第17話
鏡に映っていた女の子は青ざめて血だらけだったのに対し、こちらでは血色の良い生き生きとした肌をしている。
だから、余計に気になってしまった。
水面に映るふたりの姿を見つめたまま、和也はまたは鼻歌を歌い始めた。
恐怖のせいで声が震えて下手くそな鼻歌が、浴室内に響く。
そのとき、水面の少女が同じようにハミングしてみせたのだ。
目を閉じて、心地よさそうに。
その声も微かにだけれど和也の耳に聞こえてきた。
幼いその声は、夜中に聞いた泣き声とよく似ている。
女の子が鼻歌を歌う隣で、ショートカットの女性も同じように鼻歌を歌い始めた。
ふたりは寄り添い、とても幸せそうに見える。
その瞬間、和也はあぁ、このふたりは親子なのだと理解した。
どうりで顔がよく似ているはずだ。
ハミングするその声質もよく似ていた。
このふたりが親子なのだとすれば、残ったもう1人の女性は誰だろう?
そう考えた時、包丁が落下する寸前に『お姉ちゃん』と呼ぶ声が聞こえてきたことを思い出した。
あの声がセミロングの女性の声だとすれば、水面に映るショートカットの女性の妹ということになる。
3人共それぞれ顔が似ていることを考えれば、親子と、親戚。
そう考えるのが妥当だった。
なんとなく写真の3人の関係性がわかってきたところで突然湯船水面がバシャバシャと波打ち始めた。
咄嗟に和也は鼻歌をやめる。
しかし一度波打ちはじめた水面は止まらなかった。
勢いをどんどん強くしていき、水しぶきが和也の顔にかかる。
そのせいで水面に映っていたふたりの顔はほとんど見えなくなってしまった。
このままじゃまずいかもしれない。
咄嗟に、湯船から出ようと立ち上がる。
けれど、誰かに足首を掴まれて湯船の奥へと引きずり込まれたのだ。
ザブンッ!
と、頭までお湯に浸かり、両手両足をばたつかせる。
すぐに水面に顔が出るはずなのに、どれだけ水をかいても水面から浮き上がることができない。
焦りと恐怖でパニックになってしまいそうになった和也は水中で目を開いた。
自分の足首を掴んでいるのは誰なのか、確認してやろうと考えたのだ。
その時だった。
目の前に血まみれの女の子がいた。
女の子はさっきまでの笑顔を消して、恨みがましそうに眉間にシワをよせてこちらを睨みつけている。
そしてもう1人の女性はありえないほど首が伸びて、顔は青ざめていた。
その長い首にはロープのような痕が残っている。
和也は水中で悲鳴を上げた。
それは声にならずにガボガボと空気だけが吐き出される。
ふたりから逃れるためにさっきよりも必死になって手足をかいた。
「和也!?」
そのとき、浴槽から亜希の声が聞こえてきて水しぶきがパタリととまった。
同時に和也の体が自由になり、一気に水面へと浮き上がる。
どうにか、体の空気が抜けきって仕舞う前に水面に顔を出した和也は大きく息を吸い込み、そして咳き込んだ。
「大丈夫!?」
亜希が手を伸ばし、和也を湯船から助け出す。
あれだけ冷たかったお湯は、今は元通り暖かなお湯へと戻っていたのだった。
☆☆☆
リビングに戻ったカズヤは動きやすい服を身に着けて小さく震えていた。
お風呂での出来事をよやく亜希に教えたところだった。
「きっと、この人が女の子の母親で、こっちは女の子の叔母さんってことになるんだと思う」
まだ少し震える指先で、写真の中に映る3人の関係性を紙に書き出していく。
「お風呂で見た女の子は血まみれで、母親の首は伸びて、ロープの痕があった」
「そこまで鮮明に見えたんだね」
亜希に聞かれて和也は頷く。
最初は仲の良さそうな親子にしか見えなかったけれど、水中に引き込まれたときの顔はひどかった。
きっと、あれがふたりが死んだときの姿なんだろう。
痛ましくて胸が苦しくなった。
「じゃあ、女の子は包丁で刺されて、母親は首を吊って死んだってこと?」
そう……なのかもしれない。
あの包丁についていた血は、きっと女の子のものだ。
「たぶん、そうなんだと思う」
和也は力なく頷いた。
随分と体力を消耗してしまったようだ。
「子供の殺したのは母親の妹。女の子からすれば、叔母さんだったんだと思う」
だけど、どうしてそんなことをしたのかまではわからなかった。
あのままでは和也が死んでしまっていただろうし。
写真を前にしてふたりで考え込んでいると、不意に部屋の中にふたり以外の声が聞こえてきた。
それは苦しげなうめき声で、地の底から這い上がってくるような恐ろしさがあった。
ウウゥゥウウウゥゥ……。
くる……シい……。
タす……ケて……。
苦し……イクルシ……い。
助け……て。
痛い。
イタイよ、イタい痛イイタイ……ヨ。
それは1人分のうめき声ではなかった。
何人もの声が折り重なって何層にもなっている。
聞いているだけで全身に寒気が走り、なぜか泣きそうになってしまう。
「『やってはいけないことリスト』をすべて実行したから、出てきたのかもしれない」
和也が警戒して周囲を見つめる。
でも、その目に幽霊の姿は見えなかった。
確実に近くにいるのに、姿をくらましているのだろう。
「どうする?」
亜希が数珠をきつく握りしめて聞く。
亜希の目にも、幽霊たちの姿はまだ見えていなかった。
せめてちゃんと出てきてくれれば対処できるのに。
「とにかくお経を唱えて……」
和也がそこまで言ったとき、突然証明が点滅を始めた。
バチバチと大きな音を立てて明かりがついたり消えたりを繰り返す。
怒っているのだろうか、気配だけが肌に突き刺してくるようだ。
亜希と和也は互いに寄り添って警戒心を強める。
「で、出てくるなら出てきなさいよ!」
額に冷や汗を浮かべながら亜希が叫ぶ。
それに反応するように部屋の中に聞こえてくるうめき声が大きくなる。
苦しイ……助……ケて。
イタイ痛いイたいイタイ痛い痛イイタイいたイ!
それは轟音のようにふたりの鼓膜を揺るがす。
触っていないはずのテレビが突然ついて、ニュースキャスターの顔が大写しになった。
画面が乱れて、キャスターの顔が奇妙に歪んだままで止まる。
【では、次のニュースです。
○○地方ではこれから先も大雪の予報で、予報で、予報でしょ、しょしょしょう……。
大雪雪雪雪、ののノののノノ、外出はハは、控えええェぇぇててててし……死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死!!!】
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