第2話
大河原は近くの椅子を引き座りながら、長谷川に不満気に問いかけた。
「ところでよー、なんでさっき無視したんだよー?何やっていたの?マインスイーパー?」
「いや、ちょっとな」
長谷川は恥ずかしそうに頭を掻いた。不審に思った大河原は少し首を伸ばしてパソコンを見た。大河原が驚いて叫んだ。
「ちょっと待ってよ!3D-CADじゃん!えっ、嘘でしょ?!」
大河原が慌てて聞いた。それもそのはず。製造第二係は部品のマイナーチェンジを担当する係で、3D-CADという3Dの製図ソフトをよく使う場所なのだが、長谷川が使うことは稀だった。
大河原の動揺を他所に、長谷川は照れ笑いで鼻先を掻いた。
「よせよ。そんな見るな。恥ずかしい」
「うそ、うそっ?!何、何?!まさか仕事してたってこと?!嘘でしょう?!」
「ちょ、よせよ」
「常識では考えられない出来事、アンビリーバボー。貴方に身に起こるのは明日かもしれません」
ビートたけしの真似をしながら大河原が覗き込むとそこには家具の3Dモデルが映し出されていた。
「ダンカンこの野郎!っておい!何このニトリで売ってそうなオシャレなタンスは?!しかも、なんか超リアル。むしろ、オレこれCMで見たことあるわ!それくらい本物っぽいじゃん!特に、木目とかこんなん本物じゃん!」
「ふふっ、よく気付いたな。実は、そこは拘ったポイントかんだ。五時間かかった、プリセットのテクスチャを選ぶのに」
「うっそ!無能じゃん!」
「うるせぇよ」
「えーっ、ていうかさ、なんなの?ねぇ、なんなのこれ?ていうか、ていうか、ていうか!」
そう言いながら、大河原が長谷川の両肩を掴んで激しく揺さぶる。長谷川が鬱陶しそうにする。
「なんだ、うるせぇな」
「なんでこんなの作ってんのさ!もしかして、新商品開発やってんの?!なにそれもう出世コースじゃーん!」
大河原が悲壮感たっぷりに叫んだ。梯子を外されたことにショックを受けて、悔しそうにしながら椅子にもたれ掛かり、脱力し、深いため息を吐く。
長谷川が慌てながらも、やはり照れくさそうに大河原を宥める。
「ちょっと、そんな大きな声で言うな。みんなには内緒にしてんだから」
「うそ!なに?特命係長只野仁ってこと?!」
「特命係長只野仁というと語弊があるけどな。それじゃあ、オレ女抱きまくってるみたいだから」
「素人童貞だもんな」
「うるせえよ」
「で、何やってるわけ?」
「ふふっ、何でも良いだろ?」
「仕事?」
「内緒」
照れくさそうにしながらも勿体ぶる長谷川に、遂に大河原の堪忍袋の緒が切れて、大河原は長谷川の胸ぐらに掴みかかった。
「お前!野球部辞めるってどういうことだよ!
オレたち、一緒に仕事なんてしないで、サボり続けるって誓い合ったよな?!解雇されるギリギリを見極めるんだ、ってお互い高め合っていたよな?!
それがどうして!どうしてCADなんて開いてんだよぉー?!」
大河原が悲しげに叫ぶのだった。
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