人じゃないか。

 どうりでこいつを引っ張っている時にエルフ達から変な視線で見られた訳だ。


「アオバそいつ押さえてなさい。私が燃やしてやるわ」


 片手にあの焔の塊を出して、ゆっくりと構えるダイヤ。

 どうやら殺す気満々のようだ。


「おいちょっと待てよダイヤ」


 俺が咄嗟にそう言うと、ダイヤは再度嫌悪感を露わにする。


「何よ、貴方そいつを庇う気?」


 語気を強めたダイヤに、俺はすぐ言葉を返せずにいた。


「いや———」


 庇う気と問われたら少し違う気がする。

 たしかにこいつがなんかしたのは間違いないだろう。

 なんせ出会い頭に俺に向けて斧を振ってきたんだ。

 そしてあの血生臭い鼻を刺すような刺激臭。

 あれでなんもないって言う方がおかしい。


 しかしだ。

 それでこいつを悪、殺す対象として認識していいのだろうか。

 こいつがあのゴブリンの子を襲った確証もなければ、俺達はこいつの事情も何も知らない。


「庇うも何も、全てを知らないとだろ? 俺達何も知らないんだから———」


 俺がそう言い掛けた時に、ちょうど真横に突如現れる黒い霧。

 キキョウとマーガレットだ。


「クロム様報告に参りました」


 いいタイミングだな。

 この二人の情報を聞いてから、このレッドキャップの処遇を決めるとしよう。


「サンキュ」

「手短に申し上げます。ゴブリンの集落を襲い、ゴブリン達を殺したのはユノン帝国に属するレッドキャップという種族です。そしてレッドキャップは、キングレッドキャップを筆頭に現在この村を目指して進行途中、到着は明日の夜頃かと」


 うん? 今結構エゲツない話が聞こえた気が..........。


「数はザッと千体程です」


 平然と言うマーガレットだが、え? これ慌ててるの俺だけ?

 なんでみんな大した事ないって顔してるの?


「途中で気付かれてしまい、それ以上の情報は何もないなのです。不甲斐ない」


 下唇を噛みながら、なんか本気で悔しがっているキキョウ。


「キキョウの言う通りです。我々の力が至らず、本当に不甲斐ない限りです。せめて尋問用にレッドキャップを一体でも捕まえれれば............」


 いやキキョウにマーガレット、ハッ! って顔をして俺の手の先を見るんじゃないよ。

 俺は別にこの状況を打破できる何かを———ハッ!!


「キャ?」

「なあダイヤ。こいつを殺すのはもうちょい後にしてくれ」

「ええそうね」 

「キャキャ?」

「なあお前。これからは俺じゃなくて、このお姉さん二人とお話ししよっか」



 ◽️◆◽️◆◽️◆



「クロム様、尋問の結果を報告します」

「どぞ」


 俺専用に作られたちょっと豪華なコテージの中で、マーガレットと対面するようにソファに座った。

 背筋をシャキッとさせているマーガレットの姿はまるで美人秘書のよう。

 なんだか興奮してきたな。


「あのレッドキャップはどうやら下っ端のようで、大した情報を持っていませんでした」

「そうなのか」

「はい。奴が喋った情報の真偽は不明ですが、そのまとめがこちらに」


 そうして俺はマーガレットから渡された薄い木の板を手に取る。

 木の板にはロシア語のような文字がビッシリと書かれており、俺はそれを上から順に読んでいく。


 一、レッドキャップ達は魔王ユノンの命により、魔力の量が多く、魔法に長けているエルフ達の確保を目的としている。


 二、ゴブリン達を襲った理由は単純に邪魔だったから。


 三、一匹で村に来た理由は、レッドキャップ内でも役立たずで、偵察という使い捨ての駒にされたから。


「まず一の項目について詳しく。クロム様もご存知の通り、エルフは魔力、魔法というものに長けています」


 ごめん、全然知らなかった。


「絶対的な力を欲する魔王ユノンからは、前々から誘いを受けていましたが村のみんなは分かっていました。ユノン帝国に属したとて、男は争いの駒として使われ、女は上位種の魔物の孕み袋にされると」


 マーガレットが悲しそうに語るのを俺は黙って聞いていた。

 取り敢えずユノンって奴は今度絶対に一発殴っておこう。


「なので拒み続けたのですが、それが気に入らなかったのか、嫌がらせ行為を受けるようになったのです」


 魔王ユノンクソガキやん。

 やってる事が小学生と同じじゃないか。


「そのせいで私達もどんどんと痩せていき、多分ですが今なら抵抗できないと踏んで、力で捩じ伏せようと考えての行動でしょう」

「なるほどな」


 これが最初会った時に痩せていた理由か。

 そしてそんな大変な状況の中、俺が村に訪れたと。

 後でみんなに頭下げておこ。


「次に二の項目ですが、これもクロム様がご存知の通り、私達エルフの村とゴブリンの集落は、互いに協力関係にあります」


 だから本当にごめんマーガレット。

 全然知らなかった。


「ユノン側は、ゴブリン達から我々の情報を引き出そうとしたのかと」

「でもだとしたら、邪魔だったってどう言う事だ?」


 ここで覚えた違和感を俺はマーガレットに質問した。


「そこですクロム様。そこが分からないのです」

「あのレッドキャップはなんて言ってたんだ?」

「ゴブリン達が邪魔だと言う話を聞いた直後に偵察に出されたと」

「なるほどな」


 肝心なところが不明なのか。

 まあそこら辺は対峙した時にでも聞くとしよう。


「三の項目は...........」

「ああ、別に大丈夫だ」

「分かりました。それじゃあ私はここで」

「また何か判明したら頼む」

「承知しました」


 とまあ、報告を終えたマーガレットには帰ってもらった。 


 バタン


 そう扉が閉まる音を聞いてから、俺はソファを立ち上がってこっそりとコテージを出た。

 今からやる事はあんまり人に見られたくないからな。


「さてさて行きまっか」


 今からするのは何も考えず、ただ感情的になっての行動だ。


 俺は魔力で身体能力を底上げさせて、そのまま誰にも気付かれない速度で村の東へと一気に駆けた。

 村を離れる訳にはいかないと思ったのだが、流石にこればっかしは誰にも見られない所で一人でやりたい。

 なんせ結構酷い事になりそうだからな。

 それに村には何重にも結界を重ねたし、もし破られても一瞬で辿り着けるからいいだろう。


「おっと」


 少し回り道をして辿り着いた場所。

 そこは辺りが血だらけで所々が焼けこげている。


「死体は............あっちか」


 鼻を動かし、一番臭いがキツい所へと向かう。


「ああこれが」


 森の中にあるちょっとした洞窟にそれらは居た。


「これがゴブリン達ねえ」


 既に骨になった奴、所々喰われた奴、そしてドロドロとした白い液体を掛けられている奴。

 見ただけで玉金が縮まる思いがする。


「俺には女性を無理矢理犯す趣味も勇気もねえんだよ」


 ポツリと呟いて、俺は火を放った。

 いつか見た夢と似たような光景だ。


「んじゃ次だ」


 ゴブリンの集落からエルフの村までは走って二日といったところ。

 まあ俺からすれば一瞬なんだけどね。


 奴らが来るのに、キキョウとマーガレットは明日の夜頃って言ってたから、


「あっ居た」

「キャ?」


 ザシュ


 取り敢えず手刀で一匹。

 そしてそいつの首を掴みながら、俺は奴らの、レッドキャップ達の先頭で立ち止まった。


「誰だ?」


 一番先頭の奴、多分こいつがキングレッドキャップって奴だろう。

 どうやら口が聞けるみたいだ。


「答えろ!」

「静かにしてくれ」


 今の時刻はちょうど夕方と言ったところ。

 もうちょい暗かったら最高に格好がついてたな。


「我はエルフを束ねる者。魔王クロム=クロシュバルツ」

「何!?」


 勢いで言って思ったが、三十過ぎにもなって我って口調は恥ずいな。

 今回は反応がいいからよかったが、冷たい視線で見られ始める前にやめておこう。

 今はこれっきりの特別版って事で。


「お前達も知っているだろう。ゴブリンとエルフは協力関係にあると」


 奴らが俺を怯えて、冷や汗をかいているのがよく見える。


「ゴブリン達よすまなかった。苦しんだだろう、痛かっただろう、辛かっただろう」

「だからなんだって———」


 復讐は何も生まない。

 俺はずっとそう思っていた。

 でも、あのゴブリン達の惨状を見たらそうも思えなくなった。

 まあ逃げ道を作るとすれば、これからエルフ達に訪れてしまう恐怖をサクッと取り除くだけ。


 俺が今からするのはそれだけの事だ。


 だから今から言う言葉にはなんの意味もない。

 まあでも弔いにはなるかな?


「本当にすまなかったゴブリン達よ。でも安心してくれ、今が復讐の時だ」

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