第4話 孤児院にいこう

「ふぅ、ふぅ……結局一度も当てられませんでした。

 やっぱりタクマさんのスキルはスゴイです!!」


「いやまぁ、ほぼチートだし」


「……ちーと?」


 土竜を倒した場所から歩いて30分ほど、俺たちはレンディル王国王都を囲う城壁のそばまでやってきていた。


「それにしても、圧巻だな……」


 修学旅行で訪れた姫路城を何十倍の規模に拡張したような石垣。

 その迫力に圧倒される。


 王都を囲う城壁は、30メートルほどの高さがあり、城壁の上には大型の弓(バリスタというヤツだろうか)がいくつも備え付けられているのが見える。

 城壁のふもとから中腹に向けてトラックすら通れそうな斜路が伸びていて、鉄製の扉が何カ所も設けられている。

 あそこから王都の中に入るのだろう。


「近年発展著しい、レンディル王国の誇る城塞王都、ですねっ!

 タクマさんと同じ転生者の方が建築スキルで築いてくれた城壁は、大陸有数の規模なんですよ!」


 えっへん、と形の良い胸を張るアイリス。

 マジかわいい。


「この辺りでは普段からモンスターが出現するのですが、”スタンピード”と呼ばれるモンスターの大量発生から街を守るため、このような城壁が築かれました」


「なるほど」


 アイリスの話では内部は直径数キロほどあり、農地やため池もあって数万の人々が暮らしているそうだ。


 ガラガラガラ


「オラオラ、どきやがれ愚民ども!」

「”キャラバン”様のお通りだぜ!!」


 その時、10台以上の馬車を連ねた隊列が、荒々しい車輪音を響かせながら現れる。

 馬車の周囲を筋骨隆々の男達が囲み、荷台には食料品が入っていると思わしき木箱が沢山積まれていた。


「……街と街の交易には”冒険者”の護衛が必須なんです。

 定期的にモンスターを狩るのも、スタンピードを止めるのも冒険者ギルドの仕事で……彼らは王国内で絶大な影響力を持っています」


 何とも言えない表情で馬車の車列を見つめるアイリス。


「冒険者様、どうかお恵みを……!」


 キャラバンの到着に合わせて、どこからともなくたくさんの人々が現れた。

 一様に身なりは粗末で、身体を悪くしてるのか動きがぎこちない人もいる。


「街の中に住める人、そうでない人の間で貧富の差も大きくて……」


 よく見れば、城壁の周りには粗末な小屋が並び、スラム街を形成している。


「おいそこの女! 悪くない身体してるじゃねぇか!

 コイツをやるから一晩付き合いやがれ!」


 荷台からを取り出すと、駆け寄ってきた女性に放り投げる冒険者。


「はっ、はいいいいっ!!」


 嬉しそうな表情を浮かべた女性は、冒険者の後についていってしまった。


「…………」


 缶詰ひとつで自分の身体を売るなんて……。

 俺が幼いころ過ごしていた孤児院では、少なくとも食べるものと寝るところに困ったことはない。


 ここは俺の住んでいた日本とは違う……改めてその思いを強くする。


「……それでは参りましょうか。わたしの孤児院はこちらです」


 悲しそうな表情を浮かべていたアイリスは、パチンと手を合わせると笑顔に戻った。



 ***  ***


「ふぅ、孤児院は街の外側にあるんだな」


 城壁を見上げながら、王都の入り口となる巨大な鉄扉に続く斜路を登る。

 途中で枝分かれしている細い道にはいり、ぐるっと城壁に沿って歩くこと10分ほど。


「さすがに城壁内の土地は高すぎて……お義父様にお願いして砦の跡地を借りたんです」


「……危なくないの?」


 ”スタンピード”と呼ばれるモンスターの襲撃。

 城壁で守られた街の中はともかく、ここは壁の外側だし地表にはスラム街もあるのだ。


「それは……」


 段々と孤児院の建物が見えてくる。

 地表からおよそ10メートルほど、城壁から突き出た台座のような広いスペースに石造りのしっかりとした建物が立っている。


「孤児院はスラムに住む方たちの避難所も兼ねていて、スタンピードの際は冒険者ギルドの方に守備を頼んだりもしているのですが……」


 ちらりとアイリスが通路の脇にまつられた祠を見やる。


「!!」


 石碑にはたくさんの名前が掘られていて、小さな花が供えられている。


「どうしても被害は出てしまうので……わたしがもっと強ければいいんですけど」


「アイリス……」


 じわり、と目尻に涙を浮かべたアイリスの背にそっと手を当てる。


「……あはは、転生されたばかりのタクマさんにこんなことを愚痴ってもしょうがないですよね」


 ぐしぐしと涙をぬぐったアイリスは両手を広げ、ぱあっと花が咲くような笑顔を浮かべる。


「それではっ。

 ”レンディル孤児院”へようこそ!」



 ***  ***


「綺麗な建物だね、それに過ごしやすそうだ」


 母屋であろう、2階建ての建物。

 窓には色とりどりの花が飾られていて、丁寧に維持されている事が見て取れる。


「ありがとうございますっ!」


「それに」


 母屋の前、20メートル四方ほどの広場にはいくつか木製のベンチが置かれている。

 天板や背もたれの角は丸く磨かれており、小さな子がぶつかってケガしないようすみずみまで気配りがなされている。


(俺がいた孤児院みたいだ)


「!!

 そんな所にまで気付いて頂けるなんて、もしかして?」


 アイリスが両手を口に当てて驚いている。


「……ああ、俺も孤児院出身なんだ。

 向こうの世界の、だけどね。

 アイリスがどれだけ子供たちに愛情を注いでいるか、よく分かったよ」


「っっ~~~!!」


 凄いなぁ、その思いを込めてアイリスの肩を優しくたたいてやると、彼女は感極まって泣き出してしまうのだった。


(や、やばっっっ!?!?!?)


 女っ気のない人生(孤児院での年少さん除く)を歩んできた俺、アイリスの涙に慌ててしまったのは言うまでもない。



「あ~~~~~~っ!!

 悪そうな男が、アイリスを泣かせているわ!!」


「……おーがー?

 だいいっしゅげいげき態勢」


 その時、大きな声が頭上から聞こえた。

 何事かと視線を上げると、母屋の二階の窓から二人の女の子が顔を出している。


「あ、アイリスおねえちゃんお帰りなさ~い」


 のんびりした声でアイリスに手を振っているのは、

 もふもふ緑髪の9~10歳くらいの少女で、耳も尖っておらず尻尾も無いことから人間族(?)だと思われる。


「スルゥ! のんきに挨拶している場合じゃないわよ!

 アイリスを助けなきゃっ!!」


「ふわわっ、ランちゃん引っ張らないでよ~」


 ランと呼ばれたもう一人の少女は、緑髪の少女の手を引くと窓から姿を消す。


 どたどたどた、ばたん!


 賑やかな音がして、玄関の扉が開いた。


「あなた、今すぐアイリスから離れなさい!!」


 腰に手を当て仁王立ちしているのは、スルゥより少しだけ年上だと思われる女の子。

 豊かな黒髪に同じ色の犬耳ともふもふの尻尾。

 意志の強そうな赤い瞳が印象に残る美少女だ。


(うおおっ!?)


 何を隠そうアイリスのようなエルフっ子だけでなく、ケモミミっ子も大好きな俺である。解説系動画の案内役にクライアントの要望にない犬耳娘を登場させて作り直しになったこともあるのだ!


(もふもふしたい……)


 孤児院で飼っていたコーギーのポチを思い出す。


 ぴくくんっ!


「はれんちな波動を感じるわ!」


 俺の邪念を検知されてしまったのか、ランに睨まれてしまう。


「あ、あのねラン、スルゥ。

 この方は……」


 慌てて二人を宥めようとしてくれたアイリスをそっと押しとどめる。


「大丈夫、大丈夫」


 何しろ俺はガタイが良すぎて少々目つきが鋭い(俺的にはそれなりにカッコいいと思っているが!!)ので、初対面の年少さんにはいつも怖がられていたのだ。


「ほらほら、怖くないぞ~」


 かがみこんで、ランとスルゥに目線を合わせる。

 年少さんたちをメロメロにしていた(たぶん)手作り紙芝居は手元に無いが、ちっちゃな子たちを夢中にさせる秘策を俺は持っている。


 ごそごそ


 背中に背負ったリュックから、転生前にスーパーで買っていたとっておきを取り出す。


「「そ、それはっ!?」」


 夕日を浴びてぴかぴかと輝いているのは、カラメルたっぷりの大きなプリン。

 ……そう、秘策とは餌付けである。

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