第16話

重たい沈黙がふたりの間に立ち込める。



「そ、そんなのはただの偶然じゃないか? 女の子が1人で映っている写真がなかったよ」



和也の言葉に亜希は左右に首を振った。



「それはないと思うよ? だってこの子小学生くらいじゃん? ってことは、入学式のときの写真があってもおかしくないよね?」



写真で見た感じでは女の子は可愛がられているように見える。

だからきっと、写真も沢山あったんじゃないかなぁと亜希は言う。

それなのに3人が映った写真が出てきた。

これは幽霊からのメッセージだ。



「この場所で、3人も死んだってことか?」


「可能性はあると思うんだよね」



だけどそれはコテージが建つ前の話だ。

ネットで調べてみても、出てこないのは最もだった。


ふたりは『コテージ飯田』について調べていたのだから、それ以前のことが出てくることはない。



「もう1度調べ直すか」



和也がそう呟いた時、亜希がテーブルの上の紙を手に取った。

それは大学生が残していった『やってはいけないことリスト』だ。



それを順番に目で追いかけていく。



1,リビングの置かれている鏡の布を外してはいけない。

2,キッチンのどこかにある血のついた包丁を見つけてはいけない。

3.お風呂で鼻歌を歌ってはいけない



「調べるよりも、これをやってみるほうが手っ取り早いかもしれない」


「やるって……まさか」


「最後の『お風呂で鼻歌を歌う』は実行してないよね」



他のふたつは意識外だったけれど実行してしまっている。

これだけが残っているのだ。

ふたりは無言で目を見交わせた。


このリストを全部やるとどうなってしまうのか、大学生の人に聞いておくべきだった。

でもきっと、あの人はここですべてのことをしてしまったんだろう。


だからこそ、書き残すことができたんだから。

そして無事に帰宅できている。



「あの人に霊感があったかどうかはわからないけれど」



亜希は最後だけ口に出して言った。

亜希たちの様に強い霊感があった場合、このリストをすべて行った後にどうなるかは想像もつかない。


もしかしたら、霊たちにあの世へ連れて行かれてしまうかもしれない。



「それなら俺がやる」



和也が覚悟を決めたように立ち上がった。



「いいの?」



言い出しっぺである亜希は戸惑った表情を浮かべる。

すでに自分がお風呂に行くつもりでいたので、和也の申し出は予想外だった。



「その代わり、亜希はここにいて異変があったときの対応を頼む」



和也はそう言い、まだ床下で暴れている包丁の音を聞いていたのだった。


☆☆☆


和也が懸念していた異変は、お風呂のお湯が貯まる前に起こってしまった。

暴れていた包丁がついに御札を突き破って表に飛び出してきたのだ。


飛び出してきた包丁はまるで怒りに任せるかのように、勢いよくふたりへ向けて飛んでくる。

寸前のところで亜希が避けると、今まで座っていたソファの背もたれに包丁が突き刺さった。


亜希が数珠を握りしめてお経を唱え始める。

その間に和也が御札を取り出した。


包丁がソファから引き抜かれると同時に、ソファの切れ目からまるで血のような赤黒い液体がダラリと流れ出る。

ソファの奥にあるクッション部分は少しも見えなかった。


包丁は御札を持っている和也めがけて飛んできた。

亜希のお経の声がひときわ大きく部屋の中に響き渡る。


それでも包丁は勢いを止めない。

亜希は咄嗟に「やめて!!」と叫んでいた。


その瞬間、包丁が動きを止めたのだ。

そしてそのまま床に落下してカランッと音を立てる。



和也はそれを呆然として見つめていたが、ハッと我に返ると落ちた包丁に御札を貼り直した。

先に貼っていた御札は強い霊力によって焼き切られてしまったみたいだ。


その残骸だけが残っていた。

でも、亜希の悲鳴に反応を示したのはどうしてだろう?


そう思ったとき。

ごめんね……お姉ちゃん。


どこからともなく、女性のそんな声が聞こえてきたのだ。

ふたりは機敏に反応して周囲を確認する。


しかしもうなにも聞こえてこない。

部屋の中はとても静かで、重たい空気だけが漂っている。


それは窓を開けて換気したところで変化することのない、まとわりついてくるような空気だ。



「今の声って……」



亜希がそう呟いた時、お風呂にお湯が溜まったことを知らせる音楽が聞こえてきたのだった。



聞こえてきた言葉の意味が理解できる前に、和也は1人で湯船につかっていた。

外はとても寒いから肩まで暖かなお湯につかっていると気持ちがいい。


つい、鼻歌だって歌いたくなってしまう。

その気持を押し殺して浴室内を見回してみる。


空間は湯気で曇っていてよく見えないけれど、明るくて清潔感のある浴室だ。

とても幽霊が出そうな雰囲気ではない。

少し安心して和也は目を閉じた。


お湯は心地よく体を包み込んでくれている。

そこでごく自然に鼻歌が口をついて出てきていた。

最近流行っている女性アイドルの曲で、和也も密かに毎日のように聞いていた。


亜希には冷やかされそうだから内緒にしている。

アイドルに興味があったんだと、笑われてしまうかもしれないし。

最初のサビ部分まで歌ったところで、微かな異変を感じた。


さっきまでとても心地よかったお湯が、少しだけぬるくなったように感じたのだ。

外の気温のせいでお湯が冷めるのが早いのかもしれない。

しかし、お湯を継ぎ足してみてもそのぬるさは変わらない。


いや、さっきまでよりもどんどん冷たくなっていっているようにも感じられて和也は湯船の中で膝をかかえた。

なにかが、いる。


気配を感じて身を固くしたそのとき、水面に人の顔のようなものが映ったのを見た。

それはさっき写真で見たショートカットの女性と、女の子の顔だ。



「うわっ!」



悲鳴を上げてすぐに湯船から出ようとするが、女の子の顔が微笑んでいたので和也は動きを止めた。

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