第8話 初めての娼館、初めての夜
昼に娼館へ薬を置きに行った後、冒険者ギルドへと向かう。
ダンジョン攻略の報告書を書けと、師匠に押し付けられたからだ。
師匠からの伝言はオババから聞いたよ。
師匠はなんで朝っぱらから娼館に行ってるんですかねぇ?
まぁさっき行った感じだと、師匠の目的は別にあったみたいだ。
やっぱり口と態度が悪いだけで、根は良い人なんだろうな、きっと。
そうして西の冒険者ギルドに行ってみれば、眩しい笑顔のリリカ……だけでなく、デコの輝くカズにも笑顔で迎えられた。
この前の3倍は明るい。僕が吸血鬼なら間違いなく塵になっていた。
そしてダンジョン攻略の書類を書かされる、と思ったら、聞き取り調査に変更してくれた。リリカやエイラに仕事を覚えさせるためとのことだ。
よろしい、ならば協力しましょう。
僕はダンジョンの攻略についてカズに報告し、時にはカズから質問を受けながら話していった。
これは公文書の扱いになるらしく、公爵までちゃんと上がり、目も通されるらしい。
「おかげでギルドに入る報酬もホクホクなのねん。なかなかの報酬だったみたいなのねん」
カズに耳打ちされる。その様子だといくら貰ったか知ってるな?
「もう使いましたから、奢ることはできませんよ」
「は? 白金貨を? 2枚も? もう?」
……そうか。いきなり2億円使ったって言ったら、そりゃそんな反応になるか。
「拠点となる家の購入代金としてです」
「あぁ~、なるほどねん。ふむふむ、それはむしろ良いことを聞いたねん。ここを拠点にしてくれることは願ってもないことなのねん」
確かに。ギルドからしても契約した本人がこの街に拠点を置くのは利があるのか。
「もしかして、良さげな物件ありました?」
カズは首を振る。そして必死になってまとめているリリカとエイラを見る。
「あの2人に良い物件を充てがってしまったのねん。どちらにせよ、他の不動産業者を紹介せざるを得なかったのねん」
そっか。じゃあオババにお任せで良かったな。
「マスター、これ、いつまでに終わらせるんですか?」
リリカが、少し青い顔でカズに問う。
「明日の朝までに公爵閣下へお届けに上がる、と伝えてあるのねん」
エイラが、徹夜じゃんと頭を抱えて突っ伏す。
「本当は今夜までだったのを頼み込んで延ばしてもらったのねん! 恨むならディークを恨むのねん!」
リリカとエイラの背後に、炎が見えた気がした。
「ノリさんと夕御飯、一緒にしたかったのにぃ!」
リリカが思わずと言った様子で叫び、ハッと我に返って、恥ずかしそうに俯く。
あらやだ可愛いわ。
でも、そうね。僕、もうお金持ってないからね……とは言えない。
リリカちゃんとおデートできるなら、お金を稼いで来ようじゃないか!
妻と子供に申し訳無くないのか?
デートくらいなら許してもらえる!
むしろ、妻なら私にも紹介しろと言ってくるはず!
だから、僕は言った。
「また今度、一緒にご飯食べよう。良い店、探しておくから」
リリカの顔が、パァーッと明るくなった。
分かる。分かるよ。
リリカになら、喜んで集られようとも。
さぁ、夜まで狩りだ。師匠もいないし。依頼書を片付けていこう。
その頃にはオババもなんか物件見つけてくれてるだろ。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
そして夜、リニューアル工事中の看板が架けられた表玄関を無視し、裏口からお邪魔する。
「ちわーっす。オババさーん。物件どうなりましたー?」
声を掛けながら入ったら、目の前にはニッコニコ笑顔のカノンさんが居た。
「おかえりなさいませ、ご主人様。なんなりと、ご命令を」
色んなモノが今にも溢れそうなセクシー衣装に、アミアミタイツ。
僕は目をギラつかせて言った。
「カノン、命令だ。そんな体の冷えそうな服は脱げ。暖かい服装に着替えて出直して来い。今すぐにだ!」
命令というので、命令してやった。
顔が赤く、熱が下がりきっていない様子なのに、なんて恰好をしているのだろう。
スズが、とてとてと歩いてきた。
少しフラフラしているが、歩けるくらいには良くなっているようだ。
昨日の今日なのに、治りが早いな。
獣人の血が入ってると、こんなに効きが違うのかな?
「ママを、おこっちゃ、やー」
そうだよね。スズからすればそう見えるよね。
「ごめんね。怖かったかな? でもねスズ。僕はスズのママに、早く元気になってほしいから怒ったんだよ。スズのママは、暖かくしてお布団で寝ていなきゃダメなんだ。スズも早くママが元気になってほしいでしょ?」
「……うん!」
「僕もスズには元気になってほしいから、ちゃんと薬を飲んで、寝るんだよ。元気になったらいっぱい遊ぼうね」
「うん!」
元気な返事をしてくれたスズは、重い足取りながらも、階段を上がって自分の部屋らしきところへと戻っていく。
そして、横を見れば、カノンさんが土下座していた。
なぜ?
「私の不徳の致すところ。そしてスズに対しての……うぅ、最大の感謝を」
「そういうの良いから。顔を上げてよ。僕としてはカノンさんにも大人しく寝ていてもらいたいの。オババは?」
僕はカノンさんを支えるようにして立たせる。そしてオババが見当たらないことに気付いた。
「オババは急に忙しくなったと言われて……今夜は戻って来れないそうです。ですので、私がノリ様の新居をご案内させていただきます」
「あ、そうなの? 案内だけなら、お願いしようかな。案内が終わったらちゃんと休んでね」
「……はい、かしこまりました」
そうして浴衣みたいな服にちゃんちゃんこみたいな暖かそうなものを羽織ったカノンさんに案内してもらう。
外には……行かない?
階段を……上る?
3階……じゃない?
4階……でもない?
5階……最上階?
この部屋? ここに何が?
大きな障子を開けると、玄関になっていて、そこに鍵の掛かる扉が1つ。
そこを開けると、キッチン、ダイニング、リビング、ベッドルーム……風呂とトイレもあるけど、全部ワンフロアにあるぞ? あ、風呂とトイレはガラス張りの部屋でカーテンがあるのか。
いやいや、そうじゃなくて。
「ここ、なに?」
カノンさんは首を傾げた。
「ここがノリ様の新しい住まいですよ?」
「はぁ!?」
はぁ!?
思わず心と口から出る言葉が一緒になった。
「ちなみに、隣にも部屋がありますが、作業スペースとしてご利用できるように……」
いやいや、不動産業者みたいなことを聞きたい訳ではなくてですね!?
「僕、娼館に住めと?」
カノンさんは、首を反対に傾げた。
「オババはそう解釈したようです」
「なんでやねぇん!」
僕は空にツッコんだ。
「え? 待って、カノンさんはそれで良いの?」
「私はノリ様の奴隷ですから」
今、その設定は良いから!
「だってスズとも同じ屋根の下ですよ?」
「ノリ様ですから。何か問題でも?」
まるで僕がおかしいみたいな顔をされておりますが、カノンさん……もしかして病気が脳にまで!?
その時、部屋の入口から声がした。
「ふふ、諦めるにゃ! ノリ・ブラックシート!」
ネコハーフのお嬢、ニーアだ。正直、しっぽをニギニギしたいと思った嬢である。しかし今はそんな時じゃない。
「何を諦める必要があるのか!? みんな嫌じゃないの!? 僕、男だよ!?」
僕は全力で訴える。
「そもそも、オババが許可したにゃ。ニァ達も、みんなオッケー出したにゃ。よく考えるにゃ。ディークの弟子……お金あるにゃ。薬もある……もう病気の心配いらないにゃ。しかも強いにゃ、用心棒にゃ」
メリットしか見えてないぞコイツ。
「よく考えるのはそっちだ! 僕は男だぞ! 色々と我慢できなくなって、夜な夜な襲いに行っても良いのか?」
目をパチクリさせるニーアとカノン。
でも、二人してモジモジ……。
「思ったより積極的にゃ……バッチ来いにゃん」
「私も、ご命令とあらば……いつでも」
あ、ダメだこいつら。
「あ、セピアはダメって言ってたにゃ」
「そうだろ!? 普通はそうだろ!?」
よし、常識人が一人いたぞ!
「お金さえ払えば抱かせてやるって言ってたにゃ」
ダメだ全然違った。
「それに、こんなことを言うのはズルいと思うにゃ。でも、言ってやるにゃ」
何を言うつもりだぁ……僕は何を言われても鋼の意思で断る。
そう心の中で決意する。
「ノリがここに居座らないと、カノンが追い出されるにゃ。そうなれば、当然スズもにゃ」
どうして……とは僕の口から出てこなかった。
なぜなら、おおよその想像が付くからだ。
今回の原因を作ったのはカノンさん。詳細は不明だが、本人がそれを認めたのだから否定する理由も無い。
オババは言っていた。僕は金ヅルだと。
カノンさんとスズの命の恩人みたいなものだから、僕に対しては過剰なサービスを以て対応するつもりだろう。
当の本人も、僕専用の奴隷とまで言い切っている。
本心か本心でないかは、関係ない。
とにかく、僕と縁が切れることを最大の損失とオババは思っているようだ。
それを繋ぎ止めるためのカノンさん。
上手いこと利用してくれやがる。
かと言って、僕がこれ以上の文句を言う筋合いは無い。
なぜなら、師匠からすでに言われているからだ。
『下手に首を突っ込むな』と。
首を突っ込んだ結果が、コレであるなら受け入れよう。
受け入れなければ、スズもカノンさんも遅かれ早かれ死んでいたことに違いはないのだから。
「……分かったよ。ここに住む」
僕がこう言うと、ニーアはニカッと笑い、カノンさんは涙を零して喜んだ。
そりゃそうだろう。
僕のことを何と思っているかは知らないが、とりあえず追い出される心配は無くなったのだから。
ニーアにしてみても、金ヅルと薬の確保ができて安心だろう。
ニーアはカノンさんに近付いて呟く。
「これはお詫びニャ」
そう言って、カノンさんの頭をポンポンと叩いて、ニーアは出て行った。
「ごぉゆっくりにゃぁあ!」
最後に余計な一言を残して。
そして、僕とカノンさんだけが、僕の新居に残された。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
僕はベッドに寝転がっている。
カノンさんは、僕の命令で、僕に跨っている。
「んっ……動き……ますね?」
「あぁ、無理そうなら言ってくれ」
「あっ、アッ」
「大丈夫? やっぱり無理じゃない?」
「もう……んっ、少し……んぁ……やらせてくだ……ひゃい」
ギッシギッシと、ベッドの
「いや待って! 背中のツボ押しマッサージをお願いしただけだよね!」
「ごめんなさい! 思ったよりベッドの弾力があって! 安定しなくって!」
僕の背中は幸せなんだけどさぁ!
もう誤解しか生まない光景じゃん!?
本当はカノンさんを帰らせて休ませたかったのだけど、僕からお金を毟るまで本当に帰る気はないらしい。
商魂逞しいというか、娘のためなら何でもやるねカノンママは。
だからしょうがなく300ゼミーのお金を支払い、マッサージ……健全なマッサージをお願いしたのだ。
身体に無理のない範囲で。
エッチなヤツは頼まない。
僕は地球へ帰るんだ。
妻と娘達のためにも、僕はこんなところで浮気なんかしない。
300ゼミーというそこそこのお金も払った。
だからカノンさんも満足そうな顔をしている。
申し訳無さそうに見える顔だが、内心喜んでいるに違いない。僕だったら同じ顔をして同じ心境になるもの。
せっかくお金を払うのだからと、本格的なマッサージをお願いしたかったのだが、カノンさんったらナイスバディなもんだから、マッサージしようとすると変な方向に自動修正されてしまう。
普通逆なのではなかろうか?
「じゃあ足ツボマッサージお願いします。さすがにこれくらいなら誰でもできるから」
「はぃ、すみません……」
耳まで一緒にしょぼくれる。
くっ、可愛い。
でも変な気分にはならない。
多分、疲れ過ぎてるんだと思う。
「あいたたた! あー……」
最初は痛かったが、良い押し具合だ。
ふくらはぎも揉んでもらう。
若返ったとは言え、心がおっさんなので、あーうーあーという汚い喘ぎ声を響かせてしまう。
「楽しくなってきました」
なぜかカノンさんに変なスイッチが入ったらしい。
「アーッ! そこは、……くぅ! やめっ! んあーっ!」
2時間たっぷりサービスを受けた僕は、この異世界に来て、初めてベッドの上で眠りに就いた。
マッサージの効果があったのか、次の日はとんでもなく体が軽かった。
ニーアとオババが受付にいた。
僕を見るなり、2人して目だけが笑う。
「昨晩は、お楽しみだったにゃぁあ。にゃっしっし」
「またの御利用、お待ちしているさね。にぃっひっひっひ」
どこの悪代官かと思う笑いっぷり。
昨晩、そんなにお楽しみだったかな?
まぁ良いマッサージだったことは間違いない。
また疲れたらカノンさんを指名するとしよう。
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