第ニ章 厄災の足音

第17話 スズ、大きくなる

 新しい朝が来た。


 ここ数日、ベア直々の依頼で、下水掃除を行っていた。


 イジメの気配を感じたので、下水の最奥部に下水処理場と地下水脈を作ってやりましたわ。

 5年後くらいには地下ダムができてるんじゃないですかね。


 その下水掃除が終わった翌朝だから、とても清々しい気分で目が覚める。


 スズの子犬のような寝顔を今日もじっくりと堪能しよう。


 相変わらずスズは僕にくっついて眠るのが好きだからなぁ。


 10歳にしてはやけに小さいが……ん? やけに重いな。


 まさかスズとカノンさんが入れ替わっているのか?


 いや、カノンさんにしては軽い……。


 おやおや?


 僕の腕枕で寝ている犬耳の女性はどちらさまかな?


 この女性の向こうには、カノンさんが寝ておられるぞぉ?


 ……先手を打つ。


「カノンさーん。助けて、カノンさん助けてぇ」


 僕は小声で叫ぶ。

 カノンさんの耳がピクピクするだけでそれ以上の反応は無い。

 ならばと雷魔法Lv1、静電気を発動する。

 ちょっと痛いけど許して。後で何でもするから!


 カノンさんの耳に魔法を当てると、やっぱり痛かったようで、カノンさんは飛び起きた。


「ごめんカノンさん。助けて。そしてこの子だれ?」


 カノンさんは一瞬だけ僕を見下すような強い眼差しを向けるが、すぐに女の子の方を見て喜ぶ。


「ノリ様、スズが、スズが成人の姿になりました!」


 眠っている女の子のことなど気にせず、歓喜の声をあげるカノンさん。


「え? スズ? この女の子が?」


 賑やかにしていたら、女の子が目を覚ました。


「ママー、うるさーい。ノリくん、おはよぉ」


 声色が大人びてしまったが、どう聞いてもスズである。


 小学校低学年の娘と思っていたら女子高生になっていた僕の気持ちが分かるだろうか?


「んー! ノリくんのご飯、おいひぃー!」


 朝のハニートーストを頬張る姿は幼いスズのままである。


 しかしながら、カノンさんは神妙な面持ちでスズをオババの所へと連れて行く。


 来るなと言われなかったので僕もついていく。

 オババは1階に居住している。お嬢待機部屋の隣だ。


 寝起きのオババだったが、スズを見るなり仕事の顔になる。


 その場で話が始まった。


「スズがそこまで回復するとはねぇ。元々何が原因か分かっていなかったが『呪いの薔薇』という病が取り除かれれば、いつかはこうなるさね」

「はい、オババ。だから、私はスズを連れてきました。今朝起きたら、成人の姿になっていたので」


 僕が盛大に首を傾げると、カノンさんが説明してくれた。


「獣人や獣人のハーフは10歳になると子供の姿から大人の姿へ変容するんです。そういう生態なのです」


 つまり遺伝的に決まっていると?

 さすが異世界。人種も違えば成長過程まで違うのか。


「つまりさね。スズは10歳を過ぎても子供だったから保護してやっていたが、見た目も成人になっちまった。つまり、働かなきゃならんさね。働かない者を在籍させる余裕は、今はあるさね。ただ――」


 オババの言うことはもっともだ。


「さすがにそこまでの特別扱いはできないってことでしょ? それくらい僕でも分かるよ。スズの選択肢は?」


 オババは、スズに向き直る。


「いいかい? あんたには、2つの道があるさね。ここで働くか、ここを出て外で働くか。2つに1つ。酷なのは分かる。でも、今、選ぶさね」


 スズは、突然のことにも関わらず、駄々を捏ねることもなく、オババと向き合う。


「……たまには、遊びに来ても良い? オババや、ママに、会いに来ても良い?」


 スズの言葉に、オババもカノンさんも、目を潤ませて答える。


「当たり前さね。しばらくは毎日でも良いさね」

「スズ、何かあったら、すぐにママのところに帰ってきてね」


 スズはここを出ていくことを決めたようだ。


 アレだ、これは正しく巣立ち。いや、親離れだ。


 多分だけど、獣人ってみんなこうなんだろうな。


 騒ぎを聞きつけ、遠くから見守ってくるお嬢達。

 セピア以外みんないる。


 ニーアがオババに寄ってくる。


「オババ、スズを雇い直すのは、やっぱナシにゃ?」

「ナニで雇うさね? 金にならないことでは雇えないさね」

「カノンみたくノリ専属の……とかにゃ」

「バカ言うんじゃないさね。カノンは会計処理やら事務処理もできるからノリ専属のお嬢扱いにしてるさね。スズとは訳が違うさね」


 ニーアはフニャフニャ言いながら戻っていった。


 そしてスズは、みんなの前で一礼し、笑顔を見せ、無言で部屋まで駆けて行く。


「いつかこうなる日のことは話していました。そして準備もしていました。荷物を取りに行ったのでしょう」


 カノンさんが寂しそうに見守っていた。


 その時、僕の手の指に糸が絡み、引っ張られる。


 僕はその方向を見る。


 セピアが柱の後ろに居た。こっちに来いと?


 僕はカノンさんや他のお嬢に気付かれないよう、闇魔法を発動してセピアに近付いた。


「さすがね。そのままで良いわ。私も気配遮断を使ってるし」


 さすが蜘蛛ハーフ。闇魔法も使えるんですか。


「私からのお願い。スズの傍に居てあげて。カノンは反対するだろうけど、少しの間で良いから」


 スズさんモテモテですね。

 でも、僕はセピアにだけ伝えることにする。

 ヒントはさっき得た。


「実はね、僕に良い考えがあるんだけど」

「ん? どんな?」

「ゴニョゴニョ……」

「……ふふ、あははははっ」


 セピアは笑った。涙が出るくらいに。

 すぐに落ち着いたけど。


「ノリ、本当に面白いのね。涙が出るくらい笑ったの、初めてかも。みんな驚くわ。それでもう一度……ふふ、笑わせてもらう」


 僕はニヤニヤするだけだ。


「お礼は、何が良い?」


 セピアさん、そんなこと言いながらセクシーポーズしてくれなくても良いですよ。


「お礼はニーアにあげてよ。ニーアにヒントを貰ったからさ」

「……いつか、覚悟しておいてね?」


 待って。なんでいきなり殺気を飛ばされなきゃならないんですか? いや、殺気というか、捕食される前の命の危機的な?


 僕は元の位置に戻り、闇魔法を解除する。


 涙が零れそうになるカノンさんの頭を撫でて、スズの見送りをした。


 もちろん、スズが娼館を出ると同時に、僕も出発するけどね。

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