佳桜高校のかぐや姫⑥
奏と二人ピンマイクをつけて、スタジオ内に立つ。
まずはここで歌って、校内を歌いながら歩いてハロウィンパーティーのメイン会場でもある体育館に向かう。
「いつでも良いぞ」
私のサポートをしてくれる奏の声に頷きで返して、私は一度目を閉じた。
放送室は閉ざされているから外の喧騒は聞こえてこない。
でも、今も争いは続いていてどんどん悪化していってる。
……ダメだよ。
この学校の、知っているみんなの顔を思い出す。
この争いに巻き込まれて、大変な思いをしている。
――止めなきゃね。
信頼できる兄の存在を後ろの方に感じ、胸の奥に支えとなる幹人くんの言葉を思い出す。
幹人くんは頑張った私を迎えに来てくれる。
……強くなって助けに来てくれた幹人くんに恥じないよう、私も頑張るんだ。
最後に深呼吸をした私は、優しい願いを込めて口を開いた。
歌うのは今回も平和を願う歌姫の歌。
一度目の二年前はただ必死だった。
二度目の文化祭前日では愛より憎しみに近い激情だった。
でも三回目の今は、本来のこの歌の思いとリンクする。
戦いを止めてと願う言葉。
心を落ち着かせるためのような旋律。
そして何より、愛という想いを込めた願い。
今の私が出せるすべての力を使うように、心の底から声を発した。
奏は私の歌をサポートするように声を重ねる。
ピッタリとハモッた声が、歌により深みを持たせた。
そして、少し曲調が力強くなる部分で私と奏は移動する。
香と奈々がドアを開けてくれて、放送室を出た。
歌いながら体育館を目指し足を進める。
喧騒は、もう聞こえてこなかった。
「これは……」
「あれが、【かぐや姫】……?」
途中呆然と放送に聞き入る生徒や先生たちの間を通り抜けると、彼らはそのまま惹かれるように私たちの後をついて来る。
「すごい……」
「素敵な歌……」
そうしてどんどん増えながら、体育館へついた。
多くの生徒を引きつれステージに向かい、私と奏は壇上に上がっていく。
元々音楽を流す予定だったので、ステージ横には大きなスピーカーが置いてある。
そこからも私たちの歌声は流れていた。
ステージから見下ろすと、かなりの人数が見える。
入り口の方からはまだ次々と生徒たちが入って来ていて、そんな彼らは聞き入るように黙って私と奏の歌を聞いていた。
そうして争いを鎮める愛の歌は、静かに終わる。
息を呑むような静けさに、治まった、と思う。
大勢がいてもシンとした体育館。
その様子に争いは治まったんだと実感する。
確認のように奏を見ると、私の考えを肯定するように笑顔で頷いていた。
それを見て私もやっと笑顔を浮かべると、今度は大きなスピーカーから明るく軽快な音が鳴らされる。
香たちにお願いしていたんだ。
私の歌が終わって争いを治められたら、今度は明るくポップな曲を流してって。
みんなで頑張って準備したハロウィンパーティー。
争っただけで終わるなんて、冗談じゃない。
だからここからは盛り上がるための歌を歌う。
さあ、ここからは奏がメインだ。
バラード以外は奏の方が上手いからね!
一気に盛り上がれるように、今人気のJ-POPから始まった。
初めは変化について来れない様子だった生徒たちも、すぐに盛り上がりを見せてくる。
そうしてコンサート会場のようになった体育館に、私が待っていた人物が現れた。
なぜかタキシード姿に着替えた幹人くんが、人垣をかき分けてステージの目の前に来てくれる。
【かぐや姫】を迎えに来てくれた【月帝】の次期総長。
「美来!」
眩しそうな笑顔を私に向けてくれた大好きな彼氏に、私は昂った気持ちのまま跳んだ。
「幹人くん!」
彼の名を呼んで、その胸に飛び込む。
幹人くんは当然驚いたけれど、迷うことなく私を受け止めてくれる。
勢いを殺すためにそのままクルリを回って、しっかりと私を抱きしめてくれた。
「こら、いきなりは危ねぇだろうが」
焦ったように叱る幹人くんは照れたり緊張している様子はない。
特訓の成果なのか、一気に色々あって緊張も吹き飛んだのか。
私をこんな風に抱きしめても真っ赤にならなくなっている。
ちょっと寂しい気持ちもあったけれど、自然とギュッと出来るようになったことは嬉しかった。
私は「ごめんね」と謝りながらもう一度ギュッと抱き着く。
すると、軽く呆れたような笑いが落ちてきた。
「……ほら、まだ歌が途中だろ? サボってると、後で奏がうるせぇんじゃねぇか?」
「あ、確かに」
いくら今は奏がメインだと言っても、ずっと一人で歌わせるわけにはいかないだろう。
名残惜しくてもステージの上に戻らなきゃと思っていると、幹人くんに肩を抱かれ膝裏に腕を入れ持ち上げられた。
「っ! え⁉」
いわゆるお姫様抱っこをされて、驚き戸惑う。
「俺が連れてってやるよ」
「え? え⁉」
驚いている私を抱きあげたまま歩き出してしまったので、慌てて幹人くんの首に腕を回す。
しっかりと危なげなく抱かれて、その力強さに男の人なんだなぁって思った。
ドキドキ、ドキドキ。
鼓動が早まって治まらない。
助けに来てくれた頃辺りから、一気に幹人くんの男前度が上がっている気がする。
……どうしよう、好き。
「どうした? 顔赤いぞ?」
耳元に口を寄せられて囁くように聞かれる。
早くなった鼓動がドキン! と跳ねて、一瞬本当に心臓が止まったかと思った。
「……幹人くんは、平然としてるね?」
赤くならなくなった顔を見て、ちょっと悔しいって思う。
「そうか? これでも心臓バクバクしてんだけど?」
「そうなの?」
顔色が変わってないから信じられなくて、彼の胸に耳を当ててみた。
するとすぐに分かるくらいドックドックと音が聞こえる。
「ふふっ本当だ」
顔色は変わらなくてもちゃんと意識してくれていることに嬉しくて笑うと、甘ったるい眼差しを向けられていることに気づいた。
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