佳桜高校のかぐや姫④
「でも衣装とか必要?」
着換えてる時間が惜しいんじゃないかな?
そう思っての質問だったけれど、双子に揃って呆れられた。
「美来、今の格好で人前に出て大丈夫だと思ってんの?」
「へ?」
明人くんの言葉に自分を見る。
「おさげ崩れかけてるし、全体的にほこりがついてる」
「……」
そして勇人くんの指摘に黙り込んだ。
……うん、あの空き家かなりほこりっぽかったもんね。
勇人くんの言う通りの状態に、確かに着替えは必須だなと思った。
納得して北校舎の裏から校舎内に入ると、奥の方が騒がしい気配がする。
「なんか騒がしいけど、これって……」
しのぶが不安気に呟く。
その不安をなだめるように肩を抱いた奏が、「ああ」と同意した。
「生徒たちが争ってる声だろうな」
遠くに感じる喧騒はいつもとは明らかに違っている。
ザワザワして話している感じじゃなくて、明らかに怒鳴り声と思われる音が多い。
「早く何とかしなきゃ」
そう決意した私が、急ごうとみんなに声を掛けようとしたときだった。
「……なんで、美来さんがいるんだ?」
「っ⁉」
覚えのある声に瞬時に振り向く。
そこには、この騒動を起こした張本人である稲垣さんがいた。
「稲垣さん? なんでって……」
「何でそんな驚いてるんっすか? 見つかって良かったじゃないっすか」
勇人くんと明人くんが不思議そうに返事をする。
二人は知らないんだから、そういう反応になるのは当然か……。
「……なんで、ですか。そりゃあ助けに来てもらえたからですよ。そして、この騒動を止めるためです」
まっすぐ、睨むように稲垣さんを見た。
「それに私言いましたよね? あなたの思惑通りになんてさせませんって」
「っこの!」
途端に顔を歪ませる稲垣さん。
倉庫で見せたような、憎しみが込められた目で私を睨んできた。
「は? 思惑?」
「え? 美来、どういうことだ?」
困惑する明人くんと勇人くんに、私は稲垣さんから視線を外さないまま説明した。
「人を使って私をかどわかして、この騒動を引き起こしたのが稲垣さんってことだよ」
『なっ⁉』
揃って驚いた声を上げた二人は、驚きすぎたのか質問してくることはなくて固まっている。
「……くっ! もう少しなのに。もう少し騒ぎが大きくなったら、前のように色々けしかけて本格的な争いに持っていくはずだったのに!」
ギッと、私を睨んだ稲垣さんはそのままこっちに向かってくる。
「いや……まだ大丈夫だ。君さえ……お前さえいなければ!」
そうして手を伸ばしてくるけれど、当然大人しく捕まるつもりはない。
少し正気を失いかけていそうな稲垣さんの動きは精彩を欠いていて、かわすのも簡単だった。
「うわっ⁉」
かわしてよろめいた稲垣さん。その胸ぐらを幹人くんが掴む。
そして背負い投げで稲垣さんを床に叩きつけた。
「ぐあっ!」
まともな受け身も取れなかったのか、稲垣さんはそのまま痛みを耐えるように呻く。
そんな彼を幹人くんが冷たい眼差しで見下ろした。
「稲垣さん、あんたに美来は触らせねぇよ」
「幹人くん……」
幹人くんが強くてカッコよくて……こんなときだけれど思わずキュンとしてしまった。
助けられなくても、今の稲垣さんなら私でも簡単に倒せたと思う。
守られなくても、自分で何とか出来る事だ。
でも、どうしてかな?
それでも幹人くんに守って貰って、嬉しいって思っちゃう。
カッコイイ幹人くんに惚れ直してドキドキしていると、床に伏したまま稲垣さんが恨み言を呟き始めた。
「幹人、お前まで……。くそっ! ここまで来て諦めるわけには――」
「そこまでだよ」
この状況でも諦めようとしない稲垣さんだったけれど、また別の声がして彼の言葉を止める。
みんなの視線が現れた人物――坂本先輩に集中した。
坂本先輩は神妙な面持ちでスマホを持ちながら近づいて来る。
「こういうわけです。聞きましたよね? 稲垣さん」
床に倒れている稲垣さんにではなく、持っているスマホに語りかける坂本先輩。
通話状態になっているようだ。
でも、“稲垣さん”ってことは――。
『……孝紀……お前は……お前たちは、なんてことをしてくれたんだ!』
怒りと悲壮感に満ちた壮年の男の人の声がスマホから発せられる。
「っ!……父、さん?」
稲垣さんのつぶやきに、やっぱりと納得する。
『どうしてこんなっ……ああ……』
稲垣さんのお父さんの声は焦燥の言葉ばかり。
その様子だけで、彼は稲垣さんが何をしていたのか今の今まで知らなかったんだと分かった。
「父さん、だって……こうでもしないと会社が……」
『だとしても! やっていいことと悪いことの区別もつかないのか⁉』
「っ!」
電話越しに怒鳴られ、稲垣さんはそれ以上何も言えなくなる。
項垂れ、諦めの色を醸し出している稲垣さんを見て、坂本先輩は私たちに視線を向けた。
「色々と巻き込んですまなかったね。彼のことは僕が引き取るから、君たちは放送室に急いでくれ」
「あ、はい」
「……今の校内の状況を治められるのは君だけなんだ、美来さん。巻き込んだ上に頼りきりで申し訳ないけど、頼む」
いつもの腹黒っぽさは鳴りを潜め、殊勝な態度の坂本先輩。
らしくない彼に、私は首を横に振って答えた。
「良いんです。私もみんなが争うのは見たくないから……だから、治めるのは私自身のためでもあるんです」
だからそんなに申し訳なさそうな顔しなくていいんですよ、と笑顔を向ける。
腹黒で妖艶な雰囲気を出してきたり、それを隠すような胡散臭い王子様スマイルを見せたり。
そんな普段の坂本先輩には困ることもあるけれど、こんな申し訳ないという落ち込んだような顔はして欲しくなかった。
「だから、行きますね」
「ああ、頼んだよ」
最後には笑みを浮かべて、坂本先輩は私たちを見送ってくれた。
「ほら、行くぞ!」
まだ呆然としていた双子は幹人くんに小突かれて、ハッとする。
「あ、ああ」
「分かった、とにかく急ごう」
そうしてまた、勇人くんと明人くんの誘導のもと私たちは放送室へと走り出した。
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