〜Side カノン〜
朝起きて、ノリ様はもう居ませんでした。
私とスズの分の朝食が用意してあります。
『スクランブルエッグとトーストを用意しました。冷蔵庫にミルクが入っています。スズにはお腹いっぱい食べさせてあげてください』
書置きもありました。
私はその書置きを胸に抱きます。
いつも、スズだけではなく、私にまでこれ程の……何なのでしょうか? 愛?
「キャー、私ったら……何考えて……もぉ……」
一人で生娘のように悶えてしまいます。
「ママ?」
ビクッとします。スズが起きてしまいました。
見られちゃった……かな?
「イイ匂い……おなかすいたよー」
「……朝ご飯、食べようね。ノリ様が用意してくださいました」
まだ寝惚けています。助かりました。
「にへへ、ノリのご飯、おいしいから好きー」
スズがこうして笑顔でお腹いっぱいのご飯を食べられるのも、全てはノリ様のおかげです。
本当にスズが元通りになる日も近いかもしれませんね。
今日も……ノリ様に御奉仕する暇は無いかもしれませんが。
忙しいのは良いことです。
1か月以上前の事が嘘のように、アーニィ・マリィルートは大繁盛。
オババも笑いが止まらないようです。
おかげで……私達の待遇もかなり良くなりました。
私の体が弱過ぎて、1時間もお客の相手が出来ない状態でした。
それでも、出来る限りのことをやりながら在席させもらっていたので、皆さん口にはしませんが、不満を持っておられたと思います。
その上で、『呪いの薔薇』を持つ者でした。殴られるくらいは覚悟していましたが、誰もそんなことはしませんでした。
皆さん、とても優しいんです。
その優しさに、救われました。
今でも、救われています。
だいぶ体が軽くなりました。胸まわりは重たいままですが、体型的にしょうがないことです。
ソレでノリ様を落とせ、と皆さんに言われます。
でも、ノリ様が望んでいないことを、私はやりません。
色々な反応を見る限り、ノリ様は女性好きなのは間違いないのですが、頑なに誰も抱こうとしません。
何となく、理由は察します。
だからこそ、私はノリ様の奴隷としてお側に仕えたいと思います。
奴隷としては扱っていただけませんが、やはり、何でもできるモノが側にいるだけでも、違うでしょうから。
朝の掃除中、1階ロビーが騒がしくなります。
2階から吹き抜けを覗き込むと、セピアさん常連のディークさん、あと3人は知らない方……いや。あの赤髪エルフは昨日の?
ディークさんが何とかするから黙ってろ、と言っていた方ですね。
下でディークさん以外の3人がオババに頭を下げています。
オババは許すようです。
オババが許すなら、特に何も言うべきことはありません。
掃除の続きを――。
「カノン! スズを連れて降りてくるさね!」
オババの声が吹き抜けを駆け上がります。
オババの命令は基本的に従います。
それがここのルールですから。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
スズを連れてロビーに降ります。
「私は西の冒険者ギルドのマスター、カーズゥ・グッドビート。此度は、我が職員がご迷惑をお掛けしたのねん。申し訳ありませんでした」
おデコの広い男が、私とスズに頭を下げます。
「「申し訳、ありませんでした」」
2人のエルフも、私とスズに頭を下げます。
なぜでしょう?
「こいつらな、昨日、ノリがスズを襲ったと勘違いしやがったんだ」
「それがなにか?」
だからといって、私やスズが謝られるのは何故でしょう?
「……二人してノリにひでぇこと言いやがったもんだからな」
その言葉を聞いて、一瞬だけ毛が逆立ちます。
「その詫びをノリにしてぇんだと。協力しろたぁ言わねぇが、先に耳に入れとこうと思ってな」
……理由は分かりました。
私やスズに迷惑が掛かるかもしれないから、ということでしょう。
それでも――。
「私やスズに謝るのは意味が分かりません。ノリ様に謝罪するのは当然のこと。事情は分かりましたが……好きにすれば良いと――」
そこまで言って、言葉を止めます。
エルフの2人が泣きそうだったからです。
そもそも、なぜノリ様にひどいことを言ったのか。
そもそも、2人はノリ様の何なのか。
そして、先程の私自身を振り返ります。
娼館の皆さんは、私にどうしてくれていたかを。
少なくとも、この子達には反省の意思があります。
そうであるなら、手を差し伸べましょう。
私やスズが、そうされていたように。
「ギルド職員の方ですよね。ノリ様のサポートをされてきたんですよね? これからも、ノリ様を支えていただけますか?」
「はい、当然です」
「もちろん、そのつもりです」
涙目ながらも、意志の強い目です。
「分かりました。可能であるなら、ノリ様に口添えしましょう。ノリ様の奴隷である私が、1番ノリ様に近しい者ですから」
ノリ様の奴隷と言う言葉に、眉をピクピクさせています。
ふふ、なるほど。ふふふ。
ノリ様も、隅に置けませんね。
「オババ、この方々と少しお話したいと思います。仕事が滞ってしまいますが、よろしいでしょうか?」
「ひっひっひ、構わんさね。その間、カズにやってもらうさね」
「それは横暴なのねん!?」
「それとも、三十年前の――」
「うぐぅっ!? 分かったねん! やりゃ良いねん!」
ギルドマスターとオババに何かあったのでしょうか?
「ママ、お姉ちゃん達と、お話するの?」
不安そうなスズには、先に伝えておきましょう。
「そうよ、スズ。このエルフのお姉さん達と、お友達になりましょう」
私の言葉に、2人のエルフは驚きを一瞬だけ見せました。
でも、すぐに笑います。
「はい、こちらこそよろしくお願いします。私はリリカ・ミルフィードです」
「私は、エイラ・ユーアインよ。よろしくね、カノンさん、スズちゃん」
2人から、ノリさんとの馴れ初めを聞きました。
私も馴れ初めを話しました。
どうやってウェスタリアに来たのかも。
リリカとエイラも、私やスズに全部教えてくれました。
そして、協定を結びます。
何の協定?
それは……ふふふ、乙女の秘密です。
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