閑話 久保幹人②

「俺は一緒に行動するはずだったしのぶを探してたんだ」

「しのぶ? ああ……美来の友達の」


 一瞬“お前の彼女”と言いそうになって変えた。

 美来も言ってたが、しのぶって女と奏はつき合ってるのかどうか曖昧な状態みてぇだから。


「約束してた時間になっても来ないから連絡してみたんだ。初めはつながってはいたけど出なくて、三度目からつながらなくなった」


 そして校内を探して歩いていたらさっきの女子生徒に声を掛けられたんだそうだ。


「あの子の話だと、この辺りで美来を見かけたから声を掛けたらしい。でも何だか様子がおかしくて、いつも一緒にいる友達――しのぶのことだな。しのぶともう一人怖そうな女の先輩と『急ぐから』って校舎裏の方に行ったんだそうだ」

「怖そうな女? 誰だそれ?」


 少なくとも同じクラスの他の友人じゃあないだろう。

 しっかりしたタイプと、なんかいつも明るいやつだったはずだ。

 ……名前は憶えてねぇけど。


「確証はないけど、香梨奈って女だと思う。美来を冷たい目で見てたって言ってたし、そんな風に嫌われてるとなるとその女しか思いつかない」


 美来本人が嫌われてるって言ってたからな、という言葉にちょっとムッとする。


「誰だよそれ、美来を嫌ってる女とか……俺は聞いてねぇぞ?」


 兄だから何でも相談しやすいのかもしれねぇが、そんな相手がいるなら話してくれてもいいのに……。

 不機嫌そうな俺に、奏はジトッとした視線を投げた。


「言いづらかったんだろ? 香梨奈って、お前の元セフレらしいし」

「は?」


 思いもよらない言葉に数秒黙り込む。


 香梨奈……あー、確かにそんな名前のがいたな。


 元々人の名前を覚えるのが苦手な俺は、今でも大事なやつの名前しか覚えられない。

 名前を聞いて聞いたことあるなって思っても、顔が出てこなかった。


 でも、とにかく俺の元セフレが美来を連れ去ったって言うなら……。


「……俺の、所為か?」


 俺に関係ある女が、俺の彼女である美来を連れ去ったなら俺の責任ってことだろう。

 自分の所為で美来が嫌な思いをしてるんじゃないかと思ったら、ものすごい後悔が襲ってきた。


 でも奏はそんな俺の言葉を淡々と否定する。


「いや。きっかけにはなったかもしれないが、美来が嫌われてる理由にお前は関係ないっぽい」

「は?」


 予測していなかった言葉に後悔が行き場を無くしてさ迷う。

 この気持ちをどうすればいいのかと戸惑う俺に構わず、奏は話し続けた。


「それよりも気にかかることがある。美来としのぶを連れて行った女自身が何かするってだけなら良いんだけど……」


 そこまで言って、自分のスマホ画面を見ていた奏の顔が焦りと怒りに満ちた表情に歪む。


「ックソ! やっぱりか!」


 叫ぶと同時に走り出し、上履きのまま外に出た。


「お、おい!」


 慌てて俺も駆け出し、「どういうことだよ⁉」と説明を求める。


「俺たちの地元にな、美来に執着してる橋場って厄介な男がいるんだよ」


 奏は走りながらもすぐに説明を口にする。


「この学校への転校の目的は、その橋場から逃げるためでもあったんだ」

「そんな奴が……」

「でもこないだ食堂で美来を【かぐや姫】としてお披露目した。その時の写真がSNSに出まわっちまったんだよ!」

「SNSって……まさか⁉」


 そこまで聞けば奏の言いたいことは予測できる。

 その橋場って男が、SNSで拡散された美来の写真を見つけてしまったんだろう。

 そして美来の居場所を知ってしまった。


「そうだよ! あいつに知られた。地元の友人に様子を聞いたら、最近橋場を見かけなくなったって言っていた。……あいつは美来を追ってこの街に来てる!」

「それ、は……」


 嫌な予感が胸の内側から一気に湧いてくる。

 奏が、その話を今するってことは――。


「美来を連れ去った香梨奈って女は、どういうわけか橋場と結託してあいつらに引き渡したんだ!」


 確信を持って叫ぶ奏に絶句する。


 美来に執着している男が、彼女を連れ去った?

 何とも言えない怒りが湧いてきて、会ったこともない橋場って男を憎く思う。


 ……いや、でも冷静になれ。

 奏の言葉にはかなり思い込みも入ってねぇか?


 怒りの感情がたかぶるときほど冷静にならなきゃならねぇ。

 それは、ケンカをする上で大事なことだと八神さんに教わった。


 だから、深く息を吐いてから奏に問いかける。


「その橋場って男がこの街に来てるってのはあり得そうだ。でもその女と結託したって証拠はねぇだろ? 第一連れ去ったのがその女って決まったわけじゃねぇ」


 極力冷静になろうとしている俺を奏はギロッと睨む。

 そして自分のスマホを俺に見えるように向けてきた。


「その女だけなら別に校内で済ますだろ⁉ 前も校内の倉庫で【月帝】の下っ端けしかけて来てたんだからな!」


 見せられた画面にはこの付近の地図が表示されている。

 その上を青い小さな光が学校から離れるように移動していた。


「橋場が来てるかもしれないって思って、俺たちが子供の頃使ってた見守り用のGPSを親に再契約して送って貰ってたんだ。念のためだったけど、まさか本当に使うことになるなんてな……」


 自嘲する奏はスマホを引っ込めて前を向く。


「何にしたって学校からも連れ去られてるんだ。早く追いかけて助けないとだろ?」

「……そうだな」


 確かにその通りだと思ってそれ以上は問い詰めなかった。


 美来を連れ去ったのが誰かなんてこの際関係ねぇ。

 連れ去られた様子を聞いただけでも美来が望んでついて行ったとは思えねぇし。

 その女の目的が何だとしても、助け出さなきゃならないことは同じなんだから。


 そうして走って向かった先は学校の裏門。


 でも、そこには先客がいた……。



「ん? なんだお前ら……って、幹人か?」


 裏門周辺を何やら調べていた二人の男。

 そのうちの一人――銀星が俺に気づいた。


「銀星? あんた、なんでこんなところに?」


 今の状況を考えて、一瞬銀星が美来をかどわかしたのかと思う。

 でもすぐに否定した。

 かどわかすにしても、こいつの性格を考えれば人任せにはしねぇだろうから。


「遥華が、美来ちゃんたちと一緒に連れ去られたんだよ」


 俺の質問に答えたのは【crime】の副総長をしてる男だ。

 苦々しい表情でその時の状況を教えてくれた。


 こいつらの妹分が美来と友達らしくて、今日この学校でハロウィンパーティーをすると聞いてこっそり参加しようと裏門から忍び込むつもりだったらしい。

 そんなときここに来るはずのない美来たちが来ておかしいと思いこの副総長に電話したんだとか。


 美来以外に女子生徒が二人と、オバケの仮装に見せかけているのかシーツを被った男と思われる三人だと告げたその妹分は、スマホをそのまま通話状態にして美来と接触した。


 聞いた感じの様子では、美来はその男達に無理やり連れて行かれるところだったみたいだ。

 抵抗らしい抵抗が無いようだったから、友達を人質にでも取られているんだろう、と。

 その後男達に電話しているのがバレてその妹分も美来たちと一緒に連れていかれたっぽいとのことだ。


「美来ちゃん以外はいずれ解放するって言って電話切られた」


 スマホの電源も落とされたみたいで、GPSも使えない状態だと話す。


「なんか手掛かりがないかと思ってここに来たところなんだよ」


 そう締めくくられた話に、嫌な予感が確信に変わる。

 そいつらが奏の言う地元の不良なのかどうかは分からねぇ。

 でも、美来以外は解放するってことは美来だけは連れて行くということだ。

 その男達の目的が美来であることは確定だ。


「っざけんなよ……」


 美来を連れてく?

 このまま会えない状態になる?

 そんなの、許せるわけねぇだろうが!


 一気に、怒りが俺の全身を支配した。

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