第7話 娼館暮らし、始めました

 僕の朝は早い……。


 日が昇ると同時に目が覚める。


 もう、森以外で寝られない呪いに掛かってるんじゃないかな?


 そろそろ温かい布団で眠りたいな。


 夜の内に薬草の群生地に辿り着いたので、近くの木で就寝。


 朝からせっせと薬草を毟る。


 青カビの採取も忘れない。落ちた木の実によく付いてるんですよコレ。


 これが抗生物質の材料。

 これで薬合成の行程をかなり短縮できるぞ。

 材料の節約にもなるからね。


 昼まで採取して、昼御飯の魔物を狩って、焼いて食ってからウェスタリアに帰還。


 薬はもう合成してあるので、アーニィ・マリィルートの扉を叩く。


 ……全然反応が無い。


「ノリと言ったね。こっち来るさね」


 オババが横から突然現れた。ビックリしたよ。


 裏口があるらしく、そっちを案内してくれた。


 裏口の玄関の向こうは待機部屋ならぬ緊急病床。


 ただ、昨日よりも、みんな明らかに顔色が良くなっていた。


 1番酷かったスズはまだ体こそ起こせないが、意識はちゃんとあって、薬もちゃんと飲んでくれていた。


「ありがとうございます。娘を……スズを助けてくださって……うぅ……」


 スズのママ、カノンさんだね。


 しかし、こんな美人を泣かせるなんておじさん失格……ここは何と声をかけるべきか。


「まだ助けていません。お礼は完全に治ってから。しっかり、薬を飲ませてあげてくださいね」


 厳しいことを言うようだが、これは真実である。

 しっかりと薬を続けてもらうため、心を鬼にする。


 それでも、カノンさんは涙を拭いて頷いた。

 ママは強し。

 対してスズは嫌な顔をする。


 薬を飲みたくないようだ。


 カノンさんのニッコリ笑顔で慌てて薬を飲むスズ。


 しょうがないので、薬を飲めたご褒美にヨシヨシしてやる。


 おっと、カノンさんの目が鋭い。


 大丈夫ですよ。さすがにこんな子供には手出ししませんって。


「……正直、1日で『呪いの薔薇』がここまで良くなるとは思わなかったさね。本当に2週間もあれば、全員元通り働けるさね」


「一応は働けると思いますが、問題は感染源でして……そいつとまた相手したら何度でも感染うつりますよ?」


 僕の言葉に、オババだけじゃなく、聞き耳を立てていたお嬢全員が反応する。


 そして、カノンさんを見た。


「……私が原因で、間違いないでしょう。申し訳ございません。いつでも、出ていく所存です。オババ」


 カノンさんは土下座して詫びる。


 何があったか聞くのは野暮なこと。

 僕は空気になったつもりで静観する。


 一向に頭を上げようとしないカノンさんに、オババは溜め息を吐いた。


「行く宛が無いから、ここで働かせてくれと言ったこと。わたしゃ覚えているさね」


「オババ! まだカノンを、ここに置く気にゃ!?」


 ネコのハーフ獣人が文句を言うが、オババはネコの尻尾を握って言う。


「にゃああ!」

「ニーアは黙るさね! まぁ、文句を言いたい気持ちも分かるさね。ただ、ここでカノンを手放せば大赤字のまま……それは全員分かるさね?」


 ニーアと呼ばれたハーフ獣人だけじゃない。みんな、生唾を飲んだ。


「カノン、スズのこともあるから籍は置いておくさね。回復次第、しっかり稼ぐさね。ちょうど目の前に金づ……太客がいるさね。ノリの奴隷になったつもりで奉仕するさね」


 金ヅルって言ったよ、このオババ。

 しかも奴隷って何さ。僕にナニさせようとしてるのさ。

 他のお嬢達ドン引きなんですけど。


「はい、カノン・モードレイズは只今をもちまして、ノリ様専属の奴隷として御奉仕させていただきます」


 いや、三つ指ついてお辞儀して、覚悟決めた顔しなくても良いですよ?


「ママ……」


 ほら、スズちゃんの目が……視線が痛いッ!


「なんたってディークの弟子だからねぇ。実力は折り紙付き。あんたらもウカウカしてると、カノンに負けるさね!」


 ギロリとお嬢全員からの視線が突き刺さる。


 色目と金目と嫉妬の目だ……これが、ハーフとは言え、獣の目。


「早速命令しても良いさね。なんならあたしにするかぃ? ひひひっ、白金貨2枚……持ってることは知ってるさね。それを出すなら、この娼館の経営権もくれてやるさね」


 なんで知ってんのこのオババ。


 ……師匠だな?


 僕と師匠でダンジョンをクリアしたご褒美に、騎士団の詰所で白金貨を2枚ずつ貰った。


 200万ゼミー。

 日本円にして約2億円だ。


 それだけ都市の近くに発生したダンジョンの処理は危険度が高いらしい。特に今回は人的被害ゼロということもあって破格の報酬だったらしい。


 師匠曰く、良いもん飲み食いして、良い所で寝泊まりして、女をたくさん囲ってる内に無くなるとのこと。

 金遣い荒いよ師匠。


 僕はそんな無駄遣いをするつもりは無い。


 むしろ、僕が欲しいのは――。


「経営権なんて要らないから、住む場所が欲しいよ」


 オババは土地勘ありそうだし、良い物件を抑えてくれるかなーと思って、白金貨2枚を弾くように飛ばして渡した。


 でも、なんでオババだけじゃなくて、みんなあんぐり口を開けてるのかな?


 それになんでかな?


 なんで夜になって、娼館の5階にある隣り合った空き部屋2つを僕に充てがうことが決まっちゃうのかな?

 それも全員一致で。


 こうして、僕の拠点は娼館アーニィ・マリィルートとなった。


 今日から僕は、娼館暮らし、始めました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る