佳桜高校のかぐや姫⑤

 放送室までの道のりで、いくつか争う場面を目撃した。


「てめぇ、如月さんが嘘ついてるとでも言うのか⁉」

「ったりめぇだ! 八神さんがそんな事するわけねぇからな!」


 【月帝】と【星劉】の人たち。



「そういえば生徒会長も美来様を狙ってたわよね? もしかして本当は生徒会が隠してるんじゃないの?」

「そんなわけないでしょう⁉ いい加減なこと言わないで!」


 ファンクラブの人や生徒会の人たち。



「はぁ⁉ お前どっちの味方だよ⁉」

「私は【星劉】の総長がそんな馬鹿なマネするとは思わないって言っただけでしょう⁉」


 見ず知らずの一般生徒たちも……。



 初め見たときは思わず止めに入ろうとしたけれど、勇人くんに止められた。


「美来、待てよ! 一か所ずつ止めに入ってたら他の所で取り返しがつかない状態になるかもしれないんだ!」

「あんないさかい、今は校内のどこでだって見る。まとめて止めるしかねぇんだよ!」


 明人くんにも説得されて、今は放送室に急ぐしかないんだと納得する。


 ……でも、やっぱり私がいないせいで争いになってしまっているのを見ると辛い。

 早く、早く行かなきゃ!


 気が焦るせいで放送室までの道のりが遠く感じていた。

 そうしてやっと着いた放送室では、すぐに泣きそうな顔で安堵した香と奈々に抱きつかれる。


「美来!」

「良かった、心配してたんだよ⁉」

「うん、ごめんね。……ありがとう」


 心配してくれた友人に感謝すると、すぐに表情を引き締めた。


「それで? 私はまず着替えればいいの?」

「うん、こっちだよ」


 二人とも状況は理解しているのか、すぐに対応してくれる。

 放送室の奥にもう一つ部屋があるのか、そっちで着替えられるようにしているらしい。


「あ、美来。俺ら如月さんの所に戻るから」

「案内終わったらすぐ戻ってこいって言われてんだ」


 奈々に手を引かれて奥へ行こうとした私に、明人くんと勇人くんがそう告げる。


「うん、分かった。気をつけてね!」

「美来もな」

「頑張れよ!」


 そうして笑顔で去って行った双子と入れ替わるように、幹人くんが申し訳なさそうに口を開いた。


「悪い美来。一緒にいてやりてぇけど、八神さんに呼び出された。……大丈夫か?」


 放送室についたと同時に幹人くんに電話がかかってきていた。相手は八神さんだったらしい。


「……大丈夫だよ」


 私を心配してくれる幹人くん。

 きっと大丈夫じゃないと答えれば、八神さんの指示を無視してでも側にいてくれるつもりなんだろう。


 正直に言うと側にいてくれた方が安心する。

 けれど尊敬しているらしい八神さんの指示を幹人くんに無視させたくないと思った。


 だから「行ってきて」と送り出す。

 幹人くんはそれでも心配そうな目をしていたけれど、「分かった」と私から離れる。


「行ってくる。……ちゃんと、迎えに戻ってくるからな!」

「っ! うん!」


 用事を済ませたら、またすぐ戻って来てくれる――私の居場所である幹人くんが、迎えに来てくれる。

 その言葉に、胸が熱くなった。

 その熱が、幹人くんの代わりに心に寄り添ってくれるような気がした。


「待ってるから」

「ああ」


 嬉しい気持ちをそのまま笑顔に変えて幹人くんを見送ると、今度こそ奈々に奥の部屋へと連れて行かれる。


「さ、急ぐよ!」


 香の宣言通り、私は二人に手伝って貰いながら急いで着替えた。


「あ、羽は良いよ。動きづらいし」

「そう? まあ、仮装って気分じゃないよね。分かった」


 羽を手に取った奈々に告げて、動きづらそうな羽は遠慮させてもらった。


「にしても本当にきれいな髪だよね。あんなにきつく結ってたのにクセもついてないんだから」


 髪についているほこりをくしでいて取ってくれている香に感心される。

 最後に花冠を頭に乗せられて、「出来たよ」と声を掛けられた。


 私は二人にお礼を言って元の部屋に戻ると、ゆっくり深呼吸してさっき見た争いの光景を思い出した。


 あれを止めるんだ。

 校内各地で勃発しているケンカ。

 そのすべてを止めなくちゃならない。


 ……でも、もし止められなかったら?


 ふと、その考えが頭を過ぎって一気に不安が湧いた。

 今回は【月帝】と【星劉】だけじゃない。一般生徒も対象だ。

 しかもこのマンモス校の生徒ほぼ全員。


 思わず身震いして、幹人くんのさっきの言葉を思い出す。


 幹人くんは、迎えに来てくれる。

 彼も頑張って用事を終わらせて、私のそばに来てくれる。

 だから、私も頑張らないと。


 心に寄り添った熱を思い出して、不安な心を落ち着かせた。


「美来……大丈夫か?」


 何とか持ち直したけれど、不安そうに見えたんだろう。奏が声を掛けてくれる。


「奏……」


 奏を見ながら考える。


 気持ちは持ち直した。

 でも、やっぱりみんなの諍いを止められるっていう確実性が欲しい。


「奏も、手伝ってくれる?」


 私よりも歌が上手い兄に助力を願った。


 奏は、歌は上手くても私のようなカリスマ性はないから抗争を止めるなんて自分は出来ないと言っていた。

 私にカリスマ性があるのかどうかは良く分からないけれど……。

 でも、奏がいれば最強なんだ。


 いつも助けてくれる頼りになる兄。

 そんな兄のおかげで、私一人じゃ出来ないことを何度もこなしてきた。


 幹人くんに対するものとは違う、兄妹だからこその信頼。

 確実に争いを止めるため、お願いした。


「……ああ、当然だろ?」


 奏は私に似た顔をニッと男らしい笑顔にして、願いを受けてくれる。

 眼鏡を取って前髪をかき上げ、本気の表情を見せた。


「あ、でもしのぶは……?」


 願いを聞き届けてもらってホッとすると、さっきまで酷い目に遭わせてしまったしのぶを思う。


 奏がそばで支えているから持ち直していたんじゃないのかな?

 離れてしまっても大丈夫だろうかと心配した。


「私なら大丈夫だよ。ここで香達と待ってるから」


 私を安心させるように笑みを浮かべたしのぶは、奏を見て「行ってらっしゃい」と送り出す言葉を口にした。

 そんなしのぶに優しい笑みで「ああ」と答える奏を見て、なんか夫婦っぽいなぁと思ってしまう。


 今までもそう思ったことはあるけれど、二人の纏う雰囲気が前より甘くなったせいか新婚っぽい感じに見えた。


 でも、今はそんな新婚っぽさを味わわせてあげる時間も惜しい。


「じゃあ、お願い」


 うなずいて返し、私は奏とスタジオに向かった。

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