第9話

☆☆☆


管理室から出ると雪は更に深く積もっていた。



「雪って気が付かない間に積もっていくんだね」



ザクザクと雪を踏みしめながら歩く。



「だから怖いんだろうなぁ」



時々テレビで大雪の映像を見る度に、どうしてこうなる前に逃げなかったんだろうと感じていた。

雪は音もなく忍び寄ってくる怪物みたいなものだ。


一見綺麗で触れてみたくなるけれど、降り積もり続ければ人間の生活が危険にさらされる。

適度の雪なら、きっと楽しいのだろうけれど。


亜希は空を見上げた。

雪は空を埋め尽くすように振り続けている。

長靴の隙間から入り込んで来た雪は指先を凍らせてしまうくらいに冷たかった。


☆☆☆


部屋へ戻ってくるまでに随分と時間がかかったのは、足おもとを覆い尽くす雪のせいだった。



「透子からの連絡はまだないな」



部屋に戻ってすぐにスマホを確認してみたけれど、まだ連絡は来ていなかった。



「こっちから電話してみようよ」



亜希はそう言うと、透子に連絡を入れた。

外は雪だし、これ以上部屋にとどまっていることも嫌だった。


早く透子に来てもらって部屋を替えてもらうしか方法はない。

透子はすぐに電話に出てくれた。



『亜希ぃ? そっち雪はすごい?』



電話に出た瞬間に能天気な声が聞こえてきて全身の力が抜けていく。



「雪はすごいよ。それよりも何時くらいに駅に到着する予定なの?」



質問する声が少し乱暴になってしまった。

そもそも最初から透子が一緒に来てくれていれば、こんなことにはならなかったんだ。



『それが、電車が途中で止まっちゃったんだよね』


「えぇ?」


『こっちも雪がすごくてさぁ、動き出すまでまだ時間がかかるみたい』



その言葉に亜希は大きくため息を吐き出した。

まさかこの雪の影響がすでに出ているとは思っていなかった。

それならそれで、連絡くらいくれればいいのにと腹立たしく感じられる。



「とにかくさ、透子のおじさんに部屋を替えてもらうようにお願いできないかな?」


『部屋? どうかしたの?』


「昨日から変なの。ちょっと、嫌な感じがする」



親友の透子は二人の能力についても知っている。

こう言えば、きっと理解してくれるはずだ。



『あぁ……そうなんだ』


「だからお願い、部屋を替えてくれるように頼んでくれない?」


『……ごめん。それはできない』


「どうして!?」



昨日から様子がおかしいと言っているのだから、透子にはその理由がわかるはずだ。

それなのに返ってきた返事は無情なものだった。



『だって、他の部屋が空いてないんでしょう? それならどうしようもないよ』


「で、でも、隣の部屋の人は昨日帰っていったんだよ? その部屋が空いてるはずなんだよ」


『そっか。でもコテージのことはよくわからなくて……おじさんがダメって言うなら、きっとダメなんだと思う』



そんな……!

どうにか透子を説得しようと思ったのに、そこで電話は切られてしまった。

亜希は呆然としてスマホを見つめる。



「ダメだったのか?」



近くにいた和也が聞いてきたので、亜希はひとつ頷いた。



「それに、電車が止まったからいつここに来られるかわからないみたい」


「透子が来るまでこの部屋から動けないし、どうなってんだよ……」



まるで最初から仕組まれていたように感じられて和也は軽く舌打ちをした。

透子のおじさんは絶対になにか知っていたはずだ。


それも教えてもらえなかった。

この雪じゃ自分たちで歩いて帰ることもできない。

八方塞がりだ……。



ふたりは仕方なく部屋で映画を視て過ごしていた。

できるだけ明るい映画を選んで流しているのだけれど、ストーリーはほとんど頭に入ってこない。

チクタクと時間だけが過ぎていき、過ぎた時間の分だけ外の雪は積もっていく。



「今でもかまくらが作れそうだね」



窓の外を見て亜希が呟いた。

雪はすでにふたりの膝くらいの深さまで降り積もっている。


ここは山の中だから特別量が多いのだろうけれど、これじゃ電車が止まるのも無理はないかもしれない。



「でも、遊ぶ気分じゃないよな」



テレビ画面に視線を向けたまま和也が答える。

雪を見るのが楽しみでここへ来たはずなのに、ふたりの心はすっかり疲弊してしまっていた。

こんなことになるなんて、思っていなかった。



「前に学校で出会った悪霊よりはマシじゃない?」



亜希の言葉に和也は嫌なことを思い出したように顔をしかめた。

それはふたりが中学に入学してすぐのことだった。


まだ学校内の地図がよくわかっていないとき、ふたりは校舎を歩き回って探検することにした。

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