閑話 久保幹人③
「奏! さっきのもっかい見せろ! 美来は今どこにいる⁉」
銀星たちの妹分や美来のスマホの電源は落とされてGPSが使えない。
でも、美来が持っているっていう子供用のGPSは有効だ。
さっき見たときは移動していた。どこに行ったのか分かるはずだ。
「まだ移動中だ。でも車で移動してるっぽいから走っても追いつけるかどうか……足が必要だ」
奏の答えにチッと舌打ちをすると、銀星たちが軽く驚いた声を上げる。
「は? 美来の居場所は分かんのかよ?」
「マジで? 美来ちゃんはスマホの電源落とされてないのか?」
その質問に奏は簡単に子供用のGPSを持たせていたことを説明した。
「万が一にって一応持たせてて正解だったよ」
苦々しく言ってのけた奏に、副総長が喜々とした声を上げる。
「ってことは遥華の居場所も同じだよな? ついて来いよ。俺のバイクに乗せてってやる」
そうか、こいつらはバイク持ってたっけ。
奏の言う足が手に入って、すぐさまバイクを停車しているところに向かう副総長に俺もついて行こうとする。
でも、そんな俺を銀星が止めた。
「おい幹人。何でお前までついて来るんだ?」
「は? 美来を助けに行くんだ。乗せてってくれるってその副総長も言ってたじゃねぇか」
何を言ってるんだ? と言い返したが、俺の答えを聞いた銀星は嘲るように笑う。
「乗せてくのはそいつ――美来の兄だけだよ。GPSで居場所が分かれば十分だからなぁ。……わざわざてめぇを連れて行くメリットはねぇ」
「なっ⁉」
銀星の言葉に驚きはしたが、言いたいことももっともだと理解する。
こいつらは妹分を助けるためにやつらの向かう先が分かれば十分なんだ。
そのために奏は必要だが、俺まで連れて行く義理はない。
ついでに言うと、銀星も美来を狙っている一人だった。
「美来を助ける役目は俺がやるから、てめぇは大人しくここで待ってるんだな」
「……美来は俺の彼女だ。助ける役目は譲れねぇよ」
睨みつけて宣言したが、現状俺は銀星たちのバイクに乗せてもらえないと助けに向かうことすら出来ねぇ。
すぐに足が用意出来ない以上、こいつらに乗せてもらうしかないんだ。
どうしたもんかと考えるけど、怒りと急がないとという焦りからなかなか良い案が出てこない。
「へぇ……お前らつきあってんのか……」
そんな俺を銀星は値踏みするように見る。
そして一つ提案をしてきた。
「じゃあこうしようぜ。美来を助け出せるくらいの力があるのか見てやる。俺に一発でも当てられたら乗せてってやるよ」
「は? 銀星、あんまり時間はないんだぞ? 急がないと」
すぐに反応したのは副総長だ。
そんな時間はないと言われたけれど、銀星はニヤリと笑って「問題ねぇよ」と告げる。
「幹人程度、一発でのしてやる。そうすればここで待っているしかねぇだろ?」
「……のされるかよ」
対抗するように言い返したが、正直不安はあった。
銀星は強い。
ガキの頃から勝てたためしがねぇし、多分八神さんより強ぇだろうから……。
一発でも当てられればいいとはいえ、今までを考えるとのされる方が先な気がする。
でも……。
腕の中に閉じ込めた可愛い彼女を思い出す。
強い女だけど、俺の腕に収まるくらい小さい。
守られてばかりいるような女じゃねぇけど、それでも守ってやりたいと思った。
俺の、大事な女。
そんな女が危険な目に遭っている。
それを助け出すのが、俺以外の男であってたまるか。
どうしても駆けつけられない状態なら他の誰かが助けに行っても仕方ねぇ。
でも、今は目の前に駆けつける方法がある。
だったら、何が何でもその方法を手にするしかねぇだろうが!!
「……へぇ」
覚悟を決めた途端、銀星の様子も変化する。
お互いにピリつく空気を肌で感じて戦闘態勢に入った。
怒り、焦り、闘争心。
全部が俺の中で渦巻いて、高揚する。
でも、美来を助けるという意志がそれらを全てまとめて、心の中は冷静に凪いでいるという不思議な感覚になった。
先に動いたのは銀星。
一発でのしてやると言った通り、はじめの一発にかなり力が込められていた。
しかも早い。
「っく!」
いつもの状態なら確かにこの一発を確実に食らっていただろう。
でも、高揚しつつも中心は冷静といういつもと違う感覚は、その早い拳をしっかり見極めていた。
少しかすったけれど、渾身の一撃を俺はかわす。
そしてそのカウンターで拳を繰り出した。
「なっ⁉ チッ!」
それでも流石は銀星ってところか。
俺の拳をかわしてすぐに後方に跳んだ。
ちょっとかすりはしたけど、これを一発当てたとは言わねぇだろう。
俺はすぐに次の攻撃に入るよう体勢を整えた。
でも、銀星は驚いたように目を見開き笑う。
「ははっ……マジかよ。なんだかんだ言っても俺の弟ってことか?」
「は? 知るか。時間がねぇんだ、さっさと続きするぞ?」
そうして構える俺に銀星は「いや」と戦闘態勢を解く。
「いいぜ、かすっただけでも当てたんだ。連れてってやるよ」
「……いいのか?」
「ああ……。ま、美来もお前が行ってやった方が喜ぶだろうしな」
本当に銀星か? と疑いたくなるような優しい笑みを浮かべられ何だか少し気味が悪い。
でもまあ、連れてってくれるっていうなら文句はない。
四人でバイクの所に行って「ほらよ」と銀星にヘルメットを渡される。
「お前のこと特に弟だって思ったことはねぇんだけど、なんでだろうな……お前の成長が嬉しいって思ったぜ」
「……そうかよ」
照れもせずそんなことを言う銀星に、俺はぶっきらぼうに返した。
でも、なんだろうな。
俺も銀星のことを兄だと思ったことはねぇけど……今の銀星は、兄っぽいなって思った。
「さ、急ぐぞ。振り落とされんなよ⁉」
「ああ」
そうして奏のナビのもと向かった先は街の郊外。
空き家が多い場所だった。
途中で人手が必要だと判断した副総長がチームの連中に連絡したようで、美来が連れて行かれた空き家につく頃には他にもバイクに乗った【crime】のメンバーが増えていた。
少し後に美来たちを乗せて帰れるようにと車で来るやつもいると聞かされる。
「ここだ!」
奏の叫びに、その空き家の敷地に多くのバイクが入る。
真っ先に停車した銀星のバイクから下りた俺は、ヘルメットを外しながら走り出す。
外したヘルメットを銀星の方へ放り投げ、そのまま突っ込むように空き家のドアを思い切り開けた。
「美来!」
呼んだ女は――俺の大事な彼女は、目の前で他の男の腕の中にいた。
でも、振り返った彼女の表情は今にも泣きそうなもの。
俺を見て、涙をにじませながら喜びの笑顔を浮かべる。
「幹人くん!」
そして、俺を求める声を上げた。
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