佳桜高校のかぐや姫②
「美来ちゃん、ハル! 無事か⁉」
「てめぇら! 俺らの大事な家族と美来の姉御に何してくれてんだ⁉」
既に場は治まっているっていうのに、玄関ドアに詰まってしまったヨシさんとノブさんは威勢よく叫んでいた。
その様子がちょっと場違いで笑いを誘う。
でも一言だけ言いたい。
「私、姉御じゃないからね⁉」
「おお! 美来ちゃん、良かった無事だな」
「ハルも大丈夫だな。……ってか狭ぇよ。おいノブ、もうちょっとそっち行け。抜けねぇだろ⁉」
私の突っ込みはスルーされ、騒がしい二人はそのまま抜け出そうと頑張って、結局ドアを壊していた。
「美来、ヨシとノブには車で来てもらった。それに乗って早く学校戻れ」
橋場を押さえつけながら私を見上げた銀星さんが真剣な様子で告げる。
「え? でも、こいつらは……?」
橋場たちを放置して私たちだけ戻って良いんだろうかと少しためらう。
「こいつらは俺らがしっかり教育しとくさ。俺の家族と女神に手を出したんだ……二度と近づこうと思えなくしてやるよ」
そうして笑った表情には少し恐ろしさもあって、やっぱり銀星さんは極道なんだなと思った。
でもその怖さはすぐに一変する。
「美来……俺の女神。俺はお前の下僕になっても良いって言っただろ? お前が泣くようなことにならないようにしてぇんだよ」
「……」
私が泣くことにならないようにという銀星さんの気持ちは素直に嬉しい。
……うん、前までだったら考えられないほど優しい笑みを向けられて物凄い違和感があるけど、嬉しくは思う。
でも、その女神って本当に何なんだろう?
下僕とかいらないから、流石にそれは止めて欲しい。
「は? 女神? 下僕?」
案の定近くで会話を聞いていた幹人くんが困惑する。
でも私もどうして銀星さんがこんな風になっちゃったのか分からないから、説明しようがないよ。
「だから、早く学校向かえ」
戸惑う幹人くんは無視して、銀星さんは表情を真剣なものに戻して続ける。
「多分今頃お前らの学校大変なことになってるだろうからな」
「……あっ! 稲垣さん!」
そこまで言われて思い出す。
橋場から逃れる方を優先していたから少し忘れかけていたけれど、元々こうして連れて来られたのは【月帝】と【星劉】を対立させたい稲垣さんが画策したからだ。
私がいなくなれば、それぞれのチームが対立して一般生徒も巻き込んで抗争に近い状態になるとか……。
そんなことさせるわけにはいかない。
「は? 稲垣さん? 稲垣さんがどうしたってんだよ」
幹人くんは当然ながら当惑している。
でも、その説明をする前に銀星さんに聞いておきたいことがあった。
「でもどうしてそれを銀星さんが知ってるんですか?」
稲垣さんと銀星さん。
以前街で私が銀星さんに捕まったとき稲垣さんに助けてもらったけれど、それ以上の接点があるとも思えない……。
「まあ、はじめにお前を攫って欲しいって頼まれたのは俺たちだからな」
「は?」
「でも女神を泣かせるようなことは出来ねぇって断ったんだよ」
「……じゃあ、どうしてそれを私たちに教えてくれなかったんですか?」
教えてくれれば、未然に防ぐことが出来たかもしれないのにと思ってしまう。
「まあ、義理としてな。美来のことは泣かせたくねぇが、俺は別にあいつらが敵対しようがどうなろうが知ったこっちゃあねぇからな」
「それは……」
「でもお前が泣くような方法だけは取るなよって釘を刺しておいたんだけどなぁ……」
そうして、極悪な笑みを浮かべる。
綺麗な美人顔の銀星さんがそんな表情をすると迫力があって、思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
「まあ、そのことやこいつらのことは俺たちで何とかするさ。だから美来、お前は自分がやるべきことだけ考えろ」
「やるべきこと?」
「あいつらの抗争を止めんのは、【かぐや姫】の歌って決まってんだろ?」
「……」
決まってるって程じゃないと思うんだけど……。
でも、二度にわたって止めることが出来た。
それならもしかして……と思うのは当然かもしれない。
二度あることは三度あるって言うし……。
「そういうわけだ。行って止めて来いよ【かぐや姫】?」
【かぐや姫】という称号を自分から認めたことはない。
でも、そう呼ばれている私が争うみんなを止められるって言うなら……。
「……分かりました」
【月帝】と【星劉】の抗争を歌で止めた【かぐや姫】。
今回は一般生徒も巻き込んでいる可能性があるから同じようにいくかは分からない。
でも……。
生徒会、【月帝】、【星劉】。
そして香や奈々、宮根先輩たち。
転校してから関わって来て、何だかんだで良い関係を築けている学校の人たちを思い浮かべる。
みんなが争うなんて絶対に嫌。
前回の幹人くんのように、誰かが傷ついてしまうのはもっと嫌。
だから、やれるだけやってみよう。
稲垣さんの思い通りにはさせないって言ったしね。
「やってみます。なので、ここはよろしくお願いします!」
「ああ……女神の活躍を見られないのは悔しいけどな。お前のためだ、頼まれてやるよ」
この場の収集と橋場達のことを全部銀星さんにお願いして、私は幹人くんに「行こう」と告げて歩き出した。
「お、おう……。説明、してくれるよな?」
「もちろん。車の中で話すね」
そんなやり取りをしながら玄関に向かう途中で、しのぶと奏も合流する。
「しのぶ……大丈夫?」
怖いことに巻き込んでしまったし、さっき泣いていた。
今は無理をしないで休んで欲しい気もしたけれど、多分しのぶも学校の様子は気になるだろうし……。
でも、私の心配はあまり必要なかったみたいだ。
「うん、奏がいてくれたからもう大丈夫」
寄り添うように隣を歩く奏に穏やかな視線を向けるしのぶと、それを受けて慈しむような笑みを向ける奏。
二人の間に今までにない甘やかな雰囲気を感じて、あれ? と思った。
もしかして、このちょっとの間に何かあった?
聞きたい気もしたけれど、それは後にしておくことにした。
「それに置いて行かれた方が困るよ。学校の様子も気になるしね」
と、しのぶは笑顔を見せる。
本当に大丈夫ってことじゃあないだろう。
こんな怖い目になんてそうそう遭うことはない。
何かしら心の傷になってしまっていると思う。
でも、奏のおかげってことなのかな?
笑顔を見せられるくらい立ち直ることが出来たみたい。
「うん、分かった。一緒に行こう」
それならしのぶのことは奏に任せよう。
多分、私にとっての幹人くんのように、奏がしのぶにとっての支えになっているんだと思ったから。
空き家を出るとき、一度だけ香梨奈さんの方を見る。
香梨奈さんはほこりだらけの畳の上にぺたんと座り込んで項垂れていた。
顔を上げることはなかったから目が合うこともない。
彼女が今何を思っているかは分からないし、流石に寄り添ってあげようとまでは思えなかった。
まあ、思えたとしても逆効果な気はするけれど……。
香梨奈さんの私への憎しみは香梨奈さん自身のもの。
彼女一人で、折り合いをつけてもらうしかない。
私は香梨奈さんから意識を振り切るように空き家を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます