第13話 死線を越えて

 おいおい、こんなことがあって良いのかな?


 リリカちゃんも可愛い推しだけど、公爵閣下も激推し可愛い美人じゃぁないか。


 いや待て。こんなに可愛くて美しいお嬢様が公爵閣下である可能性が――。


「ごほんごほん……ん゛っ……我が名は、ベアトリクス・フォン・レイヴァーン公爵である。我が命に従い、よく馳せ参じた。面を上げよ」

「ハッ、勿体無き御言葉!」


 直視する。溶けそうだ。

 とろけそうになる頬を気合いで固形に留める。


 異世界最高かよ。

 美し可愛いこんな御方おんかたが公爵閣下かよ。

 こんな上司の下で働きたいよ。


「……私は、妹のメリル・フォン・レイヴァーンですわ。よろしくお願いしますね」

「ハッ、こちらこそ、宜しくお願い致します」


 桃色の髪を綺麗に揺らし、僕に微笑む妹さん。

 素直に可愛い。普通に可愛い。いや普通と称すのが勿体無いくらい可愛い。

 普通の男ならそれで落ちる。

 だが僕は落ちない。


 完璧で造られた笑顔が過ぎますよ?


 苦労してるんですね。


 ベアトリクス公爵閣下みたく無表情で居てくれた方が、こちらも余計な気を遣わなくて済みますよ?


 妹さんに、ほんの一瞬だけ、ギロリと睨まれた……気がした?


 気のせいか。


 その妹さんが、ベアトリクス公爵閣下に耳打ちする。


 すると僕を見下すような冷たい目になった。


 カッコいいわ!

 カッコ美しいですわ!


 また妹さんより耳打ち。


 次は僕のことを虫を見るみたいに……。それはちょっと傷付きますわね。


「今回の謁見、無理矢理捩じ込んだのでな。時間がそう無い。早速本題に入る」

「ハッ」


 仕事モードに入ったのか、ベアトリクス公爵閣下は真面目な声を出す。


「あの薬、『呪いの薔薇』特効薬についてだ」


 まぁ内容はそうですよね。


「特効薬の無償配布には感謝している。騎士や冒険者の健康が維持向上されることは、城塞都市ウェスタリアにおいてメリットしか無いからな。衛生管理は喫緊の課題であった。その糸口を見出し、実行する手腕は高く評価しよう。報酬も、私が直々に考えるものとする」

「ハッ、有難き御言葉」


 お? 思ったより好感触だね。

 それにしても、ちゃんと【魔王の檻】に向けて準備してるんだな。

 少し間に合わない気もするけど。


 あれ? 妹さんがまた耳打ち?


 ベアトリクス公爵閣下の目付きが変わる。

 冷たい……いや、これは殺気だ。


「その知識、知見はどこから得た?」


 ……え?


 待って。


 師匠、僕が異世界から召喚されたこと、報告してな――。


 妹さんがまた耳打ち……。

 ベアトリクス公爵閣下の目が、赤から蒼に――。


 僕は手で目を隠して離れる!


「メリル様、僕の心を読んでおられますね?」


 僕は目を隠しているので、2人の顔は見えない。


「そしてベアトリクス公爵閣下、その目は何でしょうか?」


 あの目はヤバい。

 蒼になった目には紋章のようなモノが見えた。


 下手すると命令1発で殺されるヤツだ。


「……初対面、それも僅かな会話で、私どころかメリルの特殊スキルを見破るか。ナニが目的だ? ノリ・ブラックシート」


「僕に敵対の意志はありません! 僕の目的は、元の世界に帰ること! それはメリル様に見ていただければ分かるはずです」


 僕の本心だ。こればかりは偽りようもない。


「……それは真実のようです。お姉様」

「なるほど、そうであるなら、なぜステータスを隠す? 我が【看破】は特殊でな。【隠蔽付与】で隠されたスキルや称号は見えないが、見えないことは分かってしまう」


「んん? だったら心の中を見れば分かることですよね!?」


 その為に妹さんを横に置いてたんでしょ!?


 ……そう言えば、他には誰もいない……?


「無用心だと思ったか?」


 ベアトリクス公爵閣下が剣を抜く音が聞こえた。

 僕は横に飛び退き、外が見える方の柱にぶつかる。


 ウサランス……は間に合わなかった。


 僕は錬金術で鉄の棒を簡易生成し、目を開け――。


 閉じるッ!


 目の前に、目を見開くベアトリクス公爵閣下が居た。


 これ、詰んだのでは?


「恐らく、精神操作でもされたスパイ。そこに【隠蔽付与】をされた。とでも見るか」

「待って! 師匠から話は聞いてないんです!?」


 髪が揺れる音がする。首を傾げたのだろう。


「その師匠とやらが、黒幕か。残念だ。疑わしきは殺す。それが私の信条なのでな。死ね」


 剣の振られる音がする。

 それと同時に、扉から何かが飛んできて、ガキンと音がなった。


「師匠っつーのは俺だぜ! ディーク・ブレイマスだ! 閣下もメリルも落ち着け! 【隠蔽付与】したのも俺だ!」


 師匠が投げた大剣が柱に突き刺さり、ベアトリクス公爵閣下の振り下ろした細身の剣が弾かれていた。


 僕は無事に死線を越えたよ。


 公爵閣下が、師匠でさえも恐れる人なのは分かった。


 でも、横から見た哀しそうな蒼眼は、ベアトリクス公爵閣下そのものなんだって、怖さよりも別の感情が勝ってしまった。


 勘違いで大惨事寸前だったことにしょぼくれるベアトリクス公爵閣下に、妹さんが耳打ち。


 僕にも聞こえる声で、わざとらしく言った。


「お姉様、この方、大物ですわ。これだけのことがあっても、お姉様ラブです」


 ちゃうわ! ベア様は、ただの推し!

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