第2話 初めてのボスとエルフと街並みと
新しい朝が来た。
地獄の朝だ。
だって木の下を見てほしい。
ホーンラビットがわんさかと居るんだよ。
白い綿毛の絨毯だ。
この前の群れなんて可愛いレベルだ。
高い位置で眠っていて本当に良かった。
気配断絶も完璧じゃないのかな?
そう思って気配断絶を解除したら、ホーンラビットが一斉にぴょんぴょんし始めた。
今まで僕のこと見えてなかったんだな。
効果はちゃんとあったみたい。
でもどうしよう。降りたら死ぬ。
そんなことを考えていたら、僕の身長並にでかいホーンラビットが現れた。
ふわっふわの巨大な毛玉に長い角が一本。
誰がどう見ても、ボス。
角も僕の太ももくらいあるじゃん。
ボスは、木の真下にやって来る。
「ブッブッブッブッ! ブブブブ……」
「やっべ!」
僕は木から飛び降りた。
それと同時に、直径1メートルはある木が、ボスの突進で薙ぎ倒された。
着地すると同時に、僕は走り出す。
木が倒れる方向にだけホーンラビットはいなかった。
だから、全力疾走だ。
背後から、ホーンラビットの鳴き声が響き渡る。
「ブブッブブッ! ブブブブブブブ……」
大きな鳴き声に、僕は振り向いた。
ボスが矢のように、飛んで来ていた。
目の前には、槍のような角がある。
首を振ろうが何をしようが、絶対に避けることは出来ない。
ならばと僕は、口を開けて横を向いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
ボスラビットの角は、僕の横顔を貫く。
正確には、口の中に入り、左頬を内から外へ貫いた。
僕も同じ方向に蹴って飛び、歯と手でボスラビットの角を抑え込む。
そして、急に森から出た。
舗装された石畳の……街道だ!
僕とボスラビットが出てきたことで、馬車が急停止したのが見えた。
ボスラビットも、森の外に出たことで戸惑いを見せた。
その隙に、口から角を抜く。
ボスが先行してきたようなので、僕とボスで1対1だ。
僕は手をバキバキと鳴らす。
「好き放題やってくれたな? ボスラビット。さぁ、かかってこい!」
僕の挑発に、ボスラビットも応える。
「ブブッブブッ! ブブブブブブブ……」
闘志を剥き出しにし、震えて、発射してくる。
バリスタのような角は、眉間スレスレのところで、僕の蹴りにより下から打ち上げられる。
真っ直ぐ上に蹴り上げられたボスラビットが落下してくると同時、全力全開の一撃を放つ。
朱色のホーンラビットの角が、ボスラビットの角の横に刺さり、その立派な角を、ほぼ根本から叩き折った。
コテンコテンと、毛玉……いや、ボスラビットは転がる。
そして、涙目になったボスラビットは、ブブブブと鳴きながら森へと帰っていった。
逃げるなら、命までは取らないよ。
図太い槍みたいな角は手に入ったしね。
「なんか……これ、この朱色のホーンラビットの角を下から突き刺したら……できたっ!」
良い感じの槍ができた。
ラビットホーンランス……ウサランスと名付けよう。
削って形を整えなきゃね。持ち手があまりにも雑だから。
「あの! 大丈夫ですか!?」
「ちょっと、リリカ! あぶないわよ!?」
馬車の中から様子を窺っていたのか、ボスラビットが逃げた後、人が出てきた。
いや、人じゃない。
耳が長い……エルフだと!?
「お怪我があります! 治療を!」
銀髪エルフ……とても可愛いですね。
でも、こんなお嬢さんに心配させるなんておじさん失格だ。
「心配してくれてありがとう。大丈夫、これくらいなら治せるよ。【ヒール】」
森の中で怪我は致命的だからね。
ちゃんとスキルポイントを振って【ヒール】は取ったよ。水魔法と光魔法がLv3になったら取得可能だった。
スキルにも必要レベルってあるみたいだね。
僕の頬は、すぐに元通りになった。
「……良かったですぅ」
銀髪エルフちゃんは安心してへたり込んでしまった。
「大丈夫?」
僕は手を差し伸べたけれど、払い除けられてしまった。
もう一人の赤髪エルフの娘によって。
「リリカに触るな! この野蛮人!」
「エイラ! 初対面の方になんてことを言うのですか!」
野蛮人……野蛮人……なぜ?
「だって、こんな
エイラと呼ばれるエルフの娘に言われ、僕は自分を見る。
確かにボロボロで、浮浪者と言われても不思議じゃない。
風呂にも入れていないしな。シャワーは魔法で浴びたけど。
でも、何よりもだ。
街道の向こう、遠くに見える。
街が、城が、城門が!
「やっと街に……街に着いたぞおお! やったああ!」
僕は嬉し過ぎて叫んでしまった。
年甲斐もなく、大声で、涙が出るくらい、嬉しかったんだ。
エルフっ
それでも、馬車に乗せてくれるんだから、二人は優しい子なんだろう。
まずは僕の事情を簡単に説明する。
魔王のせいで、故郷を消され、散り散りにされた。膨大な魔力に当てられて、記憶がかなり飛んでいる。という設定にしておいた。
普通に信じてくれた。
魔王の設定はそれなりに盛ったつもりだったけど、驚かれないということは……予想の数倍は強そうだぞ……。
「私はエルフの……国から来たリリカ・ミルフィードです。ギルドの受付嬢に任命されたので、やってきました」
リリカは、ザ・お嬢様という感じのエルフだね。エルフの中でも貴族……と言われても驚かない自信がある。
「私はエイラ・ユーアインよ……。悪かったわね。まさかホーンフォレストを2週間も彷徨ってたなんて思わないじゃない。よく生きてたわね。ホーンラビットに追われて……しかもボスにまで……」
バツの悪そうな顔をするエイラ。なんでも、リリカに這い寄る虫(男)はごまんといるそうだ。
それでいきなりツンケンしてきたらしい。
そりゃそうだよね。
僕から見てもリリカは可愛い。エイラも可愛いけれど。
そして衝撃の事実。
ホーンラビットは、ホーンフォレストの中でも最もヤバいモンスターだったらしい。
数が多い上に、角が硬く、盾も相当な上物でないと簡単に貫かれるため、狩れる者が少ないそうだ。
僕、初めてのモンスターはホーンラビットだったよ?
「ホーンラビットの異変を解決するためにギルド嬢の手伝いを任命されたけど、もう解決したわよねコレ」
エイラの呆れ混じりの言葉に、リリカはうんうんと頷く。
異変? まぁあの数は異変なのかも?
普通を知らないから何とも言えない。
「ボスの討伐はできませんでしたが、角は折れ、戦意は喪失しています。角の折れたホーンラビットは、ボスとは言え、不遇の扱いをされるでしょうから……」
そんな……ボスラビット、丸いモフモフのぬいぐるみみたいでちょっとお気に入りだったのに。
しかしながら、不安事項が1つ。
「これだけで、証明になるのかな?」
僕は撃退報酬とも言えるボスラビットの角で作ったウサランスを指差す。
馬車に入らなかったので、馬車の外に引っ掛けてもらっていた。
「それだけでも証明になりますし、この馬車には映像魔法もありますから、それを見せればみなさん納得されるかと」
「ハイテクー」
どんだけー。
技術力、もはや地球と遜色無いのでは?
中世な雰囲気をイメージしてたけど、東京みたいな街並みだったらどうしよう……。
そうこうしている内に、街の手前へと辿り着く。
検問の順番待ちだ。
……僕は入れるのかな?
「あんた、身分証明すら出来なさそうね。そもそもお金ある? 魔導具で犯罪歴を見られるけど、それが無ければ500ゼミーで入場許可証を貰えるけど……」
僕に金目の物は無い。
そもそもポーチすら持っていない。
身に付けている物で高価な物なんて……。
僕は懐から布に包んであったネクタイを取り出す。
これだけは、地球から持って来れた物だ。多分、神様が複製してくれたんだろう。
カッターシャツやスラックスと違って、布に包んで取っていた。
シルバーに、ピンクの斜めのストライプ柄。
妻と娘に、誕生日プレゼントで貰った物だ。
簡単に手放すなんて、と思われるかもしれない。
でも、差し出す。
「わぁ、綺麗なタイですね。良いですよ。立て替えましょう」
「え? 良いの? リリカ。ダサくない?」
「エイラ、そんな心にも無いこと、言わないの」
偽物かもしれない。それでも、すごく助けられたんだ。
森の中、暗い夜を、乗り越えられたのも、このネクタイのおかげ。
だからこそ、ボロボロにしたくない。
大事に扱ってくれる人の傍に置いてほしい。
僕の願いが通じたかは分からないけれど、リリカは笑顔で僕のネクタイを受け取ってくれた。
「ふーん、生地だけは良さそうね。ツヤツヤ」
エイラは興味津々な顔で、ネクタイをツンツンしていた。
そうこうしている間に検問は終わり、僕は街の入場許可証を入手した。
僕は馬車から降りる。
その街並みに、圧倒された。
門の先には、市が開かれており、様々な人種が右へ左へ。エルフもいれば、ドワーフもいて、人間もいれば、獣人やリザードマンもいた。
街並みは想像通り中世。
でも、街は活気付き、輝いているようにさえ見えた。
「ふふ。ようこそ、西の城塞都市ウェスタリアへ。と言っても、私達も初めてですが」
「何かあったら、私達のとこに来なさいよ。この西門から少し北東にある西の冒険者ギルドで働いてると思うから」
浮かれているのは僕だけじゃない。
馬車から顔を出すリリカとエイラもだ。
「ところで、お別れの前にお名前、良いですか?」
「そーよそーよ! 名前くらい教えなさいよ! もしかして、名前も忘れた?」
中々お別れしないな、と思ったら、僕は名乗っていなかった。
これは失礼。
でもなんて名乗ろうか……うーん。
「ノリ……ノリ・ブラックシート。好きに呼ぶと良いよ。これからお世話になりそうだしね」
まぁ異世界だし、それくらい許されても良いよね?
「ふふ、ありがとうございます。ではノリさん。また」
「ノリ! ちゃんとホーンラビットの件、報告に来なさいよね! ばいばーい!」
そして僕は、エルフの二人と別れて、街を散策し、一文無しということを思い出した。
夜は森に戻って、眠るしかない。
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