第12話

和也が呟く。

安易に近づけばその刃で切られてしまうかもしれない。

だけど近づかないと御札で封印することはできない……。


そのときだった。

包丁がひときわ高く跳ね上がったのだ。

それは空中で動きを止めると、グルリと切っ先がふたりの方へ向いた。


そしてそのまま勢いよく飛んでくる。



「かがんで!」



亜希の叫びと同時に身をかがめる。

包丁はさっきふたりが立っていた場所の後方にある壁に突き立った。

それはダーツの矢のように深く食い込んでいる。



「こっちへ!」



亜希は和也の手を引いてできるだけ包丁から離れた。

包丁は自分の身を壁から引き抜くと、もう1度ふたりへ切っ先を向けて、飛んできた!


ビュンッ! と風をきる音が右耳に聞こえてきたかと思うと、亜希の右側の壁に包丁が突き刺さる。

そのスピードにふたりは目を見交わせた。



このまま逃げ続けるのは難しそうだ。

包丁は完全にふたりを狙っているし、スピードが早すぎる!



「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」



亜希が指で印を結んで早口にお経を唱える。

それに驚いたように包丁の動きが止まった。

今だ!!


和也はすかさず御札を取り出して、壁に突き立ったままの包丁に貼り付けた。

包丁は完全に動きを止めると、壁から落下してカランッと音を立てた。



「……ひとまず、大丈夫そうだね」



印を解いてホッとため息を吐き出す亜希。

その額には汗が滲んでいた。

心を込めてお経を唱える行為は、かなり体力を消耗するのだ。



「これは危ないから、床下に入れておこう」



和也は御札のついた包丁を取り上げると、キッチン下の収納を開けた。

そこは半畳くらいのスペースがあり、お米などが入れられている。


中にある保存食を取り出して包丁を入れた。

蓋をしめたあと、上から更に御札を貼り付けておいた。


これでしばらくは大人しくなるはずだ。

すっかり疲れ切ったふたりはソファにぐったりと座り込んだ。



こんなに次から次に怪異が起きるコテージだと知っていれば、絶対に泊まりにくることはなかったのに。

ソファに座っている間にも床下収納からはゴトゴトと物音が聞こえてくるし、鏡の布は何度も床に落ちた。


その度にふたりはヒヤリとしたけれど、ひとまずは御札がきいているようでそれ以上はなにも起きなかった。



「ちょっと、透子、いつになたらこっちに来るの!?」



しびれを切らした亜希が透子に連絡を入れたけれど、まだ電車は再開の目処が立っていないようだ。

それならやっぱり部屋を変えてもらうように伝えてほしいと言えば、すぐに電話は切られてしまう。


亜希は恨めしそうにスマホを握りしめた。



「もしかしたら透子の仕業なのかも。コテージで起きる怪異を知っていて、私達を止まらせたのかも」



その憶測は正しい気がする。

透子は自分たちの能力を知っている。


更には音楽室の悪霊を追い払った経緯まである。

コテージの怪異もどうにかできると考えたのかもしれない。



「だけど、音楽室のときみたいに映像が流れ込んでこないと、なにも対応できないよな」



和也は腕組みをして愚痴る。

あのときは幽霊の方から積極的にこちらへアプローチしてきた。


こんな出来事があって苦しんでいるのだと教えてくれたから、対応もできたんだ。

あの少年の幽霊はフルートの演奏をし終えると、涙を流して消えていった。


一番の心残りだった大会へは出られなくても、自分の演奏を最後に聞いてもらったことで満足したんだと思う。



「今回の幽霊は驚かせるだけ驚かして、全然教えてくれないもんね」



亜希も和也と同じように腕組みをした。

今野状況で自分たちができることなんて、限られている。



「とりあえずさ、このコテージでなにか事件が起きていないか、調べてみようか」



和也がスマホを取り出して言った。

外は大雪だけれど電波はある。

それだけは幸いだった。



「そうだね。それでなにかがわかれば、変わるかもしれない」



亜希も和也の意見に同意したのだった。



このコテージのいいところは山の中にあってもちゃんとスマホの電波があるところだった。

だから調べ物をするときにも苦労はしなかった。

コテージについて調べると決めたふたりはさっそくスマホを取り出して、ソファに並んでそれぞれ検索をはじめていた。



『コテージ飯田』と検索してみると、口コミ情報筆頭にして何ページ分ヒットする。



「私は一番上から順番に調べて行くから、和也は下から調べて行ってくれる?」


「わかった」



ふたりで手分けをしてサイトを覗いていく。

亜希が最初に確認したのはコテージ飯田の利用客たちが評価をしているサイトだった。


星は5つ中3つが黄色く塗られている。

全体評価としてはいいほうだった。



《家族で泊まりに来ました! 近くのスキー場で遊んで、コテージではバーベキューもして、最高!》



《とっても景色がよかったです。山の中だから虫の心配をしていたけれど、管理人さんが丁寧な人で虫除けの道具も貸してくれて、気にせずに遊ぶことができました》



《また来年の夏も来たい! 近くの川で釣りをしたり、泳いだり、すごく楽しい夏休みになりました!》



その書き込みを見ているだけで利用者たちの楽しい顔が脳裏に浮かんでくる。

だけど自分たちが今知りたい情報はコテージの楽しい情報ではない。


コテージで過去になにかが起きたのではないか?

いわば、コテージの後ろ暗い部分を調べているのだ。



そう思うとなんだか自分たちがすごく性格の悪いことをしているような気がしてくる。

でも仕方がない。


幽霊が直接教えてくれないのだから、やっぱり自分たちで調べるしかないんだ。

高評価が続いていく中、ふと星がひとつの書き込みを見つけて指先を止めた。



《二度とこない!》



タイトルにそうつけられた書き込みはやっきまでの穏やかさがない。

一体この利用者になにがあったんだろう?



《このコテージは呪われてる。女の子の泣き声や、女の姿を見た。こんなに恐ろしい経験をするためにお金を払ったわけじゃない!》



女の子に、女の姿。

これを書き込んだ人の年齢や性別は隠されているけれど、よほど怖い思いをしたようでそこから先も『コテージ飯田』の悪口が続いている。


最後まで見ていると気が滅入ってきてしまいそうだったから、途中で読むのをやめてしまったくらいだ。

更に評価を調べていくと、時々さっきの書き込みと似たような内容が目に止まった。



《ここは幽霊コテージです。夜中には女の子の泣き声が聞こえてきて寝ることができませんでした。子どもたちは怖がってコテージに入りたがらなくなって、結局外で車中泊をしました》



《鏡の中に女の子の幽霊が見えた。このコテージはマジで呪われてる。こんなところ、来るんじゃなかった》



低評価の書き込みはこの3件くらいだった。

でも書き込んだ人たちは一様に女の子が出たと言っている。

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