第10話 ギルドの選択

 スタンピード。


 この世界に出没するモンスターは、各地に点在する”ネスト”と呼ばれるモンスターの巣から発生する。

 ネストから溢れたモンスターが周囲の”フィールド”に散っていく。


 たまに想定を超えたモンスターの大発生があり、津波のようにあふれ出したモンスターは人間たちの街を目指す、という事らしい。


「冒険者ギルドは助けてくれないのか?」


「すぐに魔鏡で連絡しますっ!

 タクマさんは避難誘導を!!」


「任せろ!!」


 孤児たちを母屋の二階にあげ、金属製のシャッターで窓を塞いでいくアイリス。


「皆さん、こちらへ!」


 スラム街の住人たちにむけて呼びかける。

 頑丈な石壁と鉄扉で守られた孤児院の広場に避難してもらうのだ。


「くそっ、またか!」

「アイリス様、いつもありがとうございます!」


 最低限の身の回りの物を手に、孤児院に繋がる階段を上がってくる住民たち。


「あっ!」


 足を悪くしているらしい老婆を見つけた俺は、彼女の元まで駆け寄ると背中に背負う。


「すまないねぇ、お兄さん見ない顔だけどアイリス様の知り合いかい?」


「俺の名はタクマといいます。

 他の世界から転移してきたところをアイリスに助けられまして、孤児院を手伝ってるんです」


「おおっ、転生者さんなのかい!?」

「本当か!? それは頼もしい!!」

「アイリス様を助けておくれよ、兄ちゃん!!」


 転生者だと告げた途端、住人の皆さんに囲まれてしまった。


「もちろんです! さあ皆さん、急いでください!」


「「おうさ! 転生者さんがいるなら百人力だ!」」


 みんなの表情がぱっと明るくなる。

 転生者というだけでそこまで期待されるのか……これはアイリスの人徳も大きいと思われる。


 ドドドドドドッ!


 ”フィールド”の方を振り返ると、暗闇に輝く無数の目。

 モンスターの大群は、もう目前に迫っていた。



 ***  ***


「冒険者を出せない? どういうことですか!!」


 住人たちの避難をあらかた終えた後、孤児院の母屋にアイリスの様子を見に行くと、

 彼女はスマホ……魔鏡を使って誰かと話していた。


「アイリス、どうした?」


 俺が食堂に入ってきたことに気づくと、アイリスは魔鏡をハンズフリーモード(?)にしてテーブルの上に置く。


『と、言われましてもですねぇ……ただいま我がギルドは大規模遠征作戦の準備中であり、そこまで人員を割けないのですよぉ』


 眠そうな声が、魔鏡から聞こえてくる。

 どうやらアイリスは、冒険者ギルドから護衛の人員を派遣してもらえるように交渉していたようだ。


「何を悠長なことを! モンスターの大群はすぐそこまで迫っているのですよ!!」


『今回のスタンビードの解析はギルドの当直班で進めています。

 数はおよそ500、ほとんどがゴブリンとコボルドの混成集団……城壁を破られることは万に一つもないですねぇ。

 弊ギルドに所属する高ランク冒険者を動員するのはコスパ的にちょっと……』


「!? 何を言ってるのです! それじゃスラムの方たちはどうなりますか! 孤児院も!」


 のらりくらりと話をかわすギルドの担当者に、声を荒げるアイリス。


『いやですから、こんな時間の動員となると時間外手当と特別危険手当の支給が必要になるので……アイリス様が払ってくれるなら考えないこともありませんが』


「!! お話になりません! ボスンさんにつないでいただけますか?」


『ボスン殿は非番で……』


「それは承知していますが、どうかわたしの名で連絡を!」


 アイリスとギルドの交渉は、上手く行ってるようには見えなかった。



 ***  ***


 同時刻、冒険者ギルド最高幹部、ボスンの自宅


 ヴィーッ!

 ヴィーッ!


『ボスン様、申し訳ありません。

 道楽姫がどうしても繋いでくれと』


「……ちっ」


 魔鏡の呼び出し音が響く中、舌打ちを一つ、寝室から出てくるボスン。

 女を抱いていたのか、羽織ったナイトガウンは乱れている。


「しかたない、繋いでいいぞ。

 王宮には厳重に抗議しておけ」


『承知しました』


 ヴンッ


 通信魔法の発動音と共に、回線がアイリスの魔鏡に切り替わる。


『ボスンさん!

 スタンピードは王都のすぐそばにまで迫っています! 第三王女の名において、対処の依頼を出させていただけないでしょうか?』


 はぁ


 わざとらしくため息をつくボスン。

 当直のギルド職員から報告は受けている。

 数は多いがゴブリンとコボルドだ。

 城壁を破ることはかなわず、朝になれば諦めていなくなるというのに。


(スラムや無能力の孤児どもに被害を出したくないのか、相変わらずお人好しな姫様だ)


「……そうですね、オレの権限で、第2、第3砦のバリスタを動員しましょう。

 ゴブリン、コボルド相手なら鎧袖一触でしょう」


 もちろんお代はいただきますけどね。


 王宮にはわずかながらアイリス姫派もいる。

 連中に恩を売っておくのもいいだろう。


『そ、それはありがたいのですが、バリスタだけではどうしても撃ち漏らしが……!』


「そんなもの、アイリス様が囲われている転生者に任せればよいでしょう?」


『な!? 一人でモンスターの群れを相手にしろというのですか!?』


 おお、そういえばアイリスはその転生者と協力して土竜を狩ったのだった。

 ソイツがどのようなスキルを持つかは不明だが、力を計るのにちょうどいい。


 そう考えれば、夜中に叩き起こされたのも悪くはなかったかもしれない。


「ああ、そういえば……アイリス様に死なれると面倒ですからな。

 特別に通用門を開けますので、貴方は王都内に避難を」


『結構ですっ!!』


 ぶちっ


 白々しくアイリスに避難を勧めてみたが、案の定通信を切られてしまった。


「くくっ、相変わらず気丈なことで」


 お人好しで、純粋で。

 貧乏人どもの人気が高いアイリス姫。

 力ずくでベッドに組み伏せてやったら、どんな絶望の表情を浮かべるだろう。


(まあ、すぐには無理だとしても恩は売っておくに限る)


 部下である手下に連絡を取り、万一の際はアイリスを救出するよう指示を飛ばす。


「おお、良いことを思いついたぞ!」


 今宵はやけに頭が回る。

 せっかくなら、このスタンピードをとことん利用してやろう。


「最近王都の住人どもが冒険者ギルドに反抗的だからな」


 魔鏡の魔力充填料が高すぎると苦情を王宮に届けたり、ギルドメンバーへの奉仕を断る連中もいる。


「このあたりで改めて脅しておくか」


「ゲース! 王都の全魔鏡をスレイブモードに変更!

 スタンピードの恐怖を住民どもに植え付けてやる」


 ボスンの魔鏡には、最上位権限を持った通信魔法が封じられている。


「”映せ”!」

「”飛べ”!」


 コマンドワードを唱え、魔鏡を窓の外に放り投げる。

 ”中継”モードになった魔鏡は、意思を持ったように空高く舞い上がるのだった。


「さて、一杯飲んで寝るか」


 備え付けのワインセラーから高級ワインを取り出すと一気にあおる。


「くくっ、明日が楽しみだ」


 酒精が全身に回り、気分の良くなったボスンは寝室へと消えていく。


 この選択が、レンディル王国を大きく変えてしまうことになる。

 そのことをまだ、ボスンは知らなかった。

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