第7話 王都

 王都に通じる鉄扉の前で、入念なボディチェックを受けて街の中に入った俺たち。


「へぇ~、綺麗な街だなぁ」


 城壁の内部に広がる王都はやや楕円形で、白い石畳で舗装された大通りが一直線に街の中心部に向かって伸びている。

 大通りの両側には3階建ての建物がびっしりと並び、沢山の露店が軒を連ねていた。

 道端には清浄な水が流れる水路まで整備され、行きかう人たちの身なりも綺麗だ。


「あちらがレンディル王国の政治をつかさどる王城と……冒険者ギルドです」


 アイリスが指さした町の中心にそびえるのは、青い屋根を持った大きな城と、そこに併設された5階建ての建物。

 王城の隣にあるなんて、ギルドが大きな力を持っているというのは本当なようだ。


「それでは、冒険者ギルドに向かいましょうか」


「ああ」


 土竜の素材が詰まったリュックを背負い、街の中心地にある冒険者ギルドへ足を向ける。


 ついでにどんな店があるのか観察しておこう。

 アイリスが王都に入るための入場証を作ってくれたから、買い物に来ることもあるだろう。


(ふんふん)


 山盛りの野菜や果物が並ぶ露店。

 店頭にモンスターの肉(?)がぶら下げられた肉屋では、恰幅のいいおじさんが威勢のいい呼び込みの声を上げている。

 沢山の服が並んだ煌びやかなブティック。


 一見活気があり、豊かな街のように見えたが……。


「ああ!? 何してくれんだよ!!」


 ガシャアアアアンッ!


「冒険者様、お許しをっ!」


『魔道具店』の看板を掲げているお店、その中から怒号と悲鳴が聞こえて来た。


「俺が頼んでいたミスリル銀製の魔法鎧を、低能力の獣人風情に触らせやがったな!!

 小汚い獣人の指紋が付いてるじゃねぇか!!」


 何事かと店の中を覗き込むと、腰に剣を下げた筋骨隆々の大男が店主らしき男性に罵声を浴びせている。

 男性の傍らで小さくなっているのはケモノ耳を持った少女。


「そ、そんな……この子はとても器用で類まれな補助加工スキルを有しております。

 お客様の体にフィットするよう、最終調整をさせて頂いただけで」


「それが余計だってんだよ!!

 獣人が触ったら付与魔法の効果が半減しちまうのを知らねえのか!」


 どがっ!


「ひいいいっ!?」


 大男の拳がショーウィンドウを破壊する。

 手鏡のような商品が床に散らばった。


「モンスター討伐作戦まで日がねぇから受け取ってやるが、代金は払わねぇぞ!」


「そ、そんな!

 それでは店がつぶれてしまいます! なんとか半額だけでも……!」


「ふん、そうだなぁ……」


 大男はわざとらしくあたりを見回し、何かを思いついたらしく下卑た笑みを浮かべた。


 ちゃりん


 金貨を3枚、店主の前に投げると、床に膝をついていた獣人族の少女を指さす。


「半額払ってやる代わりに、俺様の魔法鎧を傷ものにしやがったソイツを寄こせ。

 楽しく遊んでやった後、娼館にでも売ってやるぜ。

 まぁ、俺様の後じゃアッチの役に立たずに街の外(スラム)に捨てられるかもしれんがなぁ! がははははっ!」


「ひっ……!」


「そ、それだけはお許しをっ! この子はウチの大事な大事な義娘なんですっ!」


「うるせえっ!」


 どがっ!


 店主を蹴り飛ばし、傍若無人に振舞う大男。


「……ちっ!」


 商売上のトラブルなのかと思ったが、大男は少女を連れ去ろうとしている。

 いくらなんでも見過ごせない……俺の足は自然にそちらへと向かっていた。


「タクマさん! 彼は冒険者ギルドの幹部ですっ!」


 う……なんかヤバい奴だったらしい。

 俺のスキルで勝てるだろうか?

 だがもう後には引けない。


 ざっ


「いい加減にしておけよ?」


 俺は大男と店主の間に立つ。


「あ? 何だお前」


 筋骨隆々の大男とはいえ、俺より身長は低い。

 見上げるようにガンを飛ばしてくる。


「……オーガー族か?」


 失礼な奴である。

 俺は少々身長が高くて肩幅がごついだけだ。

 お前の方がよっぽどオーガーじゃねぇか、たぶん。


「ち、コイツやるのか。

 黒髪? 無能力か?

 ……いや違うな、底知れない潜在能力のようなものを感じる」


 俺を見てコロコロと表情を変える男。

 よく分からないがこれでビビってくれたら儲けもんなんだが。


「チューボースさん、彼はわたしが契約させていただいている”転生者”の方です。

 それに、獣人族が付与魔術の効果を下げるというのは根も葉もない迷信ですよ」


「!! 道楽姫、いやアイリス様!」


 アイリスの姿を見た途端、表情を変えるチューボースと呼ばれた男。


「……やはり転生者の男を囲われたという噂は本当だったようですねェ。

 いいでしょう、ここはアイリス様の顔を立てるとしますか」


 言葉とは裏腹に、嘲るような笑みを浮かべるチューボース。

 色々と複雑な事情がありそうだ。


「ですが、タダという訳にはいきませんね」


「ここに土竜の素材があります。これでいいでしょう?」


「ほう、これはこれは……」


 チューボースはアイリスからリュックを受け取ると、下卑た笑みを浮かべてどこかへ行ってしまった。


「ふぅ……」


 勢い込んで出てきてしまったが、結局アイリスにフォローしてもらった。

 あの大男は冒険者ギルドの幹部。

 いくら俺のガタイが良くても神(猫)の鑑定によると俺のステータスは雑魚かったからな。荒事になってたらやばかったかもしれない。


「アイリス、ごめん」


「いえっ、すっごく助かりました!

 彼、チューボースさんはすっごくねちっこいんです。転生者かつ外見がとっても強そうなタクマさんがいてくれたから、あっさり引いたんだと思います!」


「そ、そうなの?」


 犬や猫だけじゃなく鹿にすら逃げられる俺の強面も役に立つことがあったみたいだ。


「それに……かっこよかったですよ♪」


 にっこりと笑い、ぱちんとウィンク。


(うおおおおおおおっ!?)


 アイリスに褒めてもらい、すっかり舞い上がってしまう俺なのだった。


「あ、あの」


 そんな俺たちに、遠慮がちな声がかけられる。


「アイリス様、転生者の方、本当にありがとうございました!」

「ありがとうでした!」


 俺たちに向かって深々と礼をする、店主の男性と獣人族の少女。


「いえいえ、お怪我はありませんか?」


「なんか騒ぎにしちゃってすみません」


「そ、そんなことないです!

 アイリス様たちが来ていただけなければ、この子はチューボース様に連れ去られていたでしょう」


 お礼をさせてほしいという店主さんに、おいしいお茶をごちそうになるのだった。



 ***  ***


「あいつめ、こんなに散らかして……」


 お茶とお菓子のお礼として、チューボースが壊した店内の片づけを手伝う俺。


「ん? これは……」


 俺の目は床に落ちていた魔道具(?)にくぎ付けになる。

 長さ15センチくらいのガラスの板。

 周囲は金属のフレームで囲われている。


「なんだこれ?」


 なんとはなしに床から拾い上げ、ガラスに触れると表面に見慣れない文字が浮かび上がった。


「す、すごい!」


「あ、そちらの魔道具でございますか?

 数年前にニポンから来られた転生者の方が開発された魔鏡(ミラース・マジック・ホロゥ)という魔道具になります」


「魔鏡?」


「左様でございます。

 通信魔法の術式が組み込まれており、魔力を充填することで言葉や絵を離れた魔鏡に送ることができます。

 スタンピード発生時の連絡用として、王都住民は所有することを義務付けられていますが……」


 まるっきりスマホじゃないか……!

 そんな便利なものがあったなんて。

 驚く俺だが、店主さんの表情はさえない。


「街の外に出ない私らは、何に使っていいのかさっぱりで」


「昨年魔法大臣の地位に就いたオショーク卿の政策なんですけど、ギルドに支払う魔力の充填代で私腹を肥やすのが目的という噂です」


 店主さんの説明を引き継ぐアイリス。

 基本的に直径数キロの城壁内で過ごす住人達。

 遠距離通信手段はあまり必要ないのかもしれない。


「わたしも持ってますけど、冒険者なら通信魔法や転移魔法が使える人も多いので……」


「な、なるほど」


 魔法があるファンタジー世界の住人にいきなりスマホを手渡しても、利用法を思いつかないのは仕方ないか。


(でもこれは……!)


 まだパッと見ただけだが、掲示板機能に写真や動画の撮影機能がある。


(もしかして、”配信”もできるのでは?)


 元の世界で自分の仕事だった動画配信。

 この魔道具を使えばこちらの世界でも実現できるかもしれない。


「……良ければそちら、お譲りしましょうか?」


「え、いいんですか!?」


「はい、お店とこの子を助けていただいたお礼です」


「そ、それじゃ遠慮なく!」


 ありがたいことに、高価な魔道具をただで手に入れることができた。


「先日開発されたばかりの最新モデルですよ、タクマさまっ!!」


 だきっ!


「うわっ!?」


 笑顔を浮かべた獣人族の少女が思いっきり抱き着いてくる。

 柔らかな少女の感触といい香りにドギマギしてしまう。


「そろそろ冒険者ギルドに向かいましょうか、タクマさん。

 ……ぷぅ」


 ギルドへの道すがら、アイリスはなぜか不機嫌だった。

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