第9話 娼館アーニィ大改修

 初めての娼館での一夜はどうだったかと、オババとニーアに問い詰められ、良かった良かったハイハイと受け流していた。


 僕の答えに弄り甲斐が無いと知るやいなや、2人して溜め息を吐く。


「何か問題でもありましたか?」


 原因は僕では無さそうだったので聞いてみる。

 オババが答えてくれた。


「いやねぇ、昨日ノリから貰った白金貨でこの娼館を改修しようと思っているさね」


 それは良い事だ。


「白金貨2枚を使うような改修なんかできねぇと、どこに行っても断られちまうさね」

「なんで?」


 オババの説明に、ニーアが捕捉してくれる。


「オババが白金貨2枚で何とかしなって丸投げするからにゃ。ちなみに、来年度までこの大金を持ち越すと税金でかなり持っていかれるにゃ。だから経費で落とせるよう今年度中に使い切っちまおうって腹にゃ」


 ……税制と言い、他の制度と言い、日本並しっかりしているというか、面倒臭そうだな。


「それで具体案を出せば良いにゃってオババに言ってるにゃ」

「その具体案を出してみるさね、とニーアに言っているさね」


 何たる堂々巡り。

 

 …………。まぁこれも僕に原因があるか。


「個室がどんなものか見せてくれませんか?」


 僕の言葉に、首を傾げながらも、オババとニーアが案内してくれた。


「ニーアはもう大丈夫なんですか?」


 案内がてら聞く。ニーアは元々そんなにひどくはなかった。だるそうで真っ青な顔ではあったが、今はもうかなり元気そうに見える。


「本調子じゃないにゃ。でも、ノリのおかげでかなり動けるようになったにゃ。疲れたら休むから大丈夫にゃ」

「それは良かったです」


 抗生物質が良く効いてるな。まぁ菌がある程度いなくなれば、体調の戻りが早いのは当然。他人に感染うつさないためにも、薬は2週間キッチリ飲ませるけどね。


 でも、ニーアが僕に顔を近付けてくる。

 眉間にシワが寄っておりますが?


「敬語なんてよそよそしいにゃ。スズみたくタメで喋るにゃ。オババにもにゃ」


 なんでや。僕は首を横に振った。


「あたしゃその方がありがたいさね。このオババと対等であると内外に知れ渡るのは……ひひひっ、ノリにもお得さねぇ」

「こう見えてオババは権力者にゃ。下手な女やチンピラに絡まれたらオババの名前を出すにゃ。やましい気持ちのある奴らは即逃げるにゃ。ノリはお人好しそうだから、オババにあやかっておくにゃ」


 お人好しか。否定はできない。


 この異世界に来て間もないから、とりあえず……保険として……うん、僕も利用されてるんだから、それくらい良いよな。


「分かった。何かあったらオババの名前を出すよ。それでニーアも良いな?」


 ニーアとオババは頷く。

 やたらと笑顔なのが何か怪しい。

 特にニーアの尻尾が大きく横に振れている。そんなにご機嫌になることかな?


 他愛無い話をしていたら2階の一室に着いた。


「まずはここにゃ。2階は安い部屋にゃ。これが8部屋あるにゃ。1時間200ゼミーにゃ」


 8畳程度の部屋。

 床は板張り。少し軋むが、腐っている訳ではない。

 ベッドも硬いが、藁があってその上に厚手のシーツが敷いてある。

 設備としてはしっかりしているな。


 残りの部屋も見る。間取りは全く同じ。


 一応、内容も確認する。


「サービス内容は? 値段によって変わるの?」


 僕の問いに、ニンマリとするオババとニーア。


「ふふふにゃ。今後の参考に教えてやるにゃ。1時間、お望み通りに相手してやるにゃ。当然暴力行為は禁止にゃ。1発出したら終了にゃ。2発目以降は追加料金。お嬢によって追加料金は変わってくるにゃ。常連になったらサービスもあるにゃ」


 ふーん、そーゆー制度なのね。

 ん?


「師匠が最初に言ってたけど、指名料はあるの?」


 今度はオババが答えた。


「常連なら指名を聞くさね。指名料がいくら、とは決めちゃいないよ。客の懐次第さね」


 チップって感じかな。

 何か2人でヒソヒソ話してる。


「全然キョーミ無さそうにゃ……」

「そんなにカノンが凄かったさね?」

「まぁ、昨日の……アレはにゃ……」

「ますます追い出せなくなっちまうさね。ひっひっひ」


 ……後で僕の部屋に監視カメラ的な物がないか確認しよう。


 3階の部屋も見る。3階は4部屋だけ。

 その内3部屋は10畳の広さ。

 ベッドもクイーンサイズ。

 綿のようなモノが詰めてあるマットレスもある。

 部屋も綺麗だ。

 

 そして最後の一部屋はクイーンルーム。地球で言うところのスイートルームだ。


 見るからに高級な布を使っているベッドに……サウナまである。


 ただ、どの部屋を見てもアレが無い……。


 だから、僕は聞いた。


「ねぇニーア、お客さんの身体を拭くことはしてるよね?」

「臭かったり、怪我してたらアウトにゃ。そうじゃなければ、普通はどこもやらないにゃ。サウナで汗かいたらするくらいにゃ? クイーンルームは実質セピア部屋にゃ。なんなら聞いてく……どうしたにゃ?」


 僕は額を抑えた。引き出しも開けたが、パッと見た感じだと衛生器具すらも無い。


 ……これ絶対に他の何かも感染してるぞ。

 大体の性病はアモキシシリンで何とかなるけど、ウィルス系はなぁ……とりあえずヘルペスの薬でも合成するか。


「『薬合成』アシクロビルはC8H11N5O3でプリン骨格だから……」


「どどどどうして、いきなり呪文を唱え始めるにゃ!?」

「……なにか思うところがあったさね……」


 オババは察してくれた。さすが年の功。

 出来上がった錠剤を指で弾いてニーアの口に放り込む。


「に゛ぁ!? なんにゃこれ!?」

「それを朝晩で5日飲むように。今飲んでる薬と合わせて飲んで問題ない。それである程度の性病……呪い系は治るはずだ」

「マジにゃ?」


 僕は頷く。そしてニーアに薬をまとめて渡す。


「元気そうなお嬢に飲ませてくるにゃ!」


 そしてニーアは駆けてった。

 階段使わずに上の階に行ったよ……。さすがネコハーフ。

 4階がお嬢達の住まいか……住み込み組かな?

 5階が倉庫兼僕の住居ね。


「ノリ、治せない『呪い』はあるさね?」

「ある」


 僕は即答する。そして続ける。


「粘膜接触を行う限り、いつか必ずまたかかる。たった今作った薬も、一時的に抑え込むだけだ。体が弱ると、また出てくる。出てきたところで接触すれば、相手も罹る。別にここだけの話じゃないけどね」


 オババは神妙な顔で、僕の顔を下から覗き込む。


「でも、ノリには良い方法がある……と言いたげに見えるさね。構わんよ。あたしゃ聞きたいくらいさね」


 あまり余計なことを言う気は無かったけど、最前線でこれはマズいだろう。

 【魔王の檻】が何なのかイマイチ分からないが、冒険者も騎士も健康で万全でないと困る。


 僕は意を決する。


「変えるぞ、オババ。少なくとも、このアーニィ・マリィルートは『呪い撲滅』を掲げて再稼働させる」


 オババは笑った。その笑いは、商人の笑み。金儲けの笑みとも言うが、誰もやったことのない何かを成そうとする時の……言わば冒険者みたいな笑みだった。


「乗った。話しな、ノリ。金はたっぷりあるさね」


 元は僕のお金ですけどね。


 早速指示を出す。


「じゃあオババ。とりあえず全ての部屋に、風呂とシャワーお願いね。備品は僕が用意するから。と言う訳で、森に行ってきまーす」


 オババの笑顔が固まった。


 そうして僕は細かい追加指示を出して森で魔物狩り、オババは業者への発注作業に行った。

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