【短編コメディ】大河原と長谷川〜無能社員が異世界に行くまでの話〜
チン・コロッテ@少しの間潜ります
第1話
大河原と長谷川は、XX社の製造部に勤める無能社員である。彼らはいかに仕事をしないで居られるかを究めようと日々訓練(仕事のフリ)に励む。
これはそんな二人が異世界に迷い込む話である——……。
工場の製造第二係のフロアの入り口を一人の男がニヤケ面で通り過ぎた。
しかし、その男は背を向けたままで、すぐにまた入り口に現れ、ムーンウォークで室内に入り、華麗にターンするなり、マイケルジャクソンお馴染みのポーズで「ポゥッ!」と叫んだ。
「ハロー、エビリワン!どーも、ジャネット・ジャクソンでーす!」
彼の名前は、大河原。色白痩せ型のきつね顔であり、品質管理係に所属しているひょうきん者の三十五歳。パチンコに負けて大抵カップラーメンばかり食べている。
そんな彼を製造第二係の従業員は見ることもなく、何事もなかったかのように無視した。キーボードを叩く音だけが響く。室内は静寂そのもの。これがいつものことなのだ。
しかし、大河原は待っていた。
いつもなら「それは妹!乳首出した方な!」と"奴"からツッコミが入るはずなのだ。それ、いますぐ……。
……しかし、待てど暮らせどいつもの一言が返ってこない。
大河原は手ざしを作って、室内を見回す。
「あれれー?長谷川は休みかー?」
しかし、自席に座る長谷川の小太りで角刈りの後ろ姿が見えた。大河原は安心したかのように鼻で笑い、長谷川の方に駆け寄った。
「んだよ、もうー、びっくりさせやがってー。居るじゃんか、長谷川」
そう言いながら、長谷川の背を肘で小突いた。それでようやく長谷川は大河原に気付いた。
たぬき顔をした四十歳の長谷川が椅子を回して、大河原の方に向く。長谷川は小太りの角刈り黒縁メガネで、常識人っぽい振る舞いをするが、前職の公務員はマインスイーパーのやり過ぎがばれて首になった男だ。製造第二係に配属されている。
「おぉ、なんだ。大河原来てたのか。気付かなかったよ。入り口で騒いでいる頭おかしい奴が来たのは気付いたが」
大河原が自慢げな顔をして親指を自分に向ける。
「逆に聞く。そんな奴、オレ以外にいる?」
「はははっ、たしかに。何の逆を聞かれたか分からんけれど、そんな奴お前以外に居るわけないか!」
「だろ?逆に、そんな奴がオレ以外にいたらこの会社どうかしてるって」
「いや、お前とオレが居る時点で十分この会社どうかしてるよ」
「ははっ、逆に言えてる」
「もうさ、二人合わせたら桃鉄のキングボンビー超えてるだろ!」
「たしかに!つまりオレたち二人合わせたら逆にゲームキューブだよな」
「いや、意味分かんねえけど!はっはっはっ」
「ははは、逆にオレも分かってねえよ」
「お前が分からなきゃ誰が分かるんだよ!」
「逆に聞こう。誰なら知ってる?ねぇ、小林さん知ってます?」
大河原は長谷川の隣の席の小林さん(女性)を真面目な顔で見ながら小林さんに尋ねた。そんな大河原の頭を笑いながら長谷川が叩く。
「バカ!カタギの人間を巻き込むんじゃねぇよ」
迷惑そうに横目で睨む小林さんを他所に、大河原はヤクザの真似をして眉間に皺を寄せて、小指を隠してヘコヘコした。
「へい、兄貴。すいやせん。ところで、カタギってなんすか?」
「お前、それ絶対知ってるだろ!」
「逆に、バレた?」
大河原が舌を出してとぼけ、それに長谷川が突っ込む。
「分かりやすすぎるわ!ファミレスのメニューの間違い探しか!」
「えっ、それってどういうやつですか?私ファミレス行った事なくて……」
大河原は婚活パーティーに来た箱入り娘のようなフリをする。長谷川も緊張した風で頭を掻きながら照れ笑いを浮かべて答える。
「えーっとですね。ファミレスのメニューの裏面には大体間違い探しとかあるんですね。多分子供が料理が来るまで退屈しないようにとかそういう目的だと思うんですけど。それが大体簡単でして……」
「うふ、そうなんですね。すごい、長谷川さんって物知りですね♡ ところで、ファミレスってなんですか?」
「えぇ、大河原さんファミレス行った事ないんですか?!」
「えぇ……恥ずかしながら。フルコースの出るレストランは両親とよく行くんですけど……」
「へぇー、お嬢様ですね。えーっと、たしか……ファミリーレストラン、でしたかね。フレンチレストランとかのように、かしこまらずにマナーの分からない小さい子供も連れて行けるような、庶民的な味と値段のレストランです」
「へぇ」
「私も子供の頃は両親によく連れて行ってもらいましてね。お子様ランチってのがあるんですが、やっぱり子供心に刺さるものがあって、特別な感じがしたなぁ……」
「うふ、いいですね。良い思い出なんですね」
「えぇ。でも、大人になってから行ってなくて。ほら、"ファミリー"でしょ?独り身の私にはなんだか入りづらくて……」
「うふ。そうなんですね。可愛い人」
「あはは、やだなぁ。そんなことありませんよ」
長谷川は照れて頭を掻いた。大河原はかしこまって上目遣いに長谷川を見て小さな声で尋ねた。
「なら、あの、今度一緒にファミリーレストラン行きませんか?」
「えっ、それって……」
大河原がコクリと頷いて、笑顔を浮かべる。
「うふっ。……二年後に♡」
「大河原さん……っ!!」
二人は手を取って見つめ合った。そして、唇を近づけて行く。
「って、やかましいわ!なんだこの茶番!」
「うふっ♡」
「あはは、やめろや、バカやろう。しかし、お前は本当にくだらないなぁ」
「んもう、社長さんたら。そういうのがお好みなんでしょ?」
「そのとおり。ってやかましいわ!」
「あははは」
「あははは。いやー、まじウケるよお前」
「イエイ!サンキューベリウンコ!」
「いや、語呂悪いな!小学生みたいなこと言ってんじゃないよ、全く」
「いやいや、逆にありじゃない?」
「逆の逆になしじゃない?」
ここで突如大河原はラップ調で長谷川に聞き返した。
「ところで逆の逆はどこなんだーい?」
長谷川も戸惑いながらもラップ調で返してみる。
「逆の逆はあっちだーい」
「それなら、逆の逆はそっちかーい?」
「いやいや、逆の逆はあっちだーい!」
「それなら、逆の逆はこっちかーい?」
「ノーノー、逆の逆はあっちだーい!」
「はたまた困ったおデブだーい。いつまで経っても見当たらなーい。それなら聞こう。こっちかーい?答えてみろよ、角刈りボーイ!」
「いや、突然ラップバトル始めんなよ!」
そう言って長谷川が大河原の頭を叩いた。そして二人はゲラゲラと笑い合った。目尻の涙を拭きながら長谷川は大河原に不意に尋ねた。
「いやー、ほんと笑えるわー。あっ、ところでさ、さっきから"逆に"ってよく言ってるけど、なんなの?それ」
大河原は「なに当たり前の事を聞いてくるんだ」という顔でポカーンとして、少し間を置いた後で真面目な顔で答えた。
「知らんよ、そんなの」
「……だよなぁ」
「当たり前田のクラッカー」
「いや、ジジイかよ!」
「あははは」
「ほんとくだらんわぁ」
(続く)
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