第23話
その後、どうにかコテージから逃げ出した亜希と和也は雪の中で座り込んでいた。
あれだけ降り続いていた雪は今はパタリと降り止んで、雲の切れ間から日が差し込んでいる。
「終わった……んだよね?」
亜希が呆然とした様子で呟いた。
亜希を救い出したあと足首を確認してみると、そこには無数の手の指の跡がついていて、ゾッとした。
そこまで強い怨念がこのコテージには残っていたみたいだ。
「あの3人分は終わったと思う」
和也の言い方にひっかかりを覚えて亜希は「どういう意味?」と聞き返した。
「亜希の足首についてた指の痕、あれは3人分じゃなかったと思う。このコテージにはまだまだ沢山のものがいると思うんだ」
和也の言葉に亜希は自分の足を見下ろした。
鏡に半身が引き込まれた時、足首だけじゃなく腰や太ももにも無数の手が伸びてきていた。
それらはどれも凍えてしまうほど冷たくて、そして強い力だった。
亜希がお経を唱えただけでは到底逃げることはできなかっただろう。
「今回は和也に助けられたね」
そう言うと、和也は少し照れたように頭をかいた。
「ありがとう」
「こんなの、お互いさまだし」
亜希と和也はいつでもこうして助け合って生きてきた。
今の所大きな喧嘩もしたことがない。
でもいつか、純と良子のように信じられないほどの喧嘩をする日が来るかもしれない。
ふたりに起こった出来事は、決して他人事ではない気がしている。
「それにしても、今回みたいなのがまだまだ憑いてるなんて、すごい場所だよねここって」
亜希が改めてコテージを見上げた。
周囲にあるコテージと同じ作りをしているし、今は太陽の光があたって不吉な建物には見えない。
「コテージができる前にはなにがあったのか、全然わからないもんな。それこそ、あの3人が暮らし始めるもっともっと前にも、なにかがあったかもしれない」
時には土地事態に霊魂が憑くときもある。
そういう場合にはどれだけ建物が変わっても怪現象は起きてしまう。
土地そのものが曰くつきだから、もう手の打ちようがないのだ。
太陽の光で体が温まってきたのか、亜希がゆっくりと立ち上がった。
「亜希、大丈夫?」
「うん。管理人さんのところに行かないとね」
そう言って雪に埋もれた道へ視線を向ける。
普通なら10分もあればつくけれど、どれくらい時間がかかるだろうか。
コテージに戻って固定電話から電話で説明した方が早いのはわかっている。
でも、もう部屋に戻る気にはなれなかった。
ふたりは重たい腰を上げるように、ようやく歩き出したのだった。
☆☆☆
結局、管理人室に到着したのはそれから30分後のことだった。
冷たい雪の中歩いてきたふたりにおじさんは驚き、すぐにストーブの前に案内してくれた。
ふたりは凍える体を寄せ合って暖を取り、コテージでの出来事をおじさんに説明しはじめた。
おじさんはふたりの話しに真剣に耳を方向けて、途中で遮るようなことはしなかった。
「そうか、そんなことがあったんだな……」
すべて聞き終えて深くため息を吐き出す。
「あの、最初からなにか知ってたんですか?
亜希が聞くと、おじさんは申し訳無さそうな表情で頭をかいた。
「それが、僕自身には霊感もなにもなくて、あの部屋に泊まっても平気だったんだ」
おじさんもあの部屋に泊まったことがあったみたいだ。
ネットで噂を拡散されているからなにかしら対処しようとしたのかもしれない。
「何日泊まってもなにも起きなくて、噂はただの噂だと判断したんだ。だけどそのときに姪の透子が心配して連絡をくれたんだ」
『おじさん、コテージに悪い噂が流れてるけど、大丈夫!?』
「正直、あの噂のせいでコテージの利用者が減っていたから、それをそのまま話してしまった。今思えば中学生に相談するようなことじゃなかったんだけど、誰かに話を聞いてほしかったんだ」
自分の運営するコテージに幽霊が出るけど、どうしたらいいか?
なんて、大人同士でなら相談することも難しそうだ。
だから透子から連絡が来たときに、つい相談してしまったんだろう。
その気持はなんとなくわかる。
「そうしたら透子が、『私の友だちに霊感の強い子がいるから、泊まってもらったらどうかな』と、提案されたんだ。もちろん、鵜呑みになんてしなかったよ。だけど透子は真剣で『学校の悪霊を退治したこともある子たちなんだよ』と、力説しはじめた」
その時の様子が目に浮かんでくるようだ。
透子は亜希と和也のことを誇りに思ってくれているようだけれど、その気持は時折こうして暴走してしまう。
ふたりが知らない間に、話をどんどん進めて決定してしまうときが、今までもあった。
「透子がそこまで言うなら、あの部屋に泊まってもらおう。そう思ったんだよ。ただ、僕が泊まってもなにも起こらなかったから幽霊が出る部屋だということも伏せておいたんだ。先入観なく、あの部屋に泊まってほしかったからね」
そしてふたりになにも起きなければ、あの噂はデマだったとわかる。
そう考えたそうだ。
でも実際は違った。
あの部屋には本当に幽霊が憑いていたんだ。
おじさんはその事実にガックリと肩を下とした。
「僕に霊感があればもっと早い段階で手が打てたんだけどね……」
確かに、あれだけ怪現象の多い部屋でなにもなく過ごせたのはある意味ですごいかもしれない。
霊体験のほとんどない大学生たちだって、あの部屋では奇妙な経験をしていたというのにだ。
「あの部屋に出てきたのは3人の女性たちです。コテージが経つ前に事件があったみたいです」
「そんなことまでわかったのか」
亜希の説明におじさんは関心したように目を丸くする。
そう、霊が出てくる原因はわかったし、あの3人に関してはもう出てこないだろう。
だけどそれで終わりじゃない。
あの場所にはまだまだ沢山の悪いものたちがいる。
「だけどきっと、それじゃ終わりません。時代をさかのぼっていけばもっともっと事件が起こっている可能性があります」
「そうなのか。それじゃあの部屋はもう使えないってことかい?」
その質問に亜希と和也は目を見交わせた。
実はここに来るまでに考えていたことがあるのだ。
和也が言いにくそうに口を開く。
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