佳桜高校のかぐや姫①

 駆けつけてくれた幹人くんは、私を見て安堵したように笑顔を見せる。

 でもすぐにその表情は険しくなった。


「てめぇ……美来から離れろ」


 橋場を睨んだまま、幹人くんは様子をうかがうようにゆっくり足を進める。

 睨まれた橋場は、「ああん?」と唸るように不機嫌さを表して幹人くんを見た。


「誰だよてめぇ。ったくいいところだったのによぉ」


 そして幹人くんの言葉に相反するように私の腰をグッと抱く。


「美来、コイツお前の何なんだよ」

「幹人くんは私の彼氏よ! もう、離して!」


 更に密着した橋場の胸を押したけれど、やっぱり単純な力じゃあ敵わない。

 そんな私の態度と言葉にもっと不機嫌になった橋場は、その昏い目をスッと細めた。


「ああ? 彼氏だぁ?」


 視線を幹人くんに向けて、彼を値踏みするように見る。

 ひとしきり幹人くんを観察した橋場はハッと嘲るように笑った。


「ま、でも自分の女一人抱くことも出来ねぇヘタレ野郎だろ? お前を見てりゃあ誰にも抱かれてねぇことくらい分かるからな」

「それは……」


 どうして見ただけで分かるのかと思うけれど、事実だから明確に否定する言葉が出てこない。

 でも、それでも言えることはある。


「幹人くんは、私を大事にしてくれてるのよ」


 抱かれるどころか唇へのキスもまだだけれど、それは幹人くんが私相手だと緊張してしまうから。

 緊張するくらい、大事にしてくれているからだ。


「大事ねぇ……」


 でもそんな言葉も橋場にとっては嘲笑するべきものだったらしい。


「大事にした結果、こうして奪われてちゃあ意味ねぇよな?」


 言葉を終えると、橋場は私の顎をガシッと掴んだ。


「いっ」


 痛みに顔を歪ませている間に、橋場の顔が近づく。


「今はお前が誰のものなのか、見せつけてやるよ……お前の彼氏とやらにな」


 そう口にした唇が降りてくる。


「やめっ」


 拒絶したいけれど、顔はしっかり固定されて動かせない。

 さっき自分からしなきゃならなかったときも嫌ではあったけれど、幹人くんの前で唇を奪われるのはもっと嫌だ。


 見ないでっ!


 幹人くんの方を向けない私は、それだけを願った。


 でも。


「離せっつてんだろうがよ!」


 ガッ


 幹人くんの怒りの声が思ったより近くから聞こえて、殴るような音が聞こえたと思ったら私は橋場じゃなくて幹人くんの腕の中にいた。

 ついさっきまで玄関近くにいたのに、五メートルはあったはずの距離を一気に詰めたらしい幹人くん。

 しかも、一撃で橋場を私から引きはがしてしまうくらい重い拳を繰り出した。


 速いし、強い。

 幹人くん、こんなに強かったの?


 実際にケンカするところはあまり見たことはなかったけれど、それでもここまで強くないと思ってた。

 どうして? と驚いたけれど、続いた大好きな人の嬉しい言葉にそれもどうでもよくなる。


「美来は俺の大事な彼女だ。俺以外に触れさせねぇし、泣かせるやつは許さねぇ!」


 大切な人の腕の中。

 慣れた体温を感じてホッとする。

 幹人くんが助けてくれた。

 その事実に、心の底から安堵し喜びが湧く。


 目じりに涙を浮かべながら、幹人くんのシャツをギュッと掴みお礼を口にした。


「幹人くん……来てくれて、ありがとう」

「ったりめぇだ」


 幹人くんは私の無事を確かめるようにギュッと抱きしめる。

 強いけれど優しい抱擁は、本当に私を大切にしてくれてるんだって分かった。


「美来の居場所は俺のそばだって言っただろ? 他の男になんか渡すかよ」

「っ……うんっ!」


 彼の言葉に応えるように、私も幹人くんにギュッと抱き着く。


「しのぶ!」


 幹人くんから少し遅れて、奏の声が聞こえた。

 その声にハッとした私は呼ばれたしのぶの方を見る。


 そうだ。

 人質にされているしのぶと遥華も助け出さないと!


 でも、思ったときにはもう奏が二人の元へ向かっていた。

 幹人くんに抱きしめられながら向けた視線の先で、奏が茶髪の男を一撃で撃沈させる様子が見える。


「俺の大事な女に触るんじゃねぇ!」


 いつになく気が立っている様子の奏。

 茶髪がしばらく動けそうにないことを確認すると、しのぶを抱きしめる。


「うっ……かなでぇ……」


 腕の中で泣くしのぶを落ち着かせるように、奏は優しく背中を撫でていた。


「遥華、大丈夫か⁉」


 遥華の元には連さんが駆け寄り、無事を確認している。


「私は大丈夫だよ。こういう状況も慣れてるし」

「……本当は慣れさせたくないんだけどな」


 あっけらかんとした遥華に、連さんは苦笑いを浮かべていた。


「お、お前ら! 何なんだよ⁉」


 残った黒髪の男が叫ぶ。

 一気に変わってしまった状況に少しパニックになっているらしい。

 香梨奈さんを人質のように羽交い絞めにし、自分だけ逃げようとしているのか縁側の方へジリジリと後退していた。


 でもそれも最後に入って来た銀星さんによりあっけなくついえる。


「往生際が悪ぃぞ!」

「ぐぁっ!」


 最強の総長である銀星さんにとっては人質なんて意味をなさないらしい。

 早い動きで近づき、黒髪が香梨奈さんに何かする前に顔面を殴りつけた。

 銀星さんの重い拳は、その一撃だけで黒髪をのしてしまう。


「ってめぇら……マジで何なんだよ。美来を返しやがれ!」


 茶髪と黒髪がのされると、橋場が少し回復したようで起き上がった。

 私を取り返そうとしているのか腕を伸ばしてくる。

 それでもさっきの幹人くんの一撃が効いているのか、動きは鈍い。


 一度伸ばされた腕をかわすと、近くにきた銀星さんに呆気なく拘束された。


「おい幹人、しっかり殴れよ。何手加減してんだ」


 橋場をうつぶせにして動きを押さえながら銀星さんは幹人くんに説教をする。


「仕方ねぇだろ? 万が一にでも美来にあてるわけにはいかねぇんだから」


 ムッとして反論した幹人くんに、銀星さんは「ま、そりゃそうか」と納得していた。


 この二人がこんな風に会話するのを初めて見た。

 一緒にいるところを今まで見たことがないからハッキリしたことは言えないけれど、話を聞いていた限りでは仲がいいようには思えなかった。

 異母兄弟と言ってもほとんど関りがないと言っていたのに……何かあったんだろうかと不思議に思う。


 そうして場が収まった頃、丁度また外が騒がしくなる。

 意識を玄関の方に向けると、大柄な男二人が玄関ドアから同時に入って来ようとしてちょっと詰まっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る