第3話

 長谷川も大河原のノリに合わせて、責められるばつの悪い野球部員のふりをする。


「うるせぇな。オレにだって色々あんだよ」

「おい!

 なぁ?あと甲子園まで一ヶ月しかないんだぞ?

 お前が誰よりも頑張って気合い入れていたじゃねぇか!

 『マインスイーパーのやり過ぎで公務員辞めさせられたから、なんとか辞めさせられない範囲でマインスイーパーやりつづけるんだ』って。『解雇ギリギリの範囲でマインスイーパーのワールドレコード狙う』って。

 お前そう言ったよな!」

「今、Windowsにマインスイーパーないんだけどな」

「なんなんだよ!仕事なんてしやがって!野球部やめちまうってどういうことなんだよ!」

「うるせぇな!ほっとけよ!」


 長谷川が大河原の手を弾き叫んだ。大河原は弾かれた手を覗き込み、悲しい顔をする。一方で長谷川は襟元を正しながら、そのままバツが悪そうに語り出した。


「オレだって甲子園行きたかったよ。でもな、オレには五歳の妹と三歳の妹がいんだよ」


 それを聞いた大河原が驚きを隠しながら、小声で独り言を呟く。


「なんだと……。サザエさん一家もびっくりな年齢設定だな……」


 長谷川は聞こえなかったフリをして続ける。

「大河原。お前には話したことなかったけど、家は母子家庭でさ。母ちゃんも『長谷川を甲子園に行かせたい』って寝る間を惜しんで働いてくれてたんだ」


 長谷川が悲しみを隠して作り笑いを浮かべる。大河原はそれを膝に拳を握りながら真剣に聞き、真面目な顔でひっそりとひとりごちた。


「母ちゃん長谷川って呼ぶんだな…」


 きこえてかきこえでか長谷川が一人語りを続ける。


「でも、母ちゃんこの前遂に体を壊しちまってさ」

「……ガムテープいるか?」

「いや、空気式のダッチワイフじゃねぇわ。それでオレ気付いたんだよ」

「ダッチワイフだってことに?」

「違えよ。そうじゃなくて、母ちゃんに無理させてたんだなって。本当はずっと——」


 長谷川はため息を吐いて遠い目をしながら最後の一言を絞り出す。



「オレが働くべきだったんだ、って」



 長谷川は大河原に背を向けて涙を吐く仕草をした。

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