第3話
「こんなにたくさん、食べ切らないね」
亜希が野菜室からじゃがいもと人参を取り出して呟いた。
それらを見ていた和也のお腹がグーっと鳴る。
今日は朝から移動の繰り返しで疲れていたこともあるし、今はちょうど昼時だ。
そんな和也が食器棚の引き出しを開けて中を確認していると、カレーのルーを見つけた。
甘口と書いてあるそれを取り出して、じゃがいもを握りしめている亜希と視線を合わせる。
お昼ごはんはカレーで決定したようだった。
☆☆☆
二人で手分けをして作ったカレーは少し人参が硬かったけれど、まぁまぁ美味しく作ることができた。
普段は母親に任せきりになっているから、こんなときにはありがたみを感じる。
食べた後は片付けないといけないし、のんびりしている時間なんてない。
洗い物を終えてようやく一息ついた時、亜希はさっそく買ってきたお菓子を取り出した。
「もう食べるのかよ」
和也が呆れ顔になる。
和也はさっきカレーを3杯も食べたから、もうお腹はいっぱいだった。
「だって、近所じゃ見たことないお菓子があったんだもん」
地元に密着したスーパーには都内では購入できない商品がたくさんあった。
特に、地元で有名なごぼうを使ったお菓子がたくさんあった。
亜希はその中からごぼうチップスとごぼうプリンを購入したのだ。
「ごぼうチップスはまだわかるけど、ごぼうプリンってどうなんだよ?」
それは見た目が茶色っぽくてプリンのように美味しそうには見えなかった。
亜希が蓋を開けてみると、フワリとごぼうの香りが立ち上がってくる。
甘い匂いはしてこない。
「それ、本当にプリンなのか?」
もはや得体のしれない茶色い柔らかなものにしか見えなくて、和也はしかめっ面をする。
亜希はそんなこと気にせず、独特のごぼうプリンをスプーンですくって一口口に入れた。
その瞬間ごぼうの香りが口全体に広がる。
だけど噛めば柔らかく、その触感は完全にプリンだった。
ごぼうなのかプリンなのか、頭が混乱してくる。
「でも、うん、美味しいよ!」
ゴクリと飲み込んでみると次のひとくちが欲しくなってくる味だ。
「へぇ……」
和也はすでに興味を失ったのか、本棚へ移動している。
さっきまではテレビを見ていたのだけれど、山が近いせいか選局が少なくて、消してしまった。
そういうこともあって、他の娯楽をふんだんに用意しているのかもしれない。
「なんだこれ?」
本の背表紙を見つめていた和也が、本と本の隙間から白い紙が飛び出しているのを見つけて、手を伸ばした。
引き抜いてみると、それは大学ノートの切れ端を半分に折り曲げたものだとわかった。
開いてみると『この部屋でやってはいけないことリスト』と大きな文字で書かれている。
「亜希、なんか面白そうなものを見つけたけど」
亜希へ振り向くと、すでにごぼうプリンは食べ切られていた。
「なに?」
「ほら、これ」
大学ノートの切れ端を持って亜希の隣に座ると、ふたりしてその紙を覗き込んだ。
『この部屋でやってはいけないことリスト
1,リビングの置かれている鏡の布を外してはいけない。
2,キッチンのどこかにある血のついた包丁を見つけてはいけない。
3,お風呂で鼻歌を歌ってはいけない』
「なにこれ? この部屋って、このコテージの部屋ってこと?」
首をかしげる亜希に「たぶん、そうなんじゃないかな?」と、和也は答えた。
他にもなにかメモが隠されていないか本棚周辺を探してみたれど、なにもなかった。
「リビングの鏡って、あれのことだよね?」
亜希が指差した先にあるのは窓の近くに置かれている姿見だった。
それには真っ赤な布が被せられていて、このコテージ内で唯一浮いている存在だった。
「確かにあの鏡は目に留まるよな。でも、ちょっとあからさますぎないか?」
こういうちょっと怖いようなリストの中に入るには、目立ちすぎている。
「きっと、前に泊まった人がこういう遊びをしていたんだろうね」
遊びだと考えればあの鏡は十分に使えそうだ。
でも、この紙に書かれていたせいか、やけにその鏡が気になりはじめてしまった。
本を読んでいても、ゲームをしていても常に視界の済に入ってきてしまうようなのだ。
赤い布というところがネックになっていて、嫌でも気になってしまう。
「やっぱり、ちょっと不気味じゃない?」
対戦ゲームを途中で放り出した亜希が鏡に近づいていく。
「おい、自分が負けてるからって他のことするなよ」
和也は文句を言いながらも、やはり鏡の存在は気にしていたようで、テーブルにコントローラーを置くと亜希の後に続いた。
「これさ、移動させちゃダメかな?」
「さすがに、コテージの備品だろうしなぁ」
「ちょっと、管理人さんに聞いてみようか」
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