第10話 奇跡の復活を遂げた娼館

 僕が娼館暮らしを始めて1か月が経った。


 とは言っても、10日くらいしか過ごせていない。


 師匠に連行されて特A級依頼書なる高難度の依頼を受注しているからだ。


 リリカちゃんと楽しいお話タイム真っ最中に師匠が現れ、僕の首根っこを掴んで引き摺っていく。

 僕とリリカちゃんの仲を引き裂くのが趣味なんですか?


 しかも名物と化しているようで、ウェスタリアの西門に辿り着くまでに、出店のおっちゃんやら出店の常連さんやら、果ては門兵にまで、にこやかに見送られるようになった。


 狩りルートは定番コース。

 西門を出てから街道を無視し、北西へ真っ直ぐ。ホーンフォレストを1日で突っ切り、フラル山脈の麓で野営。

 翌朝に山道とも言えない山道を突っ切り、イービル・ガーデンと呼ばれる荒野でアホみたいに強いモンスターを狩りまくる。

 レッドオーガ、サイクロプス、スカルドラゴン、デッドリーレイス、キマイラ、インプ、デュラハン等などだ。


 もはやラスボス手前のモンスターではなかろうか?


「アイテムボックス持ちがいると荷物が少なくて楽だぜぇ」


 師匠は御満悦である。


 最初こそ、死ぬ死ぬ連呼していた僕だが、2度目にはほぼ慣れ、3度目以降はただの経験値効率の良い狩り場としか認識しなくなった。


 ウサランスでイビルゴーレムとやらも一撃なのが良い。

 さすがの師匠も引いていた。

 ゴーレムの頭を叩き潰して倒すあなたに言われたくないですなぁ。それも笑顔で。


 帰りのホーンフォレストで、僕は師匠と別行動を取る。

 素材を集めるためだ。


 最初こそアホだのバカだの言われたが、今や『頑張れよ期待してるぜ』と言われる始末。


 人間とはゲンキンなものである。


 1日かけて大量の素材を集めつつ、錬金術と薬合成で備品や常備薬を作る。


 ホーンフォレストには何でもあるからね。

 ゴムの木だってある。

 香料としての花やら実もある。


 そしてウェスタリアへと帰還する。


 まずは、冒険者ギルドに報告だ。


「ノリさん! おかえりなさい! 今回も特A級依頼、お疲れ様でした」


 あ〜、今日もリリカちゃんの笑顔が眩しい。

 もう夕暮れだというのに、ここに太陽があるかのような笑顔だ。


 早速、素材を納品する。


 スキルとしてのアイテムボックス持ちは珍しいが、全くいない訳ではない。

 むしろ専属荷物持ちとして敢えてスキルを取得するくらいの人はいる。


 ただ、師匠曰く『ノリ程強いアイテムボックス持ちはいねぇ、どうなってんだ』と。


 いや、そんなの僕だって知る訳無いじゃないですか。


「はい、ノリさん。素材納品の依頼が完了したことを報告します。それでノリさん……今夜は……」

「リリカちゃん……ごめん。この後急いで戻らないと」


 くっ、リリカちゃんより優先することがあるのか?


 あるんだよ……。


「そうですか……しゅん……」


 あ゛あ゛あ゛あ゛! リリカちゃんの露骨な上目遣いアッピィルがぁああ!


「……ごめん。もうしばらくしたら落ち着くと思うから!」


 僕は逃げるようにギルドを出た。

 後ろ髪を引かれる思いとは、このことである。


 他の冒険者から白い目で見られる。


 ギルドの経営状態がだいぶ良くなり、師匠への生け贄である僕が、未だにしぶとく相棒(仮)でいるおかげで、何人か冒険者として西のギルドで契約してくれる者が出てきた。


 だから最悪、他の冒険者達で回していける。


 ギルドマスターのカズは、僕のおかげだと泣いて喜んでくれた。


 そして、新改装された娼館、アーニィ・マリィルートへ辿り着く。


 僕は闇魔法を使い、気配を消して裏口から入る。

 どうやら、1回でも認識されると裏口の存在がバレるらしい。

 だから、僕は裏口から、誰にも見られないように入る。


 待機部屋には、誰もいない。


 そして闇魔法を起動したまま、階段に行き、ロビーを見下ろす。


 そこには、色んな男達の大行列があった。

 客専用の待合室は、すでに溢れている。


 受付からロビーにかけて、明るくなった。


 清潔感と高級感の漂う造りは、僕の趣味。

 宮殿のようなレッドカーペットは特注で、煌びやかなシャンデリアは僕が錬金術で作った。


 全室、シャワーと風呂完備。

 トルコ風呂スタイル……ソープランド型式と言った方が分かりやすいかな?

 ベッドも風呂もシャワーも全部ある部屋のヤツね。


 衛生器具も揃え、消毒用のヨード剤も僕が用意した。錬金術様々である。


〘当店のルールを守れば『呪い』には罹りません〙


 これを掲げて新装開店した。


 最初こそ怪しまれたが、話題が話題を呼び、今や奇跡の大復活と大きな話題になっているとか。


 衛生器具の装着を義務付けるので人気は落ちるかと思ったが、逆に大人気。

 これは予想外だったのだが、やっぱりみんな呪いは怖い……というのと、ローション……これが人気に火を付けた。


 ローション無かったのかよ……という僕の小言をよそに、マットプレイを客もお嬢も楽しんでいる様子。

 獣人のハーフということで運動神経抜群なお嬢ばかりである。

 マットで中々にアクロバティックなプレイもまた人気の1つらしい。


 他では真似できない。

 と、オババには言われた。


 僕は5階を通り過ぎて、屋上に行く。


 ここに屋上を埋め尽くさんばかりのバカでかい貯水槽がある。

 目盛りを見る。


 1週間放置でもう満水から4分の1か……。


 僕は水魔法を起動して魔力の水を補充し、錬金術で分離した塩素消毒剤をポイッと投げ入れた。

 残留塩素濃度も0.2mg/L程度を維持させておく。


 オババに言われて気付いたのだが、ウェスタリアで水は貴重らしい。

 確かに、水よりエール酒の方が安いもん……。

 シャワーはともかく、風呂も毎回お湯を入れ替えるのかと何度も聞かれた。

 当然、徹底させる。『ノリの魔力はどうなってるさね……』と言われたが、水魔法持ちならこれくらいできるのでは?

 

 水魔法だけさっさとLv5まで上げたけど、余裕のよっちゃんですよ?


 そんなオババとのやり取りを思い出しつつ水の補充とお湯用魔石に魔力の補充を終える。

 そしてすぐさま5階の倉庫に素材を置き、4階の備品室に入り、せっせと錬金術で作った衛生器具やらヨード剤、ローションを補充していく。空き容器の回収も忘れない。


「そ、そこにいるのはノリ様ですかぁ!?」

「あ、ごめん。カノンさん、ただいま」


 闇魔法を起動したままだった。僕は解除して備品室に来ていたカノンさんに謝る。


「もう、ビックリしましたよ! あ、早く持っていかないと、怒られます!」


 カノンさんは、元気良く駆けて、4階から2階に飛び降りて行った。


 お嬢は全員完全回復した。

 スズも完全回復だ。

 カノンさんとスズが1番重症だったから、無事に治って本当に良かった。


 カノンさんは、なぜか僕専属ということになっており、僕が居ない時は雑用を任されている。終わればオババと会計処理。

 お客の相手は……させないらしい。


 カノンさんを除く13人のお嬢はフル活動。だが、部屋は12部屋しかない。炙れた1人……ルーク・ホンドルードというイケメンお嬢もせっせと雑用をしていた。


 僕に気付く。


「ノリ、絶対に許さない。落ち着いたら、責任、取ってもらう」


 キッと睨まれる僕。

 ニーア曰く、ローションが扱えないらしい。

 いや、扱えることは扱えるのだが、逆に良過ぎて仕事にならないのだとか……詳細は割愛させてもらおう。


 そんな訳で、大繁盛で大盛況のアーニィ・マリィルート。


 No.1お嬢であるセピアージュの部屋から師匠が出てくる。

 僕を見つけるなり、3階から、吹き抜けを飛び越えて4階にまでやってくる。

 そして、肩をがっしりと組んでくる。


「ノリ、てめぇは最高の弟子だ……セピアも褒めてたぜ。あのセピアがなぁ……。俺も褒められた……最高の時間だったぜ。ありがとよ、ノリ」


 背中をバシバシと叩いてくる師匠。

 それはよぉござんした。


「お前になら、セピアも任せられる……たまには他のお嬢も抱いてやれよ」

「いやですー」


 これはハッキリ断る。

 師匠と穴兄弟なんぞになってたまるか。


「……まぁノリにはカノンがいるか……。あの豊満ボディを……羨ましいぜ。今夜もか?」


 野暮なことをニマニマしながら聞いてくんな!


「見ての通り、カノンさんは忙しいですからね。ああ見えて、結構無理してるんですよ」


 吹き抜け間を飛び回るカノンさんだが、仕事が終わればいつもぐったりしている。


 完全回復したものの、元が病弱……というか、体が弱いということは間違いない。


「だから無理はさせません。それに今日はスズと遊ぶ約束してますんで」

「ノリ、てめぇ……さっき最高の弟子と言ったが前言撤――」

「誰がそんなことするかよ!? 普通に遊ぶの! ふ、つ、う、に! そもそもスズちゃんから言ってきたんだぞ!」


 師匠はクククッと笑っている。

 ワザとだな?

 やめろよ?

 言って良い冗談と悪い冗談があるんだからな?


 誰かに聞かれたら誤解を生みかねない上に、誤解が誤解を生む展開にしかならんからな?


 誰も聞いてないな? 良し。


「まぁ、スズに付き合ってやるのも良いが、リリカとも遊んでやれ。アイツ、恐らくだが――」


 え? なになに? 急に難しい顔しないでくださいよ師匠。


「怒ったら公爵閣下に引けを取らねぇかもしんねぇ」


「…………。いやいやそんな、リリカちゃんですよ?」


 あのリトルマイエンジェルであるリリカちゃんがそんな……ねぇ?


「日に日に俺に対する殺気がマシマシになってんだよ。俺の健全な冒険者ライフのためにも、明日はリリカのご機嫌取りに徹しろ。明日は休みにしてやる。師匠命令だからな」


 どこが健全なのか? もはやツッコム気力すら無い。

 それにしてもリリカちゃんにビビる師匠か。

 それはそれで話のネタになりそうだ。

 エイラも喜びそうである。


 よろしい、ならば明日はリリカちゃんとのお約束を守るために頑張りましょうかね。


 その前に、スズとの約束を守ろう。


 もうここに戻って1時間以上経ってしまった。


 師匠と別れて、5階の部屋に戻る。


 ニーアに設置されていた【影見絵カゲミエ】という覗き闇魔法は撤去した。

 なんでも、影絵のようなシルエットでナニやってるか、外から覗けたらしい。


 なんてもん設置してやがる。

 ついでに防音処理も完璧にしてやった。

 これで玄関に耳を当てても、中の音は外に漏れまい。


「あれ? スズ、ただいまー」


 遠くから、声がした。


「おかえりなさーい! ノリくーん! こっちきてー!」


 元気な声が、僕を呼ぶ。

 声のする方へ行ってみれば、いない。


 ベッドの布団がもっこりしているが。


「スズ、どこにいるのかなー?」


 僕は一応聞いてみる。


 返事はない。ただ、布団のもっこりが、モゾモゾしている。


 かくれんぼのつもりだろうか?


 しょうがない。子供ともよく遊んだヤツだ。


「みぃつけたぁ! コチョコチョコチョコチョ!」

「あはははは! ノリくんっ! くすぐったーい! あはははは!」


 それなりにじゃれて遊んだ後、備え付けのキッチンでホーンラビットの肉&野菜炒めを作り、スズと一緒に食べる。


 風呂も一緒に入る。あらぬ誤解を生まないためにも拒否したかったのだが、それでも一緒に入ると言って聞かなかったので、カノンさんとオババに許可を取り、水着着用で一緒に入っている。


 頭と尻尾を念入りに洗ってやる。ピコピコ動く黒い犬耳とフサフサ尻尾が可愛い。今日の疲れが全部吹き飛ぶ癒しである。

 元は犬より猫派だったのだが、犬派に鞍替えする気満々である。

 だって猫はアレだ……ニーアだもの。


 風魔法でしっかりブローしてやる。

 これでフワフワな尻尾になるので、スズは風呂好きになってしまった。


 そして寝る前に、スズの希望で算数を教え、疲れて舟を漕ぐようになったら、ベッドでおやすみだ。


 最近はスズが一緒に寝ると言って聞かないので……甘やかし過ぎだろうか……ベッドを2つにしたのだが、朝起きたら絶対一緒のベッドにいる。

 まぁ子供だし、寂しいのだろう。

 折れそうな程に細かった腕や足も、しっかり食べるようになって10才らしい体つきに戻ってきた。


 10才なら一人で寝れるのでは?

 とも思ったが、またしてもカノンさんの土下座。私が甘やかしたせいだと。


 分かるよ。今の僕だって、そうだもの。


 あらぬ誤解を生まないためにも、カノンさんにも一緒になって、隣のベッドで寝てもらっている。

 ベッドはくっつけているが、母子が一緒。

 これで間違いなんて起こりようもない。


 この早朝までは、そう思っていたんだ。


 その午前8時、氷の魔女のような目で見下してくるリリカちゃんを目の当たりにするまでは。

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