〜Side オババ〜

 あたしゃザウラ・フィンデルセン。

 娼館、アーニィ・マリィルートのオババさね。


 バンダルギア王国では、獣人と人間の間に生まれたハーフは忌み子とされてるさね。


 差別はもちろん、違法奴隷すらも、たくさんさね。


 他はもっと酷いところもある。


 それでも、この城塞都市ウェスタリアは、まだマシさね。


 ウェスタリアより北には【魔王の檻】に近い荒野が広がり、その先には山々。西にはホーンフォレストを代表とする厄介な魔物がウジャウジャ。


 街道こそ整備されたもんじゃが、一歩でも森や荒野に踏み出せば、命の保証は無いさね。


 だからこそ、忌み子を除け者にする暇なんて無い。使えるモノは、なんでも使う。


 そうして、東西南北にある城塞都市の中でも『西』は特に堅牢な都市に仕上がったさね。


 だからこそ、ウェスタリアに居を構え、娼館を建て、ここまで育ててきたさね。


 ただ、ステータスにも現れない『呪いの薔薇』だけはどうしようも無かったさね。


 もはや、運。


 娼館組合のルールでは、薔薇の痣を持つモノを雇うべからずとある。


 カノンには、確かに痣はあったさね。


 ただ、全身に痣があって……本人は生まれつき病弱だというから信じてしまったさね。


 嘘を吐けるような娘じゃぁない。


 半年も一緒にいれば分かるさね。


 嬢としては体が弱すぎて全く役に立たなかったが、部屋の掃除やらまかない料理やら、裏方の仕事をよくやってくれた。


 算術もできたから、金の勘定をしたり、税の計算をしてくれたりってのは良かったさね。


 スズも精力的にカノンの手伝いをしてくれたさね。


 元気で、明るい良い子だよ。


 あたしゃ昔を思い出しちまった。


 スズくらいの頃、母と共にウェスタリアに落ち延びて、母は倒れたさね。


 そこから、あたしゃ身体一つで成り上がった。


 スズには、そんな思いをしてほしくないと……昔の自分に重ねちまったんだろうね。


 結果、全滅。


 いや、危うく全滅さね。


 ディークはやんちゃだが良くしてくれるヤツさね。


 なんだかんだ、ウチのナンバーワンやら他の嬢やらには、そこそこ人気さね。


 だから、そのディークがどうしようもないと呟いた時は、もう終わったと思ったさね。

 みんな、耳が良いからね。それくらい、聞こえたよ。


 だが、あんたは何者だぃ?


 ディークのツレ、ノリ・ブラックシート。


 無駄だとは思ったさね。

 でも、その目に光る希望が、嬢全員を動かしたさね。


 金を払わない客に、身体なんて普通は見せないさね。


 呪いの薔薇は、治せないからこそ、【呪い】とまで呼ばれているさね。


 それを、梅毒という性病?


 薬を作る?


 治せるさね?


 スズの様子がおかしいと気付いたノリは、すぐに薬を飲ませようとするさね。

 でも、スズはもう動けない。


 段々と力を失っていくのが見えたさね。


 そんな時、ノリがヒールとリカバリーを使用する。


 こんな強い輝きは初めてみたさね。


 冒険者ギルドから何度か治癒魔法専門の冒険者にヒールやリカバリーをかけてもらったが、こんな光は初めてさね。


 スズは、薬を飲める程度に回復してしまったさね。


 みんな、ノリから渡された薬を飲む。


 意識が朦朧としていたカノンには、ノリが飲ませたさね。


 すぐに出ていった。薬の材料を採りに、ホーンフォレストへ。


「ディーク、ノリは何者さね?」


 あたしゃ聞いたよ。さすがに。


「……想像の通りだ。命助けてもらったんだ。全員、他言無用だぜ。下手に言えば……ノリが消える」


 ……意識のある者は、頷かざるを得なかったさね。

 その殺気の籠もった強烈な圧に。


 それ程に、ディークはノリを買ってるってことさね。


 A級冒険者……孤高のディークが、それ程までとは、さすがさね。


 全員、薬の作用のせいか、それとも治ると安堵したせいか、そのまま全員寝ちまったよ。


 あたしゃみんなに布団かけて回っただけさね。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


 次の日、昼を回った頃。


 表を叩く音がした。


 分かりやすい男さね。


 だから、嬢専用の裏口を教えてやったよ。


 専用の隠蔽魔法で、ディークすら知らないさね。


 一度認知した者には二度と効かない。


 ノリには教えても良いと、全員が一致したよ。


 ノリが来て、追加の薬を置いて言う。


 カノンの礼にすら、まだ治ってないから安心するなという。


 ノリは本当に男かね?


 普通だったら、見返りにカノンを抱かせろだの、薬が欲しければ言う事を聞けくらいは、言うと思うんだけどねぇ。


 スズが薬を飲んで、頭を撫でてやるところを見たら、根っからの善人が、この世に存在するんだって、不覚にも感動したさね。


 カノンを奴隷にしても良いという身受けの発言が出たにも関わらず、関心無し。


 だからこそ、こんな言葉が出たさね。


「早速命令しても良いさね。なんならあたしにするかぃ? ひひひっ、白金貨2枚……持ってることは知ってるさね。それを出すなら、この娼館の経営権もくれてやるさね」


 金のことは、ディークから今朝聞いたさね。

 アイツ、セピアージュを身請けする代わりに白金貨置いていくって言い出したさね。

 一年の期間限定で。


 セピアは乗る気だったさね。

 だが、あたしが却下した。


 自分の本心であるならまだしも、オババのためにそんなことする必要は無いと、セピアにも、ディークにも怒ったさね。


 いつも通り、利用してくれりゃ良いさね。


 だからノリには、ここを利用したくなるように、迫る。


 手段なんか選んでいられないさね。


 ディークとノリ、二人が客になるなら、最低でも全員が食っていけるさね。


 だからって、こんなオババに白金貨を2枚も投げてヤツがどこにいるさね。


 ディークですら、セピアに1枚しか投げ付けなかった白金貨を。


 後でニーアから、『間違いなく今年のナンバーワンお嬢はオババにゃ』と言われた時は、思わず顔が赤くなっちまったし、全員が笑ったさね。


 初めてかもねぇ。

 ここにいるみんなが揃って、腹を抱えて笑う姿を見たのは。


 良いさね。

 ノリの言う、『経営権なんて要らないから、住む場所が欲しいよ』という願い、叶えてやるさね。


「誰にも文句は言わせないさね。ノリを、5階の空き部屋に住まわすさね。二部屋使わせる。文句あるやつは今言いな! 聞くだけは聞くさね!」


 ウチの看板娘、No.1蜘蛛とのハーフ、セピアージュ・ネリクレイアが口にする。


「本当は反対するつもりだったわ。でも、オババを惚れさせる子でしょ? ふふふっ、良いわ。お金さえ払ってくれるなら、私、抱かれるわよ」


 一見様いちげんさまお断りのセピアですら、すでに惹かれているさね。笑わない女として有名なくせに、ずっと笑ってるさね。


 ネコとハーフのニーア・サーバルートも続く。


「とんでもなく強いオスを感じたにゃ……ふふ、お礼に1回くらいタダで味見……ゲフンゲフン、お相手させてやっても良いのにゃ?」


 相変わらず欲望に素直な子さね。

 本人が良しとするなら、1回だけ金無しでもお咎め無しにしたさね。


 そう言ったら、ヘビとのハーフ、ラミネ・イシューサは驚いたさね。


「ふーん、オババ、本気の本気なんだねー。まぁ、また性病? になった時も、薬をもらえそうだしー。反対する理由も無いかなー。私も味見、したいなー」


 のほほんとしている子だけど、目はマジさね。


「食べるなら、キョーコも混ぜろよぉ? にへへ」


 キツネとのハーフ、キョーコ・フォクサーも涎を垂らしているさね。


 肉食系は、その内暴走しそうさね……。


 他の子らは……隅で固まってるさね。


「余った肉でも貰いにいくか」

「骨すら残んないと思いますぅ」

「あらあら」

「下手するとボクまで食べられますっ!」

「同じ屋根の下ですもの……ふふ」

「夜襲朝駆けは戦の基本!」

「夢の中くらいなら相手にしてもらえるかしら……」

「薬の知識があるようだから、精力増強ポーションでも飲ませれば?」

「みんなで突撃だぁ!」


 それは、さすがに死ぬと思うさね。


「カノン! あんたに命令だよ! ノリの管理をきちんとすること! ちゃんと毎日……いや、依頼がある時以外はウチに帰すこと! あんたらも、カノンとノリの許可なく襲い掛かるのは無しさね!」


「……かしこまりました! お任せを!」


 セピア以外から、ぶーぶーと文句が出るさね。


 ……本当に、たったの1日で元気になったさね。


 それにしても、スズや。なんであんたも文句言う側に回ってるさね。

 え? スズもノリの奴隷になりたい?

 それは止めておくさね。

 あたしゃまだ捕まりたくないよ。年齢的には良くても、見た目がアウトさね。


 ノリも罪なオトコさね。


 さて、せっかくさね。


 白金貨2枚で、アーニィ・マリィルート、リニューアル工事してやるさね!

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