第20話

それはこの土地にコテージができるずっと前のこと。

ここには小さな一軒家があって、2人の女性と1人の女の子が暮らしていた。


女の子は小学校1年生で、若菜という。

ショートカットの髪型の女性は若菜の母親で良子。


セミロングの髪型の女性は良子の妹の純と言った。

良子と純の両親は2ヶ月前に病死した。

ふたりとも最近の流行病にかかり、重症化。


入院先でそのまま帰らぬ人となってしまったのだ。

父も母も同時に亡くした姉妹は、寄り添うようにこの家にやってきた。


小さくて山奥にあるこの家は賃貸にしても格別に安かったのだ。

良子の夫は若菜が生まれてすぐに交通事故で亡くなっていたため、3人以外には誰もいなかった。


周囲に家もない、寂しい場所だ。

けれどここには大きな庭と自然があった。

少し歩けば川も流れていて、夏になればそこで泳ぐこともできる。


川魚だって取り放題だ。



「若菜。純ちゃんおばちゃんよ」



良子が若菜に自分の妹を紹介した。



「知ってるよぉ?」



小さな若菜は首を傾げて良子を見上げる。

純とはすでに何度も会っていて親戚として面識があった。



「そうね。でも今日からは一緒に暮らすのよ」


「純ちゃんおばちゃんと?」



「そうよ。よろしくね、若菜ちゃん」



純はそう言うと若菜の体を抱き上げた。

小さな若菜はとても軽くて、介護士として働いている純は高々と持ち上げることができた。


それに喜んだ若菜がキャッキャと笑い声を上げる。

小さな家に、若菜たち3人の楽しそうな声が響き渡る。


これが、3人で暮らし始めた初日の出来事だった。


☆☆☆


純が初めて良子にバイトに出たらどうかと提案したのは、若菜が3歳になったときだった。



「若菜は幼稚園や保育園に預けるんでしょう?」



純は、自分たちがそうだったことから、当然そうだと思いこんでいた。

良子と純の両親はふたりとも幼稚園に預けて、その間共働きをしていた。

最も、それは両親が定食屋を営んでいたからだけれども。



「う~ん、まだいいかなって思ってる。どこかに通わせるにしてもここからじゃ遠いし」



良子は若菜を遊ばせながらそう返事をした。

若菜は自分のことを言われているとも思わずに、ぬいぐるみでごっこ遊びをしている。



「そう。まぁ、来年からもでいいけどね」



このときはそれで会話は終わった。

いずれにしても純はいつかは若菜を幼稚園か保育園にあずけるものだと思っていた。


でも、若菜が4歳になっても5歳になっても姉の純はその話を切り出さなかった。

若菜はすくすくと成長しているし、わざわざ預ける必要はないと判断したみたいだ。


それに関しては純も納得するところだ。

若菜はずっと家にいるわりに物怖じしないタイプの子供で、公園などに連れて行くとすぐに他の子たちと打ち解けて一緒に遊び始めていた。


男の子に髪の毛を引っ張られるなどいじわるをされたときだって「やめてよ!」と、大きな声で言えていた。

だから母親の良子が安心するのは最もなことだった。


幼稚園や保育園で教えてくれるようなお着替えや、おトイレを覚えるのも早かった。

若菜は手のかからない子供だったのだ。


でも……純が言いたいのはそうことではなかった。

3人で暮らし始めてからずっと私は1人で働いている。



一家の大黒柱として生きている。

それが徐々に辛くなり始めていたのだ。


どれだけ頑張って働いても、そのお金は若菜へと消えていく。

自分の子ではない、姉の子へと。

最初のころはそれも気にならなかった。

若菜は可愛いし、姉は家のことをすべてしてくれているし、不満はなかった。


だけどずっと一緒に暮らしていると、ふと感じることがあった。

若菜へつぎ込むお金があれば、もっと便利なところでひとり暮らしができるのにと。


もちろん、そんな考えはすぐに打ち消してきた。

3人で暮らすことに承諾したのは自分なのだし、両親が亡くなって寂しかったのはみんな同じだ。


それに、この3人暮らしは純に婚約者ができれば解消される約束だった。

そうしないとダラダラと死ぬまでこの暮らしが続くことになるからだ。


姉の良子の方は再婚する気がないらしく、純がいなくなっても頑張って生きていくを決めていた。

それなら……と、思う。

それなら、少しくらい稼いできてもいいじゃない?


月に何十万も稼ぐ必要はない。

でもせめて、若菜の食事代くらいは良子が稼いできてもいいんじゃないか。


その思いは日に日に強くなってきた。

若菜が成長して必要なお金がどんどん増えてきたから、余計にだった。


けれど、そのままなんの変化もないまま、若菜が小学校に入学した。

その頃には純と良子は何度も衝突を繰り返し、その度にうやむやになって話が終わっていた。



「ねぇ、もう1度話し合おうよ」

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