第3話 アイリスとの出会い

「わたしの名前はアイリス。種族はハーフエルフになります。

 改めまして、助けて頂きありがとうございました」


 ドラゴン、もとい土竜が間違いなく絶命している事を確認すると、こちらに向き直り深々と一礼するアイリス。


「俺の名前は堂我 拓馬(ドウガ タクマ)。種族は人間……になるのかな?」


 俺も深々と一礼する。


「助けた、なんて……最初の攻撃を防いでくれたのは君だし。

 君が来てくれなきゃ死んでたと思う。こちらこそありがとう」


 俺は彼女の剣技を複製(ダビング)しただけだしな……アイリスは命の恩人だ。


「くすっ、それならおあいこですね。タクマさんっ!」


(か、かわいい!)


 頭を上げたアイリスは、にっこりと微笑んでくれたのだった。



 ***  ***


 どしゅどしゅどしゅ


 土竜の素材はいい値段で売れるんですと言いながら、慣れた手つきでモンスターを解体するアイリス。

 彼女の綺麗な両手が土竜の血で汚れてしまったが、気にするそぶりもない。


「なるほど、やはりタクマさんはニポンから転生されたんですね」


 改めて自己紹介をしあった俺たち。

 街の外は”フィールド”と呼ばれるモンスターが跋扈する危険地帯であり、日が暮れると出現するモンスターが強くなるという事でひとまず彼女が運営しているという孤児院に向かっていた。


(孤児院か……)


 昔の記憶が脳裏によみがえる。


 俺は幼い頃に事故で両親を失い、資産家の老婆が運営する孤児院に預けられた。

 年長さんとして小さな子たちのお世話をしたこともあったな~。

 懐かしくも楽しい思い出に、思わず頬が綻ぶ。


(まあ、ばあちゃんが亡くなって孤児院は閉鎖されちゃったんだけどな)


 幸い、俺の身柄はとある動画配信業者(プロダクション)の経営者に引き取られ、働きながら成長する事ができた。

 その会社はブラックで、経営者の失踪で潰れてしまったが。


「ふふっ、これで美味しいものを子供たちに食べさせてあげられそうですっ♪」


 ウキウキとスキップしながら歩くアイリス。

 明日”冒険者ギルド”に素材の換金に行くそうだ。


 その嬉しそうな横顔に、優しかったばあちゃんの面影が重なる。


(いいな……)


 転生して初めて会った人間が彼女であることに、俺は感謝していた。


「そういえば、日本から転生した人間は他にもいるの?」


 気になっていた事を聞いてみる。

 アイリスは俺が日本から来た転生者だと言い当てたからだ。


「はいっ! ここ数年で3人ほどおられます」


「へぇ~」


 アイリスの話によれば、ここサツバーツではそれなりの頻度で異世界から転生者が現れるらしい。

 彼らからもたらされるスキルや技術が世界の発展に生かされているそうだ。


(よく見たら、剣とか服の材質が良さげだもんな~)


 中世ヨーロッパのような世界だが、アイリスの着ている冒険着は色も鮮やかで素材もユ○クロで売ってそうなしっかりとしたもの。


「他国に召し上げられてしまった方については良く存じませんが、他の方は貴重な生産系スキル持ちとして大活躍されています。

 ですが、タクマさんのように戦闘系スキルをお持ちの方は、初めてなんですっ♪」


 嬉しそうにクルリと一回転するアイリス。

 いちいち動作がカワイイ。

 それに、言葉の端々から漂う育ちの良さ。

 もしかしたら、いいとこのお嬢さんなのかもしれない。


「……戦闘系スキル?」


 思わず首をかしげてしまう。


「はいっ!

 ブルータイガーの素早い攻撃をかわした事も驚きましたが、わたしの剣技を瞬時に再現する超絶技巧……とんでもないスキルをお持ちなんですね!!」


 アイリスは両手をグッと握り、”ぞい”のポーズで興奮している。


「いやいや、そんなことないぞ?」


 俺のスキルはどうやら動画編集に関係したスキルで、直接戦闘できるようなものじゃないっぽい。

 ゲームみたいなスゲェ魔法とかビームも撃てないしな。


「転生時に猫、もとい転生神から貰ったんだけど……」


 俺はスキルの内容を、アイリスに説明することにした。



 ***  ***


「て、転生神からスキルブックを貰ったんですか!?」


 転生のきっかけから神と名乗る猫との出会い、渡されたノート。

 話が進んでいくにつれ、どんどんアイリスのテンションは上がっていった。


 ぎゅっ!


 今や俺の胸に抱きつかんばかりだ。

 キラキラと輝くエメラルドグリーンの瞳。

 グレーのアンダーシャツの隙間からちらりと、双丘の谷間が覗いた。


「ちょ、アイリス、近いって!!」


「あっっ!?

 すいませんわたし、興奮しちゃって」


 慌てて身体を離すアイリス。

 こんな超絶美少女に抱きつかれる経験なんて今までなかった人生である。

 このままでは鼻血を出してしまう。

 初対面の恩人にそれは失礼だろう。


「っふぅ……で、このスキルブックって凄い物なの?」


 あたらめてマジマジとスキルブックを眺める。

 分厚い皮の表紙はゴージャスだが、中身は大学ノートと大差ない紙質でしかも所々落丁している。

 そんなすごいアイテムには思えなかったが……。


「すごいもなにも……!」


 興奮のせいか、アイリスの頬が赤らんでいる。


「転生者の皆様には、元の世界で得意だった技術に関連して2~3のスキルが付与されるのが普通です。

 ケンドーが得意な方なら剣技スキル、コージョーで働いていた方なら物質変換スキル、などですね」


「ふんふん」


 剣技スキル、物質変換スキルと比べると俺の編集・配信スキルはショボそうに聞こえるんだが。


「ですが、ごくまれに転生神からスキルブックを付与される方がいます。

 元の世界でエキスパートクラスだった方に与えられるもので……”スキルツリー”に従って、数十から数百のスキルを使いこなせるようになるとか。

 もちろんわたしも見るの初めてですっ!!」


「へ、へぇ」


 底辺動画作成者だった俺である。

 エキスパートクラスと言われてもピンとこないが……。


「それで、ブルータイガーの攻撃をかわしたのはどのようなスキルだったんですか?

 わたし、遠くから見てたんですが転移魔法じゃないですよね?」


「ん? 大したスキルじゃないぞ?

 そうだな……試しに俺に向かってパンチしてみて」


「ええっ? いいんですか?」


 困惑気味に右手を振りかぶるアイリス。

 それと同時に、『再生速度低下(ディレイ)』を発動させ『×0.3』のアイコンをタップする。


 びっ


 電子音と共にアイリスの動きがゆっくりになり、俺は余裕を持ってパンチをかわす。


 ぶおんっ


 中々の威力がありそうな、アイリスのパンチが空をきった。


「あ、あれっ!?

 や、やっぱり瞬間移動しましたよね!?」


 どうやら、スキルの対象になった相手は自分の動きがゆっくりになっているとは知覚できないらしい。


「してないぞ~?

 ほら、もっかい打ち込んできてみて」


「は、はいっ!

 こんどこそ当てますっ!」


 ぶおんっ


「あれえええええええっ!?」


「はははっ」


 可愛いリアクションを返してくれるアイリスとじゃれ合いながら、俺たちは孤児院があるというレンディル王国の王都へ向かうのだった。



 ***  ***


「おいおい、ウソだろ?」


 レンディル王国の王都をぐるりと囲う城壁の上、退屈そうにフィールドの監視をしていた厳つい男が驚きの声を上げる。

 胸には冒険者ギルド所属を示すバッチを付けている。


「道楽姫が土竜を狩りやがった、だと!?

 しかもなんか転生者っぽい男を連れてやがる!!

 こ、これはアニキに伝えねぇと!」


 男はそういうと懐から長方形の鏡のような物を取り出し、慌ててコマンドワードを唱えるのだった。

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