第14話

聞いてきたのは男性だった。

康太くんたちのお父さんだろう。



「一番奥です」



和也が奥のコテージを指差して答えた。

少し離れたここから見る最奥のコテージは庭は広くてもなんだかさみしげに見えた。

雪が振っているせいかもしれない。



「あぁ……あそこか……」



なぜか男性の顔が曇った。



「あのコテージでなにかあったんですか?」



和也はつい、前のめりな質問をしてしまう。



「いや、そんなことはないんだよ。でもあそこは部屋が満杯になったときにしか使われていないみたいだから、不思議だなぁと思って。あ、僕たちはこのコテージの常連客でね、毎年、2度は泊まりに来てるんだ」



男性が不思議がるということは、やっぱりコテージの部屋は他にも空いているということなんだろう。



「他にはなにか知りませんか? あの部屋で起こったこととか」



亜希の質問に男性は困ったように頭をかいた。

見かねた奥さんが隣から口をはさむ。



「私達も直接聞いたわけじゃないんだけど、なにかよくないことが起きるという噂があるみたい。でもそんなの一時の噂だから、気にする必要はないと思うわよ」



優しい口調で、安心させるように言う。

けれどこの人達もコテージの過去についてはなにも知らないみたいだ。


きっと、さっきまでふたりがコテージについて調べていたように、口コミや評価を目にして、その情報を知っているだけなんだろう。

ふたりは家族にお礼を言って自分たちのコテージへと戻っていった。


他の宿泊客たちは部屋にこもっているし、雪はまだ降り続いている。

これ以上外にいると体温を奪われてしまいそうだった。


☆☆☆


コテージへ戻ってストーブの前で体を温めながらスマホをチェックしてみると、さっき連絡を取った女子大生から返事が来ていた。



『ごめんなさい。あのコテージの過去についてはなにも知らないの。調べてみようとも思わなかった。早く忘れたいの。本当にごめんなさい』



その文面を見てふたりは落胆のため息を吐き出した。

ここで怪現象を経験した女子大生さんはもうここでの出来事を忘れてしまいたいらしい。


だから、コテージの過去を掘り下げて調べるようなこともしなかったんだろう。

考えてみればそれも当然のことだった。


早く忘れたいことをいちいち何度も思い出す行為はしないだろう。

でも、これでコテージの過去について調べる道は絶たれてしまったことになる。



「どうしよう。これじゃなにもわからないままだよ」



亜希が泣きそうな顔になっていると、また床下収納からゴトゴトと包丁が暴れる音が聞こえてきた。

このままなにもできない状態が続けば、きっと封印も破られてしまうだろう。


和也はダメ元で透子に連絡を入れてみることにした。

都合が悪くなったらすぐに電話を切る透子だから出てくれないかと思ったが、以外にもすぐに電話は通じた。



『和也くん? ごめんね、電車まだ動いてなくて。あ、でも臨時でバスが出たから、今そっちに乗り換えたところなんだ』



長時間電車で足止めを食らっていたにしては元気そうな声だ。

とにかくこっちへ向かっているようなのでひとまずは安心だ。



「あのさ、このコテージって昔なにか起きなかった? 事故とか、事件とか。たぶん、小さな女の子が絡んでるんだけど」



和也の質問に透子はしばらく無言になった。

また電話を切られてしまうかと思ったけれど、それは杞憂に終わった。



『さぁ、私も、きっとおじさんもなにも知らないと思う。昔って、どのくらい昔のこと?』


「それは……わからないな。少なくても10年以上前だけど」



評価サイトの書き込みを思い出して和也は答えた。



『10年以上前か……。ううん、やっぱりわからない。ねぇ、さっき小さな女の子って言ってたけど、その……出たの?』



聞きづらそうに質問してくる透子に和也は一連の出来事を説明して聞かせた。

その間透子は息を飲んだり、小さく悲鳴を上げたりしながら聞いていた。



『すごい、やっぱり霊感がある人が泊まると違うんだね』



なぜか関心してそう言われてしまったが、嬉しくもなんともない。



「この部屋でなにかが起こるって、やっぱり知ってたんだな?」


『うん……ごめんね黙ってて』



ついに薄情した透子に和也は大きくため息を吐き出した。



それでもこの部屋に泊まらせたかったということは、やっぱり自分たちに除霊をしてもらいたかったんだろう。

透子の話では先月泊まりに来た大学生たちがこの部屋で怖い経験をした。


そしてそれをSNSに書き込んだことで、コテージの利用者が激減してしまったらしい。

どうにか信頼を回復させたいけれど書き込まれた内容はいろいろなところで拡散されていて、削除することも難しくなっているようだ。



『だから、どうしてもふたりの力が必要だったの!』


「それなら先に言ってくれればよかったのに……」



なにもかも知っていればこんなに怖い思いをすることもなかったのだ。

でも、今さらそれで文句を言っても仕方がない。


すでに経験してしまったのだから。



「それで、本当にコテージの過去については何も知らないんだな?」


『うん。ごめんね』


「わかった。それじゃこっちで引き続き調べてみるよ」



ネットや聞き込みだけでコテージの過去について調べるのは難しそうだ。

そこでふたりは部屋そのものを調べて回ることにした。


思ってみれば、怪現象が起こっているこの部屋をくまなく調べたことはなかった。

亜希はさっそくリビングの本棚へ近づいていった。


ここにはあの大学生が書いた『やってはいけないことリスト』が隠されていた場所だ。

他にもなにかがあるかもしれない。

ひとつひとつ本を手にとり、カバーを外して中をめくって確認していく。


和也は隣のテレビ台を調べていた。

ゲーム機や映画のDVDが並んでいるのを引っ張り出して棚の奥まで調べていく。

けれどどちらも収穫はなかった。


落胆しようになる気持ちを奮い立たせて、つぎはキッチンだ。

床下収納から聞こえてくる包丁が跳ね回る音を無視して調べ始める。


亜希は食器棚を、和也はシンク下の収納を。

しばらく別々に調べていると亜希が「あっ」と小さく声を上げて手を止めた。

大皿の食器を避けて棚の奥を調べていたときのことだった。



「どうした?」



和也も手を止めて近づいてくる。

後ろから覗き込んでみると食器棚の奥に一枚の小さな紙があったのだ。


亜希はそれを取り出して確認した。

真っ白で、でもところどころ劣化で色が茶色くなっている。


手触りは普通の紙よりも分厚い気がした。



でもそれにはなにも書かれていない。

なんの紙だろう?


そう思った裏返したとき、女の子と自然がぶつかった。

亜希が持っていたそれは古い写真で、色あせた中に女の子が映っていたのだ。


女の子の右側にはショートカットの女性。

左側にはセミロングの女性が立っている。


3人ともよく見れば顔つきが似ていて、家族や親戚なのだろうということがわかった。

写真の中の3人はとても楽しそうによりそって映っている。


その背景には小さいけれど立派な一軒家と森が映っている。



「ここってどこなんだろう? 見たことない家だね」


「そうだな。誰かが忘れて行ったのかな」



和也はそう行って見たけれど、忘れ物をするにしても写真を食器棚の裏に忘れるなんてちょっと考えられない。

ふたりはマジマジと写真を見つめた。

そして亜希がまた「あっ」と小さく声を上げる。



「これ見て」



亜希が指差したのは家の横にある小屋だった。

その小屋はコテージの庭にあるものと瓜二つだったのだ。

よく見てみると後ろの森の様子も似ている。



「もしかしてこれって、コテージが建つ前に撮られた写真かな?」



随分と古い写真だし、その可能性もある。

だけどこの家はすでになくなっていて、小屋だけが残されている。



「この女の子って、鏡の中に出てきた子だと思う?」

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