〜Side ベアトリクス〜

 我が名はベアトリクス・フォン・レイヴァーン。


 齢22にして、城塞都市ウェスタリアを任される公爵である。

 先代である父は、前回の【魔王の檻】にて、勇者と共に戦い、戦死した。


 母はハーフエルフであり、私はクォーターである。

 父がハーフエルフの血を入れたのは、強力なスキルを私やメリルに発現させるためだ。


 結果、私は【強制の蒼眼】、メリルは【心の読み耳】を授かった。


 私は、誰でも1度だけ、どんなことでも命令できるスキル。

 メリルは、他者の心が読める。


 どちらも、私達がウェスタリアを統治し、盤石のものとするためには必要だった。


 内偵、裏切り者の粛清はもちろん、不正を働く者、法を犯す者を簡単に炙り出せた。


 言葉は要らん。問うだけで良い。


 下手な腹の探り合いが無いゆえ、ウェスタリアの内部統制は楽だった。


 安心して城塞都市の強化が出来ると思った。


 しかし、ダーキッシ王が、それをさせなかった。


 いくら強化しようが王都に抜かれ、不届き者を消そうが王都から送り込まれてくる。


 忠誠を誓っているのは王であると証明するため、王都へと参った。


 1度しか使えぬ【強制の蒼眼】を、『王の右手を挙げる』ためだけに使った。


 私のスキルは公然の秘密となり、知る人は知るものとなった。


 それでも、メリル以外からの信用は得られなかった。


 表向きは評価され、ウェスタリアで何度かスタンピードを防いだこともあり勲章を授与されたが、それだけ。


 支援は無い。


 まるで属国のように、税だけは納めろと言われるだけで、消耗するばかりの日々だった。


 私と意を同じくするA級冒険者のディークのみが、信頼でき、自由に使える駒だった。


 そのディークすら、私やメリルと共に過ごすのは嫌がった。


 それはそう。私が逆の立場でも、そう思う。


 そんな時、耳にする。


 娼館で『呪いの薔薇』が広まったという話は聞いていたが、治ったというのだ。


 特効薬を作った者がいるらしい。


 近衛騎士に軽く調べさせ、西の冒険者ギルドにいるノリ・ブラックシートという者がやっていると知った。


 しかし、出自不明と来た。


 西の冒険者ギルドにはディークがいるが、ヤツは街にいる間は酒、金、女だからな。


 大して絡むことも無い可能性が高い。


 良い事の後には、たいてい悪い事がある。


 私は警戒し、メリルと相談して事に当たることにした。


 前触れもなく、呼び立てる。


 謁見の間、扉が開くと、そこには頭を下げる男がいた。

 冒険者のくせに、やけに礼がなっているな。


 顔を上げ、驚くように目を見開く男。


 こちらに歩いてくる間に、メリルから心を読んだ結果を聞く。


「お姉ちゃん、すごいですわこの人。『激推し可愛い美人じゃぁないか。いや待て。こんなに可愛い美しいお嬢様が公爵閣下である可能性が……』だって」


 思わずむせてしまった。

 ……まぁ、私も見た目だけは良いらしいからな。メリルも可愛いし。


 メリルの紹介も終わる。


 メリルから殺気が飛んだ。なんだ? そんな下衆なことを考えたのか?

 所詮男とはそういうものであるが、メリルが感情コントロールを失う程だと?


 メリルが耳打ちしてくる。


「『完璧で造られた笑顔が過ぎますよ?』と。私に対してですわ」


 ほぅ、よく見ているな。

 と言っても良い。


 まずは様子見で感謝の意を伝える。


 メリルが焦って耳打ちする。


『それにしても、ちゃんと【魔王の檻】に向けて準備してるんだな。少し間に合わない気もするけど』


 ちゃんとした準備?

 間に合わない?


 どいうつもりだ?

 そして何より――。


「その知識、知見はどこから得た?」


 私の言葉に、あからさまな反応をする。


 メリルが、すぐに耳打ちする。


『師匠、僕が異世界から召喚されたこと……』


 師匠という単語と、異世界から召喚……尻尾を出したな。

 私は目の色を蒼にするが、その瞬間、目を隠す。


 バレただと?


「メリル様、僕の心を読んでおられますね?」


 ……初めてだ。いきなりメリルのスキルを見抜く者は。私のスキルもそうだが、【看破】ですら見抜けない特殊スキルだぞ?

 知っていたとしか考えられん。


 何が目的と問うても、敵対の意志は無いと言う。


 メリルによれば真実。

 

「恐らく、精神操作でもされた間者。そこに【隠蔽付与】をされた。とでも見るか」

「待って! 師匠から話は聞いてないのか!?」


 ふっ、ここで口を割ったか。


「その師匠とやらが、黒幕か。残念だ。疑わしきは殺す。それが私の信条なのでな。死ね」


 しかし、私の剣は届かなかった。


 弾かれたのだ。


 無断侵入してきたディークによってな。


 実際、危うく勇者候補を殺してしまうところだった。


 良くやったとディークを褒めてやりたいところだが、原因を聞いて殺してやろうかと思った。


 ペアで活動しておったのか……。

 ディークがずっと監視しておる状態なら怪しくも何とも無いわ!

 近衛騎士からの情報に、そんなものはなかったぞ……。後で騎士団長に詰問だな。


 ふぅ。


 結果的に何もなかったので、良しとする。

 柱は犠牲になったのだ。


 しかしなんだこのノリ・ブラックシートというヤツは?


 なんやかんやあって、公務が全て無くなり、久々にお茶会ができることとなった。

 もう夜なので夜食会だな。

 

 詫びも兼ねてノリを呼んだら是非にとのこと。


 今はその支度中だ。


「お姉ちゃん、信じられないと思うけど聞いてほしいのですわ。ノリさん、私達に全く劣情を向けない上に……お姉ちゃん推しですわ。未だにお姉ちゃんのこと可愛いって考えておりますわ……」

「……推しとは何だ?」


 意味が分からん。

 殺されかけた相手だぞ?

 メリル相手に嘘は吐けんので、信じるしかないのだが。

 好意を持たれているなら、利用もしやすいか?


「ダメですわ、お姉ちゃん。仮に【勇者】なら立派な婚約者候補ですわ。今からツバを付けておかないでどうするのですか?」


 心を読まれた上でメリルに迫られる。


「お、男など【強制の蒼眼】で夫にさせれば良いと言っていたではないか!?」

「それは最終手段ですわ! 好意を寄せてくれる上にお姉ちゃんにも嫌な感情がない男など、この世に片手の指ほどもおりません! 実力も申し分無し! ここで動かずして、いつ動くのです?」


 茶葉を持ったままズィズイと迫られる……。


「そんなに良いと思うならメリルが迫れば良いだろう……」


 しかし、この返答は地雷だった。


「私のことなど眼中にない殿方に迫れと? 私と挨拶している時ですら、チラチラとお姉様を見ていたのですよ?」


 おいやめろメリル。茶器にヒビが入りそうだぞ。


「分かった……検討する。前向きに検討する。確かに可愛いと言われて嬉しくない訳では無いからな。しかしまずは茶会の準備をだな……」


 私には、唯一勝てない者がいる。

 それは妹のメリルだ。


「それもそうですわ。ノリさんにはお姉ちゃんのこと、もっと知ってもらわないと!」


 そして、そんな妹の幸せを願うただ1人の姉なのだ。

 心を読まれ、嫌な顔1つしない男などいないと思っていた。


 ノリは、メリルに対しても悪い感情を持っていないということなのだろう?


 ならば、そんな男こそ、メリルに相応しいと思う。


 まだどんな男かは知らんが、この茶会で、少しでもメリルと良い雰囲気になれば良いと思った。


 茶会には、ディークが露骨に嫌な顔をするが、今回は罰として強制参加させた。


 夜食会で、ノリのことをだいぶ知った。


 出自は異世界。地球とのこと。

 メリルに聞いた。


 妻子がいると。


 メリル曰く、お帰りになる前に落としましょう……いやダメであろう。公爵ともあろう者が横恋慕など……バレる要素はありませんわ……保留だ保留!


 拠点が娼館であると聞き、なぜかはらわたが煮え繰り返る想いだったが、事情を聞いて納得する。

 むしろその件が無ければ『呪いの薔薇』の撲滅ができなかったからな。


 今度、公爵依頼で下水の掃除をさせてやろう。


 夜食会が終わり、メリルと頷き合う。


 実を言うとな、興味があったのだ。


「メリル、共に行くか?」

「もちろんですわ、お姉様」


 メリルも仕事モードになったようだ。


 ここ1か月、突然ウェスタリア全体に蔓延はびこる病が減ってきたのだ。

 高熱、咳、皮膚病諸々の症状が。


 その原因究明のため、様々な知識人を呼んで面会していたのだが、その必要は無くなった。


「ノリの住まいを見に行こうではないか」

「はい、楽しみですわ」


 ノリが何をしたのか、じっくりと見させてもらおう。 

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