第113話 大使館

 強面の男が1人、監視カメラ越しに頭を掻き毟る。


『くっそ、ノリは結局ナニがやりてぇんだよ! 俺達を守る? エリスめ、テキトーなこと言いやがって! 内容はほぼ〘二十一か条の要求〙じゃねぇか! 総理もヘラヘラと……いや、腹抱えて笑ってやがったしよ!』


 そして執務室へと、文雄はやってきた。


「おかえり〜、文雄」

「マスター! 文雄なんて放っておいて、ヒナにもっと構うのであります! わんわん!」

「ヒナちゃん……可愛スギます! ノリさん、食ベテもヨイデスカ!?」

「ノーリィ、あーしもかまちょ。ヒナもあーしも! あ、フミオっちおかえりぃ」

「ハッハッハ、ここは賑やかで良イところダな」

「まぁノリさんッタラどこでもモテモテですわネ」

「父は……モテモテ……娘の立場……危うい……帰ったら会議……緊急会議」


 執務室のソファーで揉みくちゃにされている僕に向けて文雄は叫んだ。


「なんでノリ一行がここにいるんだぁぁああ!?」


 盛大なツッコミをありがとう、文雄くん。


 僕は右腕にヒナ(にくっつくリリカちゃん)、左腕にレンを添えて立ち上がり、膝から崩れ落ちた文雄を迎えに行く。


「これ以上クロス・ベルを放置したらヒナとレンが爆発しそうだったから」

「爆発する5秒前だったのであります!」

「あーしは3秒前ぇ〜」

「俺は数え切れネェ程爆発してんだよ! 説明しろやノリィ!」


 僕は真面目な顔になり、文雄をジッと見る。


「な、なんだよ?」


 文雄は僕から少し目を逸らした。


 後ろで女性陣がナニか話している。


 これはクる? ナニが?


「文雄、今まで勝手に突っ走り過ぎた。ごめん。本当は相談しながらやりたかったんだ。でも、時間が足りなさ過ぎた」

「……あんな状況じゃぁな……大厄災とやらがどういう位置付けかも、理解不足だった。俺も悪かった……」

「だから、クロス・ベル本部にウェスタリア大使館を設置することにしたから、宜しくね。文科大臣兼大厄災担当大臣」


 文雄の目が点である。


「はぁぁ〜あ!?」

「ふぇ!? ここが大使館になるのでありますか!?」

「え〜? 大使館って治外法権、ん〜? あーしらの立場はぁ?」


 文雄とヒナは混乱しているが、レンは少しだけ理解したようだ。さすがレンだね。


「レンの質問に答えよう。立場は今と変わらないよ。大使館の仕事もやってもらうことになる。当然人手が足りなくなるけど、そこはウェスタリアから補充するよ」


 レンだけは頷き、ヒナと文雄はまだ混乱状態が解けない。


 じゃあ、大事な事を言っておこう。


「文雄、レン、ヒナ。何かあったら、ここに亡命するんだ。もちろん、何も無いに越したことはない。だから、遊びにおいで。僕の第二の故郷、ウェスタリアへ」


 僕がこう言ったら、文雄もレンもヒナも、驚いた顔のまま、涙を零した。


 そしてレンとヒナが僕の胸に顔を埋める。


「ノリィ、やっぱり、ノリはノリだよねーっ」

「びぇええん! エリスさんが言ってた通りであります! マスダー! もう一生離れないでありますぅ!」

「へへ、そうかよ。そうか、そうだよな。ノリは――でもよ」


 文雄は涙を指で拭い、階段の方を指差した。


 そこには瑠花がいた。


 こっそりと、覗き込むように、僕を見ていた。

 その目は、僕が迎えに来るのを待っている子犬のようで――。


 ――ベアが僕を制した。


 そして、ベアだけが、瑠花に寄る。

 僕も動こうとした。


 でも、ヒナとレン、そしてリリカちゃんに留められた。


 ベアが瑠花の前に立つ。


「敵を見誤った結果だ。私だけを敵視していれば良かったものを」

「うっさい……関係無いでしょ?」

「そうだ。ルカは関係無い。ここの職員でも無いようだ」

「はぁ? 私は勇者よ!」

「勇者に敵対する者を勇者とは言わん。去れ。今から話すことは機密事項だ」

「いやよ」

「そうか。ならば朱乃にも伝えおくと良い。『ノリはもう返さぬ』と」


 ナニ話してるのかは聞こえないが、相当険悪だぞ?


 普段なら聞こえるんですがね。

 リリカちゃんの妨害魔法で全く聞こえないんですわ。


 あ、ベアが戻って来た。


「ノリ、愛している」

「ん? どうしたのベアんぐむぅ!?」


 大混乱の僕に、舌を絡ませるように捩じ込んでくるベア。


 僕はさすがにベアを離す。


「ベア! 時と場所は弁えなさい! ってかなんで急に! 娘達も見て――」

「父よ、私は見ていない」


 フウカは指2本で目を隠していた。いや、チョキの形で開くなし。


「フウカは良くても瑠花が――」

「ルカはもういないぞ」


 ベアが指差した先には、もう瑠花はいなくなっていた。


「……朱乃さんのこと、どうすんだノリ?」


 僕が言及しようとしたら、ベアに口を塞がれた。


「朱乃とのことは、私が全てを請け負う。むしろノリに絡ませるな。形はどうあれ、朱乃も瑠花も離縁という形でノリを切り捨てたことは事実。ノリの優しさに全て縋らせるな。元はと言えば、瑠花と朱乃が悪い。そうは思わんか?」


 文雄はベアを睨むけど、大きく息を吐く。


「確かに、全部ベアトリクス公爵閣下、てめぇが悪ぃ。だが、ノリは悪くねぇってとこだけは一致だ」


「うむ、それで良い」


「……落とし所は?」


「ルカがノリに謝罪する」


「ぁん? それだけか?」


「我らは全力で妨害するがな」


「汚ぇ……」


「ルカは勇者だ。それに朱乃の能力もあれば今すぐにでも可能だろう。落とし所としては妥当だと思うが?」


 僕は文雄とベアのやり取りを見ることだけしかできない。


「……まぁ瑠花の言動を考えりゃそんなもんか……。そのせいでコッチもこんだけのとばっちり受けた訳だしなぁ。ヒナ! レン! この件で瑠花に絶対ぇ協力すんなよ!」

「え!? それはあんまりであります!」

「ちょっち〜、それは瑠花ちゃんがツラくなーい?」


 文雄の言葉がヒナとレンに被弾した。


「瑠花のノリへの態度、許せんのかよ?」

「それは……」

「言い過ぎてるなー感はあったよー?」


 文雄はヒナとレンをジッと見る。


 ヒナとレンは両手を挙げて降参のポーズを取った。


「分かったのであります。確かに思うところはありました。ですが、誘導しない程度の相談を受けることは許してほしいのであります」

「瑠花ちゃん、ゆーて16歳だよ〜? まだ若いんだからぁ、少しくらい猶予は〜。ねぇ〜?」


 ベアは笑った。


「そうか。こちらで16はまだ子供か。そうか、ククッ」


 勇者は15で成人扱いだもんな。

 フウカやアカネを見ていて思う。


 瑠花はまだ子供なんだって。


 まだ僕が守っ――。


「ノリさん。遠くから見守る。それは大事な事です」


 メリルちゃんに心を読まれてしまった。


 ……親バカが過ぎたか……。

 瑠花も、萃花も、朱乃だって、いつも僕の手の届くところで守ってきた。


 やり過ぎていたらしい。


 メリルちゃんと、文雄が僕を見て頷く。


 分かったよ。僕の負けだ。 


 しばらく瑠花とは距離を置こう。


 それで良いね?


 メリルちゃんは笑顔で頷いた。


 そして、クロス・ベルを大使館として機能させるための打ち合わせを進めるのだった。

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