第16話 公爵閣下、娼館を体験する

 物理的に胃が捩じ切られるかと思いきや、僕とカノンさん、ベアとメリルの4人になったところで、メリルから溜息混じりに救いの手が差し伸べられる。


「貴方がノリさんよりお話を聞いたカノンさんですわね。命を救われたという」


 睨んできていたベアの視線が急に和らぐ。


「ほぅ、不謹慎ではあるが、おかげで『呪いの薔薇』から回復する者が多くなっている。カノンとノリの出会い、神に感謝しよう。奴隷と言うのはやり過ぎだと思うがな」


 最後にキッと僕を睨むベア。

 か、可愛い顔が台無しですよ?


 しかし、カノンさんもカノンさんである。


「私としましては、もっと娼館らしい命令をしていただきたいのですが、ご想像のような命令は何一つとして受けたことがございません。どうも私はノリ様の好みではないようですので」


 おぉっとカノンさん。

 ベア様の鋭い視線はラーニングしなくても良いのですよ?

 いつものおっとりスマイル、にこやかスマイルを下さいな。


 メリルが驚いた顔をし、困惑気味のベアに耳打ち。

 なんでちょっとニヤッとした後で溜息を吐くんですかね?


「あの、部屋に着きましたが……視察されるんですよね?」


 僕は空気を変えるために本来の路線に話を戻す。


「うむ、そうだな。せっかく来たのだから視察せねばな」

「はいお姉様。ちょっとドキドキしますわ」


 もしやこの仲良し姉妹は遊びに来たのかな?

 ウキウキしているのが顔に出ておりますよ?


 そして個室部屋の中を見た時、2人は驚愕の顔を見せた後で、僕を笑顔で睨んできた。

 だから、なんで?


「カノン・モードレイズよ。設備について説明せよ」


 僕の困惑顔を無視し、ベアはカノンさんに説明を要求する。


「畏まりました。まず、土足厳禁です。申し訳ありませんが、入口のマットの上で靴をお脱ぎください」

「この布の上で脱ぐのか。ふむ、続けたまえ」


 ベアとメリルはブーツを脱いで、フロアに入る。


「こちらがベッド、そしてこのタイル張りになっている先が洗体場……風呂とシャワーになっております。質は変わりますが、全ての部屋に備え付けられております」


 ベアとメリルがベッドやシーツの感触、タイルから風呂釜の中まで徹底的にチェックする。

 その間にサービスについても説明する。


「サービスの手順ですが、まずは説明とカウンセリングを行います。説明は今私が行うような事項の説明です。カウンセリングはどういうサービスを行えば良いか、お客の希望を聞きます。可能なこと、不可能なこと、それを擦り合わせます」


 ベアとメリルはベッドに腰掛け、カノンさんの話を食い入るように聞いている。


「そして互いに服を脱ぎ、洗体を行います。温湯の魔導具を使用しているので、温かいお湯で体を洗います」

「待て、誰が洗体を行う?」


 良い質問ですねベアさん。


「当然、私共が行います。ご希望があれば自分でも洗うことは可能ですが、今のところそのようなお客はおられないようです」


 ベアはコクコクと頷く。耳が赤いぞ可愛いぞ。

 メリルさん、白い目でこちらを見ないでくださいな。


「洗体を行う際には、消毒も行います。ノリ様考案のヨード剤うがい薬です。粘膜の洗浄もコレで行います。こちらは原液になりますので、薄めて使います」


 ベアとメリルが真面目な顔になった。


「それが噂の『呪い予防液』か。ノリ、説明を」


 やっと僕の出番か。


「最初に言っておきますが『呪い』全てに効果はありません。あくまで、娼館が原因で広まる『呪い』のほぼ全てに効果がある、というだけです。一時的に呪いの原因となる菌やウィルスを撃退します。サービス中であれば、適切な消毒を行う限り、他人に『呪い』が伝播することはありません。客からお嬢にも、お嬢から客にも、です」


「なるほどな、それでお嬢も客も、呪いと無縁で居られる訳か」


 僕はその通りと頷く。

 あとはカノンさんに任せよう。


「更には、このゴム製衛生器具を装着することで、粘膜同士の接触を限りなく減らし、擦過傷さっかしょう等による傷や血の接触を回避します。これにより『呪い』はほぼ確実に防げます」


 そう言って、モザイク必須の張り型にゴムを被せて実演するカノンさん。


 ベアもメリルも、何か言いたげだが、耳を真っ赤にしながらも話を聞いている。

 知識としてはあるんだろうな。


 そしてカノンさんは、そんな2人を見て楽しそうである。


「もしお二人がよろしければですが、体験されます?」


 この発言にはベアとメリルだけではなく、僕も吹き出した。


「もちろん体験内容は洗体のみです。感覚としてはマッサージと同じです。専用のマットとローションの洗体は、ココだけの内容ですよ。ノリ様の作られる香料も男女問わず人気ですから」


 男とは客であり、女とはお嬢であることを付け加えておく。

 まぁわざわざこんなところで風呂入らんでも宮殿みたいなお城にもっと良い風呂あるでしょ?


「そうだな。普段女中と風呂を共にすることと何も変わらんからな。是非お願いしよう」

「あらまぁ。私も楽しみですわ」


 マジカヨ。

 ベアもメリルも僕を見る。


 いや、ちゃんと出ていくけれども。


「せっかくならクイーンルームでどうですか? そこなら2人一緒でも行けるでしょう」


 僕の提案はあっさり飲まれ、ベアとメリルによる指名が入る。

 メリルはセピアージュ。

 ベアは……カノンさんっすか?


 カノンさんもやる気である。


 僕は4人を見送った。


 腰痛のオババにヒールとリカバリーを掛けながら、質問攻めに遭う。


「さすがさね、ノリ」

「いや、カノンさんがやりやがりました」

「度胸有りすぎにゃ! って、カノンはマットプレイやったことあるにゃ!?」

「スズと一緒にウチの風呂でよく練習してるよ?」

「なぜノリは、そのことを知っているのかなー?」

「練習の成果を僕で試そうとしてくるから」

「にへへ。それで? 成果はどんな」

「ご想像にお任せしますぅ!」

「つまんねー奴!」


 等などである。


 それなりの時間が経過し、ツヤッツヤのベアとメリルが降りてきた。


 可愛さと綺麗さ……そして輝きが3割増しとなっている。

 思わず感嘆し、拍手してしまった。


 何が起きたのですかね?


「以上を以て、視察を終了する!」


 ベアが大声で叫びながら、正面の扉を開け放つ。


「中々に良い風呂だった! 我もメリルも満足いく内容だ! 騎士団諸君もしっかりと此処で日々の疲れを落とし、英気を養うが良い! 私やメリルもたまに利用するとしよう!」


 いや、風呂屋じゃなくて娼館なんですが……。


 外のギャラリー達も困惑している。


 メリルが僕の側にやってきて軽く話す。


「ノリさん、ありがとうございますですわ。おかげでカノンさんやセピアージュさんと仲良くなれましたわ」

「それは良かったですね」


 仲良く(意味深)かな?


「マ、マッサージを受けただけですわ。ノリさんもそーゆーやらしいこと、考えますのね」

「健全な男子ですので、多少は勘弁してください」

「……なるほど、これでは先が思い遣られますわね」

「何の話です?」

「いえ、こちらの話です。しかし、とても面白いお話も聞けましたわ」


 メリルの目が据わる……。今度は何だ? 僕は何をやらかした?


「他にも仲良しな女性がいるとか。近々、西の冒険者ギルドにもお邪魔させていただきますわ」


 ぬああ! 推しが! 推しVS推し!? いや推し×推しの合わせだ!

 是非お待ちして……いや日程分かったら教えてくださいぃ!

 その日仕事にならないと思いますからぁ!


「……検討しますわ。やれやれです、ふふっ」


 なんでドン引きするんですか!

 しかも呆れちゃって!


 僕でも傷付きますよ!?


「いえ、ノリさんはこういう方なのだと、改めて知っただけですわ。今日は楽しかったです。またお会いしましょう」


 そう言って、手を振り、去ってゆく。


 ベアはこちらをチラッと見て馬車に乗った。


 そうして、娼館アーニィ・マリィルートは、公爵閣下御用達となり、さらに繁盛することとなった。


 女性客も爆増したので、オイルマッサージのサービスも開始してやりましたわ。


 女性客からの一番人気は、イケメンお嬢のルークになりましたとさ。

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