第8話
二人はヒッと悲鳴を飲み込んで身を寄せ合う。
あの紙はただの遊びに使ったものじゃない。
本当にやってはいけないことリストだ!
そう理解すると同時に和也は駆け出していた。
「どこに行くの!?」
後ろから亜希の声が聞こえてきても立ち止まらずに自分の部屋に向かう。
そして持ってきたキャリーバッグの中から大きめのポーチを取り出した。
その中にはいつも持ち歩いている御札やお清めの塩、数珠などが入っている。
和也は手早く数珠を手首につけると、御札を持ってリビングへと戻った。
そろそろと鏡へ近づいている間に、亜希も持参していた数珠と御札を持ってきた。
ふたりが恐る恐る鏡を確認しても、そこには怯えている自分たちの姿だけが映っていた。
昨日一瞬見えた少女の姿はどこにもない。
和也が勢いをつけて布を鏡にかけると、ふたりでその上から御札を貼ったのだった。
☆☆☆
この部屋は普通じゃない。
なにか、人間以外のものが住み着いてしまってる。
「部屋に入ったときにはなにも感じなかったから、ものすごく凶悪な霊ではないはずだけど……」
ダイニングテーブルで亜希と和也は話し合っていた。
鏡には一応御札を貼ったから、今のところは大丈夫そうだ。
でも、いつまで持つかわからない。
「でも、このままほっとくわけにはいかないよね」
亜希の言葉に和也は頷く。
やってはいけないことリストに、鏡に包丁。
これだけ揃ってしまえばもう目をそらすことはできない。
「まずはどうする? 管理人さんに言う?」
「そうだな。その方がいいと思う」
大人に説明しても信じてもらえばい場合もあるけれど、その時はまた考えればいい。
とにかく自分たちの身を守る行動が優先される。
「わかった。じゃあ、管理人室へ行こう」
☆☆☆
再び外へ出たときには雪が足首まで覆い尽くすようだった。
持ってきた短い長靴ではすでに意味をなさなくなっている。
それでも雪は次から次へと際限なく振り続ける。
雨と違って静かに、どんどん勢いを増していく。
一歩外へ出るだけで二人の頭にはたくさんの雪が降り積もっていく。
足を前に出す度にザクッザクッと雪を踏み固めていく音が聞こえてくる。
それでもとても静かに感じた。
雪は音を吸収すると聞いたことが有るけれど、あれは本当みたいだ。
ふたりの耳はまるで耳栓をされたように、静かだった。
管理人室までやってくると、驚いた顔のおじさんが建物内へ入れてくれた。
「こんな雪の中どうしたんだい?」
ふたりにそれぞれタオルを差し出しておじさんが聞く。
「実は、ちょっと話しがあって……」
亜希がちらりと和也と視線を見交わせて、言いづらそうに話し始める。
「昨日移動した鏡がリビングに戻ってきていたり、血みたいな汚れのある包丁が見つかったりしたんです」
「ほぅ……?」
「それに、誰が書いたのかわからないですけど、『やってはいけないことリスト』も見つけました」
亜希は持参してきた紙をおじさんへ見せた。
おじさんはその紙を受け取り真剣に確認している。
しかし最後には左右に首を降りながらその紙を返されてしまった。
「ちょっと、僕にはよくわからないんだ」
その声がいつもよりもたどたどしいことに和也は気がついた。
それに、さっきからおじさんは亜希と視線を合わせようとしない。
嘘をついているときの仕草じゃないだろうか?
「もしかして、なにか知ってるんですか?」
和也からの質問におじさんは明らかな動揺を見せた。
視線が泳ぎ、口元を隠すように右手をもっていく。
「いや、よくわからないよ」
やっぱり、怪しい。
和也が質問したことで、和也とも視線をそらせてしまっている。
おじさんは本来、嘘がつけない人なんだろう。
だけど今回はなにか事情があって嘘をついているように見える。
「本当になにも知らないんですか?」
亜希も怪しんだ様子で、おじさんに探るように質問する。
「知らないねぇ……」
もしかしたら、なにもかもわかった上であの部屋に自分たちを泊まらせたのかもしれない。
そう思い当たった和也がおじさんを睨みつけた。
「とにかく、部屋を替えてください」
部屋さえ替えてくれればもうあんな現象は起きないはずだ。
今まで悪霊とも言える霊たちにも出会ってきたふたりは、こういうときに一番大切なのは自分の身を守ることだと、わかっていた。
「ま、満室なんだよ」
おじさんの額に汗が浮かんできている。
こんなに寒いのに、外は雪が振っているのに汗をかくなんて、どう見てもおかしかった。
「嘘ですよね?」
亜希の言葉にギクリと体を震わせた。
「昨日、隣のコテージの家族が帰っていくのを見ました。あそこなら、空いてますよね?」
「そ、そうだけど、でも掃除とか、色々あるんだよ」
引きつった笑みを浮かべている。
「そんなの俺たち気にしません」
「そ、それはダメなんだよ。ほら、規則とか、そういうものあるしさ」
そう言われても簡単には納得できなかった。
透子が来るまであの部屋で待つことが危険なことくらいすでにわかっていた。
「と、とにかくさ、透子が来るまであの部屋で我慢してくれ。じゃないと……」
そこまで言って口を閉じてしまった。
『じゃないと』なんだろうか。
もしかしておじさんにとってよくないことがあるとか?
そう考えた亜希はおじさんの顔を見上げた。
「もしかして、誰かに言われて私達をあの部屋に泊めたんですか?」
その質問におじさんはギョッと目を見開いて、次に青ざめ、そして黙り込んでしまった。
それ以上はなにも言わずにただ、出口を指差した。
なにも教えられないから、出ていってくれ。
そう言われているのがわかった。
亜希と和也は顔を見合わせる。
おじさんは貝のように口を閉ざしてしまってから、もうこれ以上質問することは難しいだろう。
ふたりは諦めて管理室を後にしたのだった。
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