第14話 勇者とは

 師匠が大剣を投げ付けたせいで、一時騒然となったが、ベアトリクス公爵閣下による鶴の一声で解散。


 しかも、この後の面会予定が全てキャンセルとなり、公務から解放されたニッコニコ笑顔の公爵閣下と妹さん。

 2人とも、かわえぇのぅ!


 そして僕と師匠と4人で、庭園ティータイムとなった。

 もう夜なんですけどね。

 だからディナーの料理が並べられる。

 そして給仕がいなくなったところで、妹さんが切り出す。


「ノリさん、先程は大変失礼致しました。お詫びと褒章を含め、お姉ちゃんより『ベア』と呼んでも良い権利が付与されますわ」


 ブフッと紅茶を口からぶち撒けるのは師匠だけではない。ベアトリクス公爵閣下もである。


 本人が許可していないように見えますが?


「あ、失礼しましたわ。呼んでも良いではなく、強制ですので、よろしくお願いしますわ」

「マテ、メリル、ワタシ、ソンナ……」

「私のこともメリルとお呼びくださいね。それとお姉ちゃん……拒否するならノリさんに言っちゃいますわよ? お姉ちゃんが、さっき――」

「分かった! 分かったから……それだけはやめろ……やめてください……」


 おんやおやー?

 師匠から耳打ち。


「閣下も怖ぇが、な? 察せよ?」


 え? ナニ言ってるんですか師匠。

 こんな可愛いメリルちゃんが怖い訳……ないよねぇ。


 僕とメリルちゃんは心で会話しながら、ねー、と頷き合う。


 師匠? メリルちゃんの方から、足でも踏まれたのか、悶絶してますよ。


 生きた心地をしていない顔とは、今の師匠の顔を言うのだろう。


 ざんまぁみろぉ。


 師匠の弱みを握ったことはとても大きな収穫だった。命を懸けた甲斐がある。


「ディークが私に報告をきちんと上げていれば、こんなことにならなかったのだが? 【隠蔽付与】もいつの間にか取得しおって……」


 ベアトリ……メリルに睨まれる……ベアの小言が師匠に突き刺さる。


 今回の顛末、原因は師匠の報告忘れとすれ違いだ。

 師匠はだいぶ遅れたとは言え、一度報告しようとしたらしいのだが、ベアが多忙で面会出来ず。

 報告書で提出しろとなり、報告書までは書いたらしいのだが……カノンさんやスズの件、アーニィ・マリィルート大改修の件ですっかり提出した気になっていたらしい。


 僕が呼び出しを食らったことで思い出し、追ってきてくれて間に合ったということだった。


 今、その報告書を師匠が渡し、ベアが目を通す。


「報告ご苦労。すでに王都からも連絡が入っている。【魔王の檻】に対抗する【勇者】が、各地で目覚めているとな」

「やっぱ伝承通り複数いるわな」


 師匠はだらしなく椅子にもたれ、上を向く。

 そんな伝承があるのか。

 有名そうだから調べてみるかな。


「ディーク、もう【勇者】探しはしなくて良い。これからはウェスタリア防衛に向けて尽力せよ。これ以上余計なことをして、王都に目を付けられては敵わんからな」


 キリリとした顔で言い放つベア。カッコ良き。


 いったいどんな悪いことしようとしてるんですかねぇ?

 おっと、メリルがニッコリと僕を見た。


「お姉ちゃんは【勇者】を1人でも良いからウェスタリアに置いておきたいのですわ。基本的に【勇者】は全て王都に招聘されますから」


「ノリ、お前は聡明だから分かるだろう。最前線はウェスタリアだ。それなのにわざわざ中央へ【勇者】を集めて何とする? そうでなくとも、【魔王の檻】の影響で魔物が活発化し、強力になってきている。Aランク冒険者すら、ウェスタリアには4人しかいない。戦力の補強も必要なのだ」


 僕は頷く。

 

「なるほど。僕が勇者の代わりと……それで良いんです? あだぁ!」


 師匠に後頭部をどつかれた。


「ノリ、てめぇの実力はすでにAランク。自覚あんのに卑下すんな。卑屈に思われてぇのか」

「こういうのは謙虚っていうんですよ。師匠に1番必要なヤツで……あいたぁ!」


 2度もどつかれた! 親にだってどつかれた事無いのに!


「ふふ……くくっ」

「クスクスクス……」


 ベアとメリルに笑われてしまった。


 ただ、ベアは真面目な顔で言う。


「ディーク、ノリは【勇者】のように戦えるか? その時に」


 師匠は首を横に振る。


「例えレベルがカンストしたとしても、しねぇ限り【勇者】のようには無理だろ。大昔に南の城塞都市サウスバーンで見たこたぁあるが、圧倒的だった。それでも封印しかできねぇっつーんだから、【魔王】ってのはやべぇな」


 全く歴史を知らない僕のために、メリルが本を持って来てくれた。


 ディークとベアが話し込む間に読む。


 ふむふむ。

 大厄災【魔王の檻】とは、約20年周期で起こる魔王が解き放たれる現象。

 魔王解放時に覚醒していた勇者が、魔王討伐に失敗し、全滅することによって【魔王の檻】が発動し、魔王が封印される。

 覚醒した勇者の数、勇者の質により封印期間が決まる。大体10人勇者になってるのね。


 でもさ、勇者全滅て……。


 いつからよ? ……50回やった? え? 1000年失敗してるの?


 いや、2000年ちょい前に1回討伐成功してる。


 なぜ復活した?


 1000年の猶予期間の間に【魔神の足】を討伐出来なかったから。


 ふざけんな無理ゲーじゃん!


 ちなみに、次回の魔王解放はおおよそ1〜2年後。


 その間にも【魔王】はちょっかいを出してくるようだ。


 僕は本を閉じた。


 神様め……僕を地球へ帰す気無いな?


 許さん。


 妻と娘達のためにも、絶対魔王を倒してやる!


「ありがとね。メリル」


 僕はメリルに本を返した。


「……いえ、お役に立てて、良かったですわ」


 そこでベアが僕らに声を掛ける。


「勇者とは、そこに書いてある通りだ。そして現在9名の覚醒した【勇者】が確認され、王都へ招聘されつつある。ノリには、このまま冒険者として、ウェスタリアで動いてもらうことになる。……構わんな?」


 さっきのことを気にしているのか、申し訳無さそうに言ってくるベア。

 憂うベアもカワヨイんじゃ!


「良いですよ。何かあったら娼館の方にまで……あ……」


 ベアとメリルの表情が氷河期に突入した。


 メリルのおかげで、すぐに氷河期は去ったけれど、とんでもないデジャヴュを感じた瞬間だった。


「お姉ちゃん……ライバル多そうですわ……」

「メリル……冗談はもう止してくれ……」


 2人がお疲れの様子だったので、僕と師匠は席を立つ。

 師匠が早く帰りたがっているからね。


「何かあれば遣いを出す。その時は頼むぞ、ノリ・ブラックシート」

「また遊びに来てくださいですわ」

「りょーかい、ベア、メリル」


 そして、僕と師匠は帰路に着く。


「とんだ災難だったな……。あと分かってると思うが、公爵閣下はともかくメリルのスキルは口外禁止だ。知ってる奴は知ってるが、公で口にしたらマジで死ぬ」


「口外禁止は分かりましたが、誰のせいでこんなことになってるんですかねぇ?」


 僕の返しに、師匠は渇いた笑いしか出てこない。

 今度何かあったらベアに言いつけよう。


 そう思いながら、馬車に揺られた。

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