第6話 呪われた娼館~アーニィ・マリィルート

 娼館しょうかん


 どういう場所か知っているだろうか?


 大人の男が、お金を支払い、女性とにゃんにゃんする場所である。


 子供は絶対に行っちゃ駄目だぞ。


 もちろん大人の男だって、結婚して子供もいるのに行ったら……奥さんにちょん切られるぞ。

 何をとは言わないが。


「待って師匠。僕には妻と子供が――」

「ヴァルファリアに居んのか?」


 いや、この世界には居ないけどさ。


「大丈夫だ。これから行く店は獣人の女しか居ねぇ。つってもハーフ専門店だからな。具合は……良いぜ」


 ナニが大丈夫なのかな? いきなりケモナーへの道を歩めと?

 それにだ。


「そーゆー病気が怖くて1回も行ったことないんですぅ!」


 カンジダ、クラミジア、ヘルペスに始まり、淋病や梅毒、果てはエイズまで目白押し。


 地球でだって、いくら検査してても、どれだけ事前に洗って清潔にしていても、避妊具を着けていたってやる事やるんだから100%防ぐことは不可能だ。


 感染しない方法はただ1つ。


 何もしないことだ。


 これがね、自分の妻が感染源で罹っちゃったならしょうがないよ?

 一部は自然感染もある訳だし。


 でもさ、他の女が原因で感染してみろ……どれだけの地獄か想像付くでしょう?


 でも、師匠は僕の頭を掴んで言う。


「事前にヒールとリカバリー掛けてろ。ヤッてる最中くらいなら、それでなるこたぁねぇ。それとな……さっきも言ったが、これから俺はお前と行動することが多くなるんだ……ノリ、てめぇが娼館嫌いだと、どうなると思う?」


 師匠は僕の尻を蹴り上げた。


 痛みはそうでもない。だが、そういうことかと悟った。


「師匠ラヴに見られるってことですかぁ!?」

「声がでけぇ! ま、そーゆーことだから、嫌でも付き合ってもらうぜぇ」

「そんなぁあああ!」


 有無を言わさず連行される僕。


 そして、看板の傾いた『アーニィ・マリィルート』という5階建てくらいの娼館に辿り着いた。

 周囲の建物と比べてみても、頭1つ抜きん出ている。

 この建物より大きなお店は無いんじゃなかろうか?


 しかしながら、真夜中の繁華街にも関わらず、誰もこの建物には寄り付こうとしない。


 灯りはあるから営業しているのは間違いなさそうだが。


「師匠、ここですか?」

「……おかしいな。半年前はもっと賑わってたんだが。邪魔するぜぇ!」


 師匠は僕をちゃんと立たせてから、娼館の扉を開けた。


 中は暗い。

 こういう店は暗くして雰囲気を作っていることくらいの知識はある。


 ただ、この暗さはムード作りというより、空気が暗い。お化け屋敷を彷彿とさせる不気味さのある暗さだ。


 師匠は真っ直ぐカウンターに行く。


 そこには、受付のお嬢……というには些か歳の取り過ぎている婆さんがいた。


「オババ、居るじゃねえか。どうした? たった半年で潰れる寸前か?」

「久しぶり顔を出したと思ったら。野垂れ死んだんじゃなかったんだねぇ。あんたが毎日来てくれてりゃ、こんなことにもならなかったさね」


 仲良しじゃん。

 師匠は憎まれ口を叩かれるが、意に介さず続ける。


「何があった?」

「言っても良いが……ツレかい? 初めての顔さね」


 僕は頭を下げる。


「初めまして、ノリ・ブラックシートです。師匠に連れてきてもらいました。オババさん、よろしくお願いします」

「ディークの弟子にしちゃぁ礼儀正しいねぇ。あたしゃオババじゃないよ。ザウラ・フィンデルセンさね。ま、オババって呼ぶ奴の方が多いから、好きに呼びな。客は大事にするさね」


 どこからどう見ても人間にしか見え……翼が生えていらっしゃる……。

 雰囲気的に梟のハーフ獣人かな?


「言いたくないなら無理には聞かねぇよ。しばらくはこっちいるからな。金さえ落としゃ何とかなんだろ?」

「……まぁそうさね。それで多少はマシになるさね」

「だったらセピアだ。そら、指名料込みで取っとけ。釣りはいらねぇ」


 そう言って師匠は1000ゼミーをポンッと出す。10万円か……。どんな高級店だよ……。


 でも、オババは受け取らない。


「ん? どーした? セピアージュだ。辞めたか?」

「いーや、辞めてない。奥で休んでるさね。少し待ちな。確認……してくるさね」


 オババは、師匠から金を受け取らないまま、奥へと歩いて消えた。


 客の金とは言え、カウンターに放置って大丈夫?


「マジで何があった? 気配は……ある。が、なんで、こんなに弱い……」


 師匠が何かスキルを発動させている。


 僕は『鑑定』くらいしか使えないからな。スキルポイントに余裕があれば気配探知みたいなスキル取っても良いけど、カツカツそうだもんな。


 そんな時、僕の裾を引っ張る誰かがいた。


 師匠じゃない。


 視線を落とす。


 そこには、黒色の尖った犬の耳を生やした人間の……いや、ハーフの女の子が居た。


 なんで子供が?


 あ、お嬢の子供かな?


 でも、6歳くらいに見えますよ?


「たふけて……ママを、たすふぇて……」


 そう言って、少女は倒れた。


「え? ちょっと!? しっかりして!? 大丈夫!?」


 僕は少女を抱える。すごい熱だ。


 僕の声を聞きつけたオババが走って戻ってくる。


 僕の抱える少女を見るなり、オババは天を仰いだ。


「オババ、全員どうなってやがる。巻き込まれた以上、説明してもらうぜ?」


 師匠は脅すような口ぶりだけど、知っている者が聞けば、救いの手を差し伸べようとしていることは明白だ。


 だからこそ、オババは奥の部屋に僕達を案内してくれた。


 そこは、お嬢の待機部屋だった。

 なぜ過去形になっているのかと言えば、みんなが寝込んでおり、もはや臨時病棟みたいな有様だったからだ。


「3ヶ月前から、一人、また一人とさね。『呪いの薔薇』、聞いた事くらいあるさね」


 オババのセリフに、師匠は俯く。


「どうしようもねぇ……」


 師匠の悔しそうな声が、小さく、僕の耳にだけ届いた。


 僕が首を傾げていたせいか、オババが説明してくれる。

 犬耳の黒髪ロングのお嬢の背中を、服ごと捲りあげた。

 僕は一瞬目を反らしかけたが、その酷い有り様を目撃した。


「薔薇っていうのはこういうことさね。全身に薔薇のような皮膚病が起こる。一番酷くて、一番最初に呪われたのはコイツさね。スズの母親、カノン・モードレイズ」


 背中全てに赤い薔薇のような炎症を起こしている。

 ハーフの獣人って、何がハーフなのかと思えば、耳と尻尾が付いてるだけなんだよね。


 ほぼ人間。いや、人として扱わないとダメだ。


「オババ、ゴメンね。全員の症状を確認させて」


 僕はいつになく真面目に問う。


「……構わないさね。全員、協力を。ディークのツレさね」


 背中、足、腕、腹、胸、臀部等など、15人の症状を確認した。


 師匠から厳しいことを言われる。


「ノリ、この呪いはヒールやリカバリーじゃどうにもならねぇ。下手に首を突っ込むな」


 なぜ怒られねばならないのか。


 僕はそれに対して怒りそうだったが、グッと堪える。


「典型的な『バラ疹』ですよ。状況を聞く限り、半年で晩期顕性まで突入してる……いや、二期の症状がひどいのか? 他の娼館で似たような症状は?」


 僕の問いに、オババは答える。


「『呪いの薔薇』に似た皮膚病は流行ってると聞いたさね。ウチが特に酷いもんで、ウチがばら撒いたことにされてるさね。今や呪われた娼館とまで呼ばれてるさね」


「ハーフ獣人専門の娼館、他には?」


「無いさね。そもそも、実力のないハーフ獣人なんて、どこでも扱いは……似たようなもんさね」


 そんな、ハーフ獣人、可愛い子揃ってるじゃないですかー。


 もし僕が独身でお金があるなら、毎日取っ替え引っ替えで遊ばせてもらいたいくらいですよ?


 とは言わず、僕はスキルを起動させる。


「数が多いな。とりあえず1日分作ります。残りは明日、材料を採ってきます」


「……ノリ、お前、ナニ言ってやがる?」


 師匠。そんなアホ面してると、カズに言っちゃいますよ?


「『薬合成』アモキシシリン……C16H19N3O5S、βラクタム入れて……それから……。…………。できた」

「ノリ! 俺の質問に答えやがれ!」


 ちょっと師匠、胸ぐらを掴みかかってこなくても良いでしょうに。


「さっき言った通りです。専用の薬を作りました。これを最低2週間は飲んでもらいます。というか『呪いの薔薇』って何ですか? これ『梅毒』っていう病気ですから。性病ですよ、性病」


 待てよ。


 なんで、この子供……スズちゃんだったか。

 梅毒になってるの?


 一瞬、オババに詰め寄ろうとしたが、地球に居た頃の知識を引っ張り出す。


 先天性梅毒はある。

 無症候性梅毒のまま、第四期に突入する可能性は捨てきれない。


 ただその可能性はあまりにも低い。


 キスみたいな軽い接触でも感染するからそっちか?

 不衛生な状態で口移しでもやったか……。


 第四期の症状には、精神神経障害がある。

 この子……言葉の不明瞭さはあった。

 まさか中枢神経疾患の瞳孔異常も?

 この子の目を開く……光魔法で光を当てる……異常有りだよ!?


 二期の症状が、まるで四期みたいな症状として出ている。子供だからか?


 ともかくだ。


「この子が一番危ない! 今すぐに薬を飲ませる! オババ、良いな!?」


 僕の剣幕に頷くしかないオババ。


 僕は飲み水を取り出し、口から薬を流し込む。


 スズの喉が、動かない。


 脈が……乱れている。


 この子、すでに死にそうじゃないか!


 なぜ気付かなかった!?


 痩せ細った体、折れそうな程に細い腕、6歳くらいと思ったが、実際は10歳くらいあるんじゃないだろうか。


 それでも、そんな体でも、母親を助けてくれと?


 ふざけるな。


「ちゃんと助けてあげる。だから、薬を飲んで。【ヒール】【リカバリー】」


 僕は無意識的にヒールとリカバリーを口にした。


 ヒールやリカバリーでは、病気そのものは治せない。

 でも、一時的に体のダメージや異常は回復してくれるはずだ。


「なんだ……ノリのスキルは……」


 師匠も使えるのに何を驚いてるんですか?


「ゴクッ……うぇぇえ……にがぁい……」


 でも、スズは薬を飲んでくれた。

 薬を飲んで、すぐに眠るスズ。


 カノンにもヒールとリカバリーを掛けて薬を飲ませ、他のお嬢は自力で薬を飲む。


「当然、1日や2日で良くなると思わないように。さっきも言ったように、最低でも2週間は飲んでもらう。じゃ、薬の材料採ってきます」


「……おい、ノリ。もう夜だぞ?」


 あぁ……また夜に外出……ということは?


「大丈夫。ホーンフォレストでの野営、慣れてるから」


 そうして僕は娼館を飛び出し、今から森へ行くことをまた門番に驚かれ、再び夜を森で過ごすことになるのであった。


 門番達からは、夜を森で越す男と、ちょっとした噂になっているとか。 

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