閑話 久保幹人①

 食堂で昼飯も食い終わった俺は一度カバンを取りに教室に戻り、それから【月帝】のアジトでもある北校舎の第二音楽室へ向かった。

 途中因縁をつけられてそいつらをしていたらちょっと遅くなっちまったけど……。


 最近の俺のヘタレっぷりを見て舐めてくる下っ端がちらほら出てきた。

 幹部や上の連中はちゃんと俺の実力を分かってるから少なくともそういう態度はしてこねぇけど……。


 でもこのままじゃあ八神さんにも迷惑がかかるし、次期総長は別のやつにとかなったらチーム内で闘争がはじまっちまう。

 そうなったらまた【星劉】の連中が勢いづくし、出来ればそれだけは避けたい。


 だから、俺がヘタレてしまう原因を何とかしないとねぇんだが……。


 その原因である女の顔を頭に浮かべる。

 いつも可愛い、俺の大事な彼女。


「美来……」


 選んでもらえるとは思ってなかった。

 初め彼女は俺のことをどちらかというと嫌ってたし、俺もちょっと強引にセフレにしようとかしてたし。


 ……あの頃の俺をぶん殴りたい。


 とにかく、そんな俺だし他にも美来を好きな男はいるから、俺を選んでもらえるとは思ってなかった。

 まあ、選ばれなかったとしても諦められなかったけどな。


 でも、美来は俺を選んでくれた。

 初めて本気になった女で、俺自身どうしていいのか分からなかったけど……。

 でも、そんな俺が良いんだって受け入れてくれた。


 そんな好きすぎる彼女といたら、ヘタレちまうのも仕方ねぇと思う。

 今だって思い出しただけで顔が緩んできそうだし……。


 特に最近している特訓。

 正直心臓持ちそうにねぇって思った。

 手を繋ぐだけでも緊張するってのに、抱き締めるとか。


 でも心臓壊れそうなくらいバクバクさせて抱きしめた美来は、俺の腕の中で恥ずかしがりつつも安心していて……。

 それがなんか、ちゃんと俺のこと彼氏だって思ってくれてんだなとか思えて……。


 優しく扱えば、壊れたりなんかしねぇって思えるようになった。

 だから髪触ったり、額や頬にキスするくらいは出来るようになってきたんだ。


 そんな可愛い美来を……俺は彼氏としてちゃんと大事に守ってやりてぇって思ってる。


「……あー、やば。今すぐ会いたくなってきた」


 昨日はあまり会えなかったし、今朝はちょっと話しただけだ。

 着替えればあとは自由に歩くだけだから一緒に行動していいんだと思う。


 約束したわけじゃねぇけど、さっさと着替えて美来を探そう。


 そう思い立って、俺は第二音楽室へ急いだ。


***


 第二音楽室についた俺は、ドアを開ける前から中が騒がしいことに気づいた。

 何か問題でもあったか? と軽い気持ちでドアを開けて聞こえた言葉に、俺は耳を疑う。


「美来がいなくなったってどういうことだ⁉」


 誰かと電話しているらしい八神さんが焦りを隠しもせず叫んでいた。

 冗談ではありえない様子に、血の気が引くような感覚がする。


 美来が、いない?


「連絡つかないって……何が⁉」


 電話の相手を怒鳴りつける八神さんに、俺はすぐに近づいた。


「美来がいないってどういうことっすか⁉」


 電話中なんて気にせず問い質す。

 どういうことなのか、一刻も早く知りたかった。


「あ? ああ、幹人。お前美来を見なかったか?」

「食堂で見かけたのが最後っすよ。どうしたって言うんっすか⁉」


 逆に聞き返されて、イライラしながらも答えると電話の向こうの人物が何か言ったらしい。


「ん? ああ、そうだな」


 相手にそう返事をした八神さんは、スマホを耳から離しスピーカーアイコンをタップした。


『久保くん、美来さんが着替えに来ないんだ』


 スマホから焦りの滲んだ生徒会長の声が聞こえてくる。

 会長の話では、時間をかなり過ぎても美来が着替えに来なくて何度かメッセージを送ったらしい。

 けれど既読もつかなくて、電話してみたらつながらないんだとか。


 いつもすました顔をしている生徒会長が早口で説明する様子に、いよいよ本気でヤバイ状況なんじゃないかと思った。

 嫌な感じに心臓がドクドクと音を鳴らす。

 話を聞いて、すぐに自分のスマホを取り出し俺も美来に電話を掛けてみた。


 だが……。


『この電話は、電源が入っていないか――』


 つながらないときのアナウンスが流れるだけ。


「ックソ!」


 悪態をつきながらメッセージアプリを起動してみても、何か美来から来ている様子はない。

 嫌な予感がして気が焦る。


 美来、本当にどうしたってんだ。


『久保くんなら何か知らないかと思ったんだけれど、知らなかったか……』


 会長の残念そうな声を聞いて、手詰まりな状況だと分かる。

 それならもう走り回って探すしかねぇじゃねぇか!


『それに何だか変な噂が流れてるみたいなんだ。司狼、気をつけてくれ。このままだと――』

「すんません、俺、美来を探しに行きます」


 会長の話しが途中だったが、俺は構わず声を上げる。


「は? いや、そうだな。行ってこい!」


 いてもたってもいられない俺は、八神さんの送り出す言葉が終わらないうちに第二音楽室を出た。

 走り出しながら、美来の双子の兄の存在を思い出す。


 そうだ、奏なら何か知ってるんじゃねぇか?

 思うと同時に電話を掛けると、2コールもしないうちに奏が出る。


『久保! お前今どこにいる?』


 すぐさま発せられた言葉に奏は何か知っているんだと思った。

 俺の方が色々聞きたかったけど、とりあえずは答えた方が早いかと判断する。


「北校舎の第二音楽室を出たところだ」

『北校舎にはいるんだな? 一階の校舎裏に続く廊下だ。すぐに来い』


 そう指示を出すと、返事も聞かず通話を切られた。

 普段なら文句を言うところだけど、緊急事態だ。

 俺はそのまま指示された場所まで走る。


 階段を駆け下り、校舎裏に続く廊下を奏の姿を探しながら進んだ。

 すると小柄な女子生徒と話す奏を見つけてすぐに駆け寄った。


「奏!」

「ん? ああ、丁度良かった」


 俺の姿を認めた奏は女子生徒に一度向き直る。


「じゃあ、教えてくれてありがとう」

「あのっ! 美来様は大丈夫ですよね?」


 礼を言った奏に女子生徒は不安気な様子で聞く。

 その言葉だけで、美来に何かあったんだろうってことは予測出来た。


「大丈夫だよ。何かあってもちゃんと助けるから」


 女子生徒を心配させないようにだろう。

 奏は柔らかい笑顔を見せて「それじゃあ」と告げる。


 すぐに俺の方を見た奏は行くぞ、と合図を送って足を進めた。

 その表情は女子生徒に向けられたものとは違って硬い。


「……生徒会長が美来が来なくて連絡がつかないって八神さんに電話してきてたんだ。どうなってんだ? 奏、お前何か知ってんのか?」


 早足で歩きながら簡単に説明を加えて聞く。

 奏はスマホを取り出し何か操作をしながら話し出した。


「知ってる。……っていうか、さっき聞いた」

「は?」


 どういうことかと思ったが、奏が言うにはさっきの女子生徒から美来のことを聞いたらしい。

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