第9話 深夜の異変
「へへへ~、頭を撫でられちゃいました~。
ああもう、わたしにはまだ少し早いのに~♪」
王都のバザールで子供たちや俺の冒険着を買い、孤児院に戻る道すがら、アイリスはずっとこんな様子だった。
「まいど、タクマの旦那!
ご注文の食材を持ってきました……って、アイリス様はどうされたんですかい?」
ばすばすばすん!
巨大な大根のような野菜を大剣で切り刻みながらウキウキと踊るアイリスを見て、食料品を運んできてくれたバザールのおじさんが怪訝な顔をしている。
「な、なんかいいことがあったみたいですね」
「……せくはらまじん」
「年ごろのハーフエルフの頭を撫でるなんて! スーパーはれんちだわ!」
「ランちゃんも撫でてもらう?」
「な、なに言ってるのよスルゥ!?」
木箱の陰に隠れて噂話をするランとスルゥ。
(オーガーにイケメンムーブは許されないっていうのか!?)
オーガーはともかく、ここは異世界でアイリスは異種族である。
頭を撫でる、という行動そのものがとんでもなくまずい行為だったのだろうか。
(しかもアイリスは王女様じゃないか……)
第三王女アイリス様が契約した転生者で、ギルドの幹部から魔道具屋を守った男という形である程度顔を知られてしまった俺である。
(うおおおお、やべぇ!!)
俺の行為が超スーパー不敬罪だったとしても、もう逃げられない。
内心焦りながら、夕食の準備をするのだった。
*** ***
「このくりーむしちゅー美味しい~!」
「ちゃんと野菜の皮が剥いてあるわ、感動!!」
「今日の炊き出しは旨いなぁ!!」
久々にまとまった収入があったということで、スラムの住人達も招いて孤児院前の広場で夕食会が開催されていた。
「「アイリス様、いつもありがとうございます!!」」
住人達もみんな笑顔だ。
庶民派で、強きをくじき弱きを助ける王女様。
人気があるのも当然だろう。
「タクマさん、調理を手伝っていただいてありがとうございます!
あはは、わたしってぶきっちょなんでいつもお料理に野菜の皮や骨が混じっちゃうんですよね~」
ジュースを片手に、アイリスが話しかけてきた。
「え、えっと!」
頭なでなでの件、どう釈明しようかと焦る俺だが、そんな俺の内心を見透かしたようにいたずらっぽい笑みを浮かべるアイリス。
「えへへ、わかってますよ♪
ニポンでは普通に親愛の証、くらいなんですよねっ」
……よく考えれば日本でもアラサー男がJKに同じことをすれば逮捕される気もするが、不敬罪で打ち首になるほどじゃないはずだ。
「でも、他の娘にやっちゃだめですよ♡」
つつ~っ
アイリスのしなやかな人差し指が、俺の首筋を撫でる。
(うおおっ!?)
蠱惑的なアイリスの笑みに、すっかりノックアウトされてしまうのだった。
*** ***
「ふぅ……美味しかったです!」
夕食の後、改めて孤児院の建物の中を案内してもらう俺。
お風呂にトイレ、孤児たちの寝室などすみずみまで清潔に保たれていて、アイリスの愛情が垣間見える。
「タクマさんのお部屋はここ……わたしのお隣ですねっ♪」
管理人室は3部屋あり、右端の部屋を俺が使うことになった。
真ん中の部屋はアイリスが使っており、左端の部屋はアイリスの友人、もとい使用人の部屋らしい。
「所用で外国に出かけてるんですけど、もうすぐ戻ってくると思います」
「姫さまの隣にオーガーみたいな男が住んでて大丈夫? 処されない?」
「マリンは氷雪の乙女と呼ばれた元敏腕冒険者でわたしのことをすっごく大事にしてくれて。ちょっと思い込みが激しくてキレやすいところもありますが、大丈夫ですよ、たぶん」
……それ、やばくない?
頭を抱える俺。
「しゅたたたた……アイリスおねえちゃん安全保障ちーむかつどうちゅう」
「まさか暗がりにアイリスを連れ込むつもりじゃ!? いけない、いけないわ!」
「…………」
ランとスルゥがバレバレな動きで、俺たちの後をついてくる。
「うふふ、かわいいですよねっ♪」
「早くあの子たちの誤解を解いてくれよ……」
「えへへ、まだ駄目で~っす」
(くっ、かくなる上は!)
何を隠そうお菓子作りが趣味な俺。
とっておきのシュークリームでアイリス含む3人をノックアウトするまで、ランとスルゥの尾行ごっこは続いたのだった。
*** ***
ドドドドドドドドド……
「……ん?」
みんなが寝静まった深夜。
俺は僅かな揺れで目を覚ます。
何事かと窓に目をやると、窓ガラスがガタガタと振動している。
ガララッ
窓を開けると、”フィールド”の彼方に土煙が舞っているのが見えた。
「タクマさん、大変です!!」
ばばん!
その時、部屋のドアをぶち破らんばかりの勢いでパジャマ姿のアイリスが現れた。
「モンスターの大群が……スタンピードですっ!!」
「!!!!」
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