第122話 勇者依頼書【龍の偵察】

 食事を終えたガルム皇帝と共に、謁見の間へと移動する。


 開口一番に、ガルム皇帝は頭を下げた。


「待たせてすまない、第十勇者よ。朝食のお残しは厳禁なのだ……」

「食べねば頭が回りません。本日も体調に異常はありませんゆえ、当然の事です」


 秘書のリサさんにはガルム皇帝と言えども従う他無いらしい。


 いや、ミュナさんやフィトにも敷かれていそうだな。


「話はフィトより聞き及んでいる。新たな風龍がローザ山脈を根城にしているようだな?」


「はい。それでこちらに遣わされてきました。ベアトリクス公爵、ダーキッシ王の親書になります」


 僕は2通の親書をガルム皇帝に手渡しする。


 ガルム皇帝はその場で開き、目を通した。


 ガルム皇帝の後ろから、リサさん、ミュナさん、フィトが覗き込んでいる。

 みなさん仲良しですね。


 ガルム皇帝は親書を読み終えるなり大きな溜息を吐いた。


「3匹目の龍が思いの外近い。第十勇者ノリに偵察を頼みたい。三国連名による勇者依頼書をここに発行する」


 どうやら、親書は勇者依頼書の要望だったようだ。


 勇者依頼書とは勇者にしか依頼できない依頼書であり、三国の長の署名が必要だ。


 ウェスタリアはどうなってるって?


 僕が所属している場所だから署名無しで問題無いらしい。


 そりゃどの国も勇者を欲しがる訳だよ。


「かしこまりました。風龍の偵察……だけで良いんですよね? 倒すと他に行っちゃいますし」


「そうだ。大人しくしているなら倒さなくて良い。現に【金龍】と【闇龍】は2000数年は悪さをしていないからな」


 その二龍は最も古き龍として崇拝する者もいるくらいだ。


「ついでにその二龍も偵察しましょうか?」


 僕の申し出に、ガルム皇帝は深く考え込む。


「本来ならば、余計な刺激を与えるな。と言いたいところなのだが……ううむ」

「ガルム皇帝、第十勇者様ならばお話しても良いのではないでしょうか?」


 リサさんがガルム皇帝に進言する。

 それでもまだ悩むが、すぐに顔を上げた。


「ここだけの話……と言ってもベアトリクスには知られるだろうが、そこまでにしておけ」


 やばい。面倒くさい話に首を突っ込んでしまった。


「じゃあこの話は聞かなかったことに――」

「【闇龍】がな……」

「言っちゃうんですかぁ!?」

「ハッハッハ! どうせ貴様も巻き込まれるのだ! 一蓮托生とゆこうではないか!」

「そんなー!」

「今度一杯奢ってやる……その時は朝まで飲むぞ」

「約束ですよ……」


 女性陣の目が冷たい。


 僕もガルム皇帝も咳払い1つで本線に戻る。


「【闇龍】が、2000年を経過して名が変わった。報告書にもあっただろう?」

「【呪眼の反闇龍元の】名ですか? どう読むんですかね? これ」

「読み方だけが変わった。以前は『カースアイズ・アンチダークドラゴン』だったのだ。今は『カース・ザ・ミヤ』に変わっている」


 厨二病からド厨二に変わっただけにしか見えない変わりようである。


「それからだ。【闇龍】が不定期的に暴れる」


 は? 【闇龍】が暴れる?


「え? それって危険じゃないんですか?」

「そうだ。だが、その度に【金龍】が【闇龍】を抑え込んでくれている」


 まーじで?


「これも代々皇帝とその側近にしか伝えられていないことなのだが【金龍】と【闇龍】は、ずっと帝国と交流していたのだ」


「はぇ? 従えていたということですか?」


 おーい、面倒事どころの話じゃないですよコレ。


「……いや、簡潔に言うとだな……【金龍】も【闇龍】も、配下の竜を抑え込む代わりに情報を寄越せというのだ。我ら人間の情報をな。表向きは生け贄を出すことになっているが、我々はその際に2年分の情報を紙で差し出すことになっている」


「そんなことまでしていて仲良くは出来ていない?」


 交流と言っても、手を取り合って仲良くというニュアンスに聞こえてこない。


「どちらも『帝国の者共と手を組む等有り得ぬ』と一蹴されてしまってな……」


「龍相手にナニやっちゃったんですか?」


「それが分かれば苦労はせぬ……2000年前だと、我が帝国はローザ帝国とリリィ共和国に分裂していた頃だからな」


 国が違うんじゃ分かる訳ねぇですわ。


「だが、ここ数年で【闇龍】が暴れ始めた。【金龍】曰く、帝国ではどうしようもないとのこと。だが、第十勇者なら何とかできるかもしれぬ。【風龍】が先だが、【金龍】にも会ってほしい。ここ数ヶ月で情勢は一気に変わった。【金龍】もこれらの情報であれば喉から手が出る程に欲するだろう」


「それなら僕が会っても問題無さそうですね」


 普通に【金龍】と対話できるのか。


 だいぶファンタジーになってきたぞ?

 いや、勇者やってる時点で十分ファンタジーか。


「【風龍】偵察の間に、【金龍】用の資料を用意しよう。ミュナ、フィト、リサ、頼むぞ」


 ガルム皇帝の言葉に、3人の美女はサッと頭を下げ、スッと後ろに下がって退室した。


「ふぅ〜……たまには他の女に囲まれたいとは思わぬか? ノリよ」

「バレて死よりも恐ろしい目に遭うので嫌です」

「やめろ、我にもその光景がありありと浮かぶ……。はぁ〜、落ち着いたらシドやダーキッシと共に飲みたいものであるな」

「ダーキッシ王もですか?」

「ダーキは昔、今のようなヤツだった。完全に腑抜けたと思ったが、昔のダーキに戻った。ノリのおかげだと、この前【玉音映写】で城飲み会を開いてだな……」


 ビデオ通話飲み会の文化あったんかい。


「是非、今度僕も混ぜてください」

「ノリ、貴様はアホか」


 なんで怒られるんですかぁ!?


「ノリの【ゲート】があれば、こっそり城を抜け出して酒場で飲むことができるだろう。皆で集まってな。そのまま娼館へ……ふふふ。我らも嘗てアーニィ・マリィルートに通い詰めたことがあるくらいだ。なぁ、『呪いの薔薇』から奇跡の復活を遂げた娼館の裏オーナーよ?」


 マジで? 我らもってことはダーキッシ王も?


「まぁ、アーニィ・マリィルートが良過ぎたせいで我らの世継ぎが産まれんのだ」


 あ、そういうことなんすね。


「今、世界の評判を独占しているアーニィ・マリィルートだ。期待しているぞ? 出来ることならば娼館にも行きたいが、優先すべきは酒だ。冗談抜きで、本気で期待しているからな?」


 僕に迫るガルム皇帝。


 目がマジなヤツである。


 娼館にもだけど、酒場に勇者と王様と皇帝と大統領とか店のマスターがひっくり返るわ。


「酒場探しは、お願いしますよ?」


「それは任せろ。きちんと相談し、選定しておく」


 僕は皇帝と熱い握手を交わし、【風龍】のいるローザ山脈へと飛んだ。

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