佳桜高校のかぐや姫③

「ほら、お前のスマホ」


 ヨシさんの運転する車に乗ると、奏が私のスマホを渡してくれる。

 茶髪の男に取られたままだったけれど、取り返してくれてたんだ。


「ありがとう」


 受け取って電源を入れると、すぐに何十件ものメッセージを受信する。

 全部は見ていられないので一番新しいものだけいくつか見てみる。


 坂本さん、高志くん、勇人くんと明人くんに、香と奈々からも。

 軽く見た感じ大体みんな同じ内容だった。


 私がどこにいるのか、無事なのか聞いて来る内容。

 そして、校内の様子がおかしいということ。


 【かぐや姫】を自分のものにしたい【月帝】、もしくは【星劉】の総長が、私をかどわかして閉じ込めたという噂が急激に流れているんだとか。

 そのせいでそれぞれのチームの対立が激化し始めているし、その様子を見ている一般生徒もちょっとしたケンカになっているらしい。


 一般生徒がどうしてケンカを始めてしまうのかと思ったけれど、しのぶが説明してくれた。


「もともと一般生徒も【月帝】推しと【星劉】推しみたいに分かれている状態だったからね」


 だからどっちの言い分が正しいかとなったとき、一般生徒も対立しやすくなっているんだそうだ。

 そんな状態でも私が出て行ってそんなのただの噂だと言えば丸く収まる話。

 だからどこにいるのかという連絡がたくさん来ていたみたいだ。


 心配をかけてしまっているみたいだったから、『すみません、事情は後で。とにかく私は無事です。もう少ししたら学校につきます』とだけみんなにコピペして送った。


「やべっ。俺も八神さんから連絡来てたわ」


 私がみんなに返事を送っている間に幹人くんもそう言って電話を掛ける。

 でも八神さんは忙しいのか出なかったようで、幹人くんも簡単にメッセージを打って送っていた。


 一通り送り終えたら誰かから電話がかかってくるかもしれないと思ったけれど、全くかかって来なくて逆に不安になる。

 学校がどんな状態なのか、全く分からない。

 メッセージアプリでは、何人かは既読マークがついているから読んではいると思うんだけれど……。


 とにかく気は焦るけれど、それで今すぐ状況が分かるわけじゃない。


 私としのぶはこの時間を利用して、他の二人に稲垣さんの目的や裏で行っていたことなどを話した。


「稲垣さんが……本当は空気じゃない?」


 一通り説明が終わってからの幹人くんの第一声がそれだ。

 いや、確かにそこは私も驚いたけれど……一番衝撃を受けるのがそこなんだ?

 普通は裏で暗躍して八神さんたちを裏切るような行為をしていたことに驚くんじゃないのかな?


「あー……あの人か。気配消してたからか? あんまり記憶にないな」


 奏の方は確かにそうだよねって思えるコメント。

 私ですら気配を察知出来ない状態だったもの。

 ほとんど接点のない奏が存在を認識していなくてもおかしくはない。


 そんな会話をしているうちにあともう少しで学校につくというところに来た。

 校内は本当にどういう状況なんだろう。

 そんな不安から何となくみんな黙り込んでしまっているところに、私のスマホが鳴る。


 見ると、坂本先輩からの電話だった。


***


 連れ去られたときと同じ裏門についた車。

 私達はヨシさんに送ってもらったお礼を言って車から降りた。


「裏門から入ってきて欲しいって言われたけど……」


 数分前にかかって来た坂本先輩からの電話を思い出して周りを見た。




『美来さん、無事でよかった』


 まずは無事を喜ばれ、すぐに学校内の状況がかなり良くないと伝えられた。

 どう良くないのかは聞かされなかったけれど、余裕のなさそうな坂本先輩の声でどの程度なのかは何となく理解する。


『美来さん、【かぐや姫】としての君の力が必要だ』


 そう断言する坂本先輩に、元々そのつもりだった私は「分かりました」と答えた。


『すまないね。君のことばかり当てにして……本当に申し訳ないし、情けないよ』


 いつになく弱気な坂本先輩だったけれど、私が何かを言う前に自力で持ち直す。


『ごめん、弱音を吐いた。気にしないでくれ』

「……はい」


 そんな坂本先輩が最後に裏門から入ってきて欲しいと伝えてきたんだ。

 裏門から入るのは良いけれど、そこからどこに向かえばいいのかな?

 なんて疑問に思っていたけれど、裏門の所に見覚えのある二人がいた。


「あ、美来!」

「良かった……」


「明人くん、勇人くん!」


 同じ顔の二人が、心配そうな表情をホッとしたものに変えて私に駆け寄ってくる。

 仮装なのか、頭にバンダナを巻いた海賊のような格好だ。


「お前ら何でここに?」


 そう聞いたのは幹人くんだ。

 当然の疑問だったけれど、聞かれた二人はキッと幹人くんを睨む。


「何で俺たちがここにいるのかって?」

「今それぞれの幹部でまともに動けそうなのが俺たちしかいなかったからだよ!」


 そのまま簡単な説明をした二人の話を要約すると、仮装に着替えた後辺りから校内の様子がおかしくなってきたんだそうだ。

 よくよく調べてみると、例の私をかどわかしたのがどちらかのチームだという噂が急激に広まっていたんだとか。


 そんなこと有り得ないと幹部なら分かっている。


 でも事実私がいなくなり、生徒会メンバーも見ていないとほうぼうで口にした結果それぞれのチームの下っ端達がその噂を信じ込んだ。

 それだけにとどまらず、私のファンクラブの子たちまで騒ぎはじめ噂が騒動となって広がってしまった。


「如月さんたちトップが頑張って抑え込んでるけど、ちらほら殴り合いも起こってる。信頼できる幹部も一緒に奔走してるんだけど……」

「正直間に合ってなくてかなり忙しい状態なんだ。それなのに久保もいないとか!」


 イライラしているのか怒りを幹人くんにぶつけてくる双子に私は慌てて幹人くんのフォローをする。


「ちょっと待って! 幹人くんは私を助けに来てくれたの。幹人くんが来てくれなかったらこのまま連れ去られちゃってたの!」


 忙しくてイライラするのは分かるけれど、幹人くんがいなかったら私は酷い目に遭ってたんだもん。


「……久保が助けに行ったんだろうってことは分かってるよ」

「でも久保がいればって何度も思ったからさ……悪い」


 反省する二人に幹人くんは「いや、俺も連絡してなくて悪かったよ」と謝罪した。


「いや、俺たちが悪いよ。ごめん」

「ごめん、悪かったよ」


「それより、どうすればいいんだ? お前らがわざわざ迎えに来たってことは何か策があってのことなんだろう?」


 謝り合う三人にため息を吐きつつ奏が簡潔に聞く。


「あ、そうだな」


 ハッとした明人くんがこっちだ、と目的の場所に案内するために歩き出した。


「生徒会長から美来に歌ってもらうってのは聞いてたからさ、美来の友達にも手伝って貰って衣装とか放送室に運び込んだんだ」

「放送室?」


 勇人くんの言葉に首をひねった。


 私の友達というと香と奈々のことだろう。

 二人は放送部員だし、そういう意味では放送室なのは分かるけど……。


「校内全てに美来の歌声を届けるなら校内放送使うのが一番だろう?」

「あ、そっか」

「ちゃんといるって示すためにも後で校内を回ってみんなに姿を見せてもらうけど、まずは放送室にって言われたんだ」


 坂本さんの指示らしいけれど、確かにそれが一番良いかも知れないと私も納得する。

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