第15話 公爵閣下、娼館に来る

 新しい朝が来た。

 娼館住まいになって、ふかふかのベッドから見る暗い天井も何度目か。

 天井があるって素晴らしい。


 横にはスズの寝顔。小さなイビキが可愛らしい。

 僕の腕枕で寝ている。

 待て、左腕の感覚が全く無いぞ……。


 スズを起こさないように細心の注意を払って、僕の左腕を抜く。

 血が一気に巡るのを感じる。


 ……段々と感覚が戻って来た。スズの向こうにはカノンさん。

 相変わらずアーニィ・マリィルートが大繁盛しているせいで、カノンさんもぐったりスヤスヤだ。


 いつものように朝食の用意をしていたら、カノンさんが慌てて起きてきた。


「おはようございます、ノリ様! あとは私がやりますので、お掛けいただければ! 私はノリ様の奴隷です! 御命令下さい!」


 わざわざそれを言いに起きてきたのかい?


「却下だ。そして命令する。二択だ、選べ。1つ、ベッドに戻ってスズと寝る。2つ、椅子に座って朝食が出来るのを待つ」


 僕の命令に、しゅんとしたカノンさんは、大人しく椅子に座った。


「ノリ様、いつもそんな命令ばかりです。……私の気持ち、考えていただけていますか?」


 上目遣いの涙目攻撃だ。

 しかし、僕は背中を見せているのでダメージは無い。

 もし正面だったら? ふっ、大丈夫、致命傷だ。


「僕はいつも、カノンさんとスズの気持ちを考えているよ」

「……ウソツキ……」


 ここでそれなりの主人公であるなら、え? なんだって? と難聴キャラになれるのだが、如何せん僕は主人公どころか勇者ですら無い。

 バッチリ聞こえるのだ。


 答えはどうするのかって?

 無視するよ。


 それに、気付かない方が悪い。


 僕は、カノンさんが奴隷で、僕の命令を何でも聞いてくれるから、敢えて突き放す命令を出して、理性を保てているんだ。


 よぉく考えろ……バイン、キュッ、ポンッなグラビア顔負けのケモ耳未亡人が何でも命令して下さいって……一つ屋根の下で。

 僕じゃなかったら耐えられないどころか、即大人向け作品に仕上がるぞ。


「いただきまーす! おいひぃ!」


 ほっぺをモキュモキュしながらホットケーキもどきを食べるスズの癒しが無ければ、ここまでの余裕は無かっただろうな。


 やはり子供は宝で、天使だよ。


 こんな平穏がいつまでも続けば良いのに。

 と思ったのも束の間。


 僕が錬金術で作った非常警報が鳴らされる。


 パターンは3種類。

 1つ目は火災警報。ウーカンカンカンってヤツ。

 2つ目は襲撃警報。ウ⤴ウ⤵ウ⤴ウ⤵ってヤツ。

 3つ目は救急警報。ピーポーピーポーってヤツ。

 日本ではお馴染みのヤツですね、ハイ。


 今回は3つ目が鳴った。

 救急警報だ。これの目的はもう1つあって、ロビーに全員集合の意味合いもある。


 だから、みんな部屋を出て、吹き抜けから飛び降りる。

 僕も飛び降りる。

 冒険者になってレベルも上がると、これくらいの高さなら何とも無くなる。

 さすがレベル制は違いますなぁ。

 というか、スズも5階なのに飛び降りれるんだね。


 ロビーにはオババが居た。


 みんな、固まっている。

 僕も表情が固まっている。


 オババが、冷や汗ダラダラだから。


 誰もオババのこんな姿見たことないと言わんばかりの顔だった。


「あんた達が何をしたって訳じゃないのは分かってるさね。恐らく、ノリが目的だとは思うが、全部がそうでは無いさね……。何が起きても……腹ぁ括るさね! ここが正念場! 気合い入れていくさね!」


 オババのカツに、僕含む全員が生唾を飲み込んで頷く。

 そして正面玄関を開けた先には――。


「ふっ、ノリ・ブラックシート。昨日以来だな」


 ベアトリクス公爵が居た。なんで?


「今回は、私も同行させていただきますわ。よろしくお願いします、ノリさん」


 メリルも、なぜ?


 後ろには馬車。そして騎士団が整列して並んでいた。


 ギャラリーも多い。

 これから、何が始まるんです?


「このような朝早くより、私を招き入れること感謝する! これより、ベアトリクス・フォン・レイヴァーン及びメリル・フォン・レイヴァーンによる、アーニィ・マリィルートの視察を開始する! 騎士団はここで待っていろ」

「……閣下……お言葉ですが閣下が直接ご覧になるには――」

「なんだ? 騎士団長、利用しているのがバレると嫌か? なぁに、潰そうなどとは思っていない。騎士団御用達の娼館なら、礼の1つでも言わねばなるまい」


 つっよ。ベア様強いよ。

 騎士団長タジタジだし、敢えて外によく聞こえるように話しているから、野次馬もガヤガヤだ。

 特に女性陣が。

 男? みんな黙って空気と化してるよ。


「オーナーは……そなただな? ザウラよ、案内を頼みたい」

「ハハッ、畏まりましたさね……ッ……」


 オババの様子がおかしい。

 礼をして、腰を押さえている。


「……公爵閣下、発言をお赦しくださいませ」


 そこに、カノンさんが申し出る。


「発言を許可する。まずは名を名乗れ」


 ベアは僕に目配せをする。

 メリルを見る。

 オババの様子を見ろと?

 

「発言を許可していただき、ありがとうございます。私はカノン・モードレイズ。娼館アーニィ・マリィルートの庶務雑用等をやらせていただいている者です」


 僕はこっそりオババに近付く。


「どうしたオババ? 腰やった?」

「今朝、ちょっとやっちまったさね」

「早く言ってくれればヒール、リカバリーかけたのに。今やる?」

「バカ言うんじゃないさね。公爵の前で魔法発動するバカがどこにいるかい。後で頼むさね」


 僕とオババがやり取りしている間にカノンさんは続ける。


「ご覧の通り、オババ……ザウラは高齢です。御案内だけなら、私が代わりの受け持ちを申し上げます」


 ベアは悩むフリをする。答えは決まっているが、仕来りのようなものかな。


「そうだな。高齢のザウラに頼むのは荷が重いか。良かろう。カノン、私とメリルの案内を頼む」


「畏まりました」


 カノンは優雅に礼をする。


「あと1つ気になったのだが、先程、やけにノリと近いように見えたが、どういった関係かな?」


 ん? ベア様、今そんな話題振る?


 んん? カノンさん、僕に近付いて……何を?


 僕の腕にピッタリくっついた。

 いや、抱きついたという表現の方が正しいか。

 幸せな弾力に関しては、僕の頭の混乱に乗じて葬り去る。


「私は当娼館において、ノリ様専属の奴隷でございます」


 待ってカノンさん。ニッコリじゃないよ。


「ほほぅ、ノリ・ブラックシート。貴様も同行し、経緯をじっくり聞かせてもらおうか」


 待ってベア様。さすがにそのダークスマイルは僕の胃に来る。


「私も、たっぷりお聞かせ願いたいですわ」


 待って妹様。あなたは心を読めるのだから分かりますよね?

 なんで首を横に振るのですか?


 ……待って今気付いた。


 お嬢様方、どうしてそんなゴミを見る目で僕を見るのですか?


 何も悪い事してなくない?


 僕は胃がしぼんで消えそうになるのを感じながら、実質的に僕がベアとメリルを案内するのであった。

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