第8話 決意
「……5000センドになります」
葉巻を咥えたギルドの職員が、銀貨が詰まった革袋をこちらに投げてよこす。
街の中央にそびえるギルドの建物。
その1階にある、モンスター素材の買取カウンターにやってきた俺たち。
「素材の半分はチューボースさんに渡してしまいましたけど、残りを予定通り買い取ってもらえれば、しばらく孤児院の運営費は安心ですっ!」
ギルドに向かう道すがら、嬉しそうに語ってくれたアイリス。
聞けば、チューボースに渡した素材は、土竜の素材の中でも安い部分ばかりだったとか。
純粋で、よく笑うアイリスだが意外にしたたかな面もあるみたいだ。
だが、ギルド職員から買い取り明細書を受け取ったアイリスの表情は曇ってしまった。
「そ、そんな!
半頭分の土竜の素材ですよ?
最低30000センドになるはずです!!」
この世界の貨幣価値はまだよくわからないが、露店で売られていた食材が5~10センドだったことを考えると相当な価値を持つはずだ……6分の1というのはひどい。
「……昨日布告された法改正で、法定買取価格が適用される為には、ギルドへの所属が絶対条件になりました。
アナタはギルドの所属じゃないでしょう? アイリス様ぁ?」
「くっ、いつの間に!?」
様、の部分を厭味ったらしく発音するギルド職員。
様付けされていることから、やはりアイリスはかなりの地位を持っていると思われるが、ギルドとの関係は良くないようだ。
「義父が推進する亜人族保護政策の特例ということで、何とかなりませんか?
このままでは、孤児院の子供たちが路頭に迷ってしまいます!」
「……おやおや、アイリス様とあろう方が、公共の場所で権力をかさに増額交渉をされるのですかな?」
なおもギルド職員に食い下がろうとするアイリスを遮るように、カウンターの奥から巨大な体躯を持つ男が現れた。
(でかっ!!)
浅黒い肌に、ごてごてと趣味の悪い宝石が装飾された眼帯。
はちきれんばかりの筋肉をまとった肉体。
身長は俺を凌駕し、2mをゆうに超えているだろう。
「ふぅん、こいつが……」
眼帯男の視線が俺の全身に絡みつく。
「……ふ、チューボースの奴は警戒していたが、タダの見掛け倒しだな」
「…………」
なんかずいぶんなことを言われているが、ステータスが雑魚いのは事実なので黙っておく。
「ボスンさん! わたしはそんなつもりじゃありません。
ただお願いを……!」
「レンディル王国第三王女ともあろう方が、見苦しいですぞ?
孤児院の運営はあくまで王女の私財で行い、王国の税金を投入しないことが建築を認める条件……財務卿であるケーチ殿から言われたこと、まさかお忘れになったわけではありますまい?」
「そ、それは……」
(って、王女様かよ!!)
いいとこのお嬢様だとは思っていたが、まさか王女様とは。
アイリス超かわいいな、サラサラの金髪やエルフ耳も素敵、できたらなでなでしたい……。
内心そんな妄想をしていたのだが、実行しなくてよかった。
セクハラどころか不敬罪で打ち首である。
内心冷や汗をかいている俺をよそに、眼帯男の話は続く。
「いくら継承権のない第三王女とはいえ、無能力の人間や亜人族を過度に保護し、城外の一等地に孤児院を構える貴方に不満の声も多いのですぞ?」
「!! そんな! わたしはただ能力が低いというだけで捨てられた子供たちに、手を差し伸べたかっただけで!」
「それがやりすぎだというのですよ」
やれやれと大げさに両手を広げるボスン。
「レンディル王国周囲のフィールドには、”モンスターネスト”が多く常にスタンピードの危機にさらされている。
そんな我が国に、戦うスキルや素材加工のスキルすら持たない無能力者(ゴミ)を養う余裕などない。ただでさえレンディル王の布告のせいで低能力者や亜人族を保護する羽目になってるんだ。
……部下たちの持つ不満は相当ですぞ?」
「くっ……」
モンスターの攻撃から街を守る能力を持たない者は不要、ということか?
余裕がないと奴は言っているが、ギルドの内部はピカピカでボスンら冒険者たちの身なりは豪華で羽振りもよさそうだ。
「そうそう、アイリス様の孤児院ですか。
あそこに帝国から購入予定の新型バリスタを設置する計画が持ち上がりましてね」
「債権者であるアクドゥーイ商会の担当者から書簡が届きました。
半年以内に債務を返済できなければ、商会の方で土地を接収する、と」
商会の印が押された書類をカウンターの上に置くボスン。
「そ、そんな!?
債務の償還期限は再来年だったはず! そんなの横暴ではないですか!」
「いやぁ~、オレ達も心苦しいのですがアクドゥーイ商会はギルドのスポンサーでもありますからなぁ」
アイリスの必死の抗議をへらへらと受け流すボスン。
(!!)
脳裏に過去の記憶がよみがえる。
俺のいた孤児院は、優しい資産家の老婦人(ばあちゃん)がボランティアで維持してくれていた。
だが彼女が死去してしばらくたって、遺産として孤児院の土地を相続したらしい男性がやってきた。
『この場所にはホテルを建てる』
『ガキどもは出ていくがいい』
『……まったく、こんな一等地に孤児院なんて勿体ないぞ』
まだ子供だった俺にはどうすることもできず、土地は売り払われ孤児院は閉院。
同じ絶望を、ランやスルゥに味あわせていいのか?
「もし王女様がどうしても、というならオレと一夜を共にしてくれたら口利きをすることも……」
「な、なにを言ってるのです!?」
ボスンの小汚い手がアイリスに伸びる。
それに、なにより。
この世界に転移してきて、俺のピンチを救ってくれた。
孤児院の子供たちに慕われていて、どこかばあちゃんと同じ雰囲気を持ったアイリス。
彼女と孤児院を守りたい!
俺の心は決まっていた。
バシッ!
「……汚い手でアイリスに触るな」
「ああん?」
ボスンの手をはじき、力強く宣言する。
「アイリスの借金は、俺が全部返してやる。
半年以内だな?」
「……3000万センドだぞ? いいのか?」
ぎょろり
ボスンの視線が俺をねめつける。
「俺は転生者だ。楽勝だ」
「……もし返せなかったら?」
「お前の下で、一生タダ働きしてやる!」
ボスンの視線を受け止め、強く強く睨み返す。
「はっ、おもしれぇ!
このボスン様に、ここまで言うたぁな!」
「おいお前ら!」
いつの間にか数十人の冒険者どもが周囲に集まっていた。
「お前らが証人だ!
こいつが吐いた大言壮語、しっかりと覚えておけよ!」
「ひゅ~、アイリス様の前でかっこつけやがったぜこいつ!」
「こいつも姫様のアレを狙ってるんですかね!」
「馬鹿野郎、最初の一発はオレのもんだ!」
「「ぎゃはははははっ」」
「行こう、アイリス」
「た、タクマさん!」
なんやかんやと下品なヤジを飛ばしてくる冒険者連中に背を向け、俺はアイリスの手を引きギルドの外に出た。
*** ***
「な、何であんな無茶を!
ボスンさんはギルド最強のSSランク冒険者で、王宮にも強い影響力を持っています! タクマさんにどんな嫌がらせをしてくるか……わたしの方から何とか御義父様と商会に交渉してみますから!」
俺の宣言したことは、相当無謀なことだったらしい。
涙目でぽかぽかと叩いてくるアイリス。
「今からでもなんとか撤回して……」
「……我慢できなかった」
「へっ?」
あの時の俺は何の力もない子供で、ただ思い出の詰まった孤児院が解体されていくところを眺めることしかできなかった。
「アイリスの孤児院……改めて俺にも背負わせてくれないか?」
「タクマさん……!」
なでなで
アイリスの頭を優しくなでる。
「!!」
せっかく異世界に来たんだ。
あの時のリベンジをするのも悪くない。
俺はそう心に決めたのだった。
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