会いたくなかった男③

 願っても、超能力が使えるわけじゃない私は幹人くんに今の状況を知らせる術はない。

 スマホは持ってるけど、こっそり操作してバレたときが怖い。

 きっと、私自身じゃなくてしのぶが傷つけられるから……。


 でも、私がいなくなったことはすぐにみんなに知らされるだろう。

 稲垣さんなら、私たちがある程度学校から離れた頃を見計らってわざと大げさに言いふらすだろうから。


 そうなったら奏がGPSで居場所を特定してくれる。

 スマホと、もう一つ念のために持っているもの。

 それを取られてしまわないよう、今は無理に操作して気づかれるわけにはいかないんだ。


 だから、私は大人しくオバケ姿の橋場たちについて行く。


 裏門につくと、数メートル離れた場所にワゴン車が停車してあった。

 あれが稲垣さんが用意したと言っていた車だろう。

 運転席からサングラスとマスクで顔を隠した男が頭だけを出して告げた。


「話は聞いてる。乗れ」


 短く言い放つとすぐに頭を引っ込める。

 悪いことをしているって自覚があるんだろう。

 一目につかないようにしてるみたいだ。


 ……嫌な感じ。


「行くぞ」


 橋場も短く言うと、車に近づきドアを開ける。

 乗れと顎で指示されて、私は嫌々ながらも乗り込もうとした。


 でもそのとき――。


「あれ? 美来? なんでこんなとこにいるの?」


 ここにいるはずのない人物――遥華の声がしたんだ。


 でも、声の方に顔を向けるとそこには黒猫のアイマスクをつけた女の子。

 服装も黒一色で、見た瞬間は本当に遥華なのか不安になってしまう。

 でも、顎のラインといつものおだんごの髪型には見覚えがあるし、何よりやっぱり声が遥華のものだった。


「今日ハロウィンパーティーなんでしょう? 美来仮装するって言ってたのに……なんでこんなところにいるの?」


 不思議そうに問いかけながら遥華は私たちに近づいて来る。


「遥華……? どうしてここに?」


 私は遥華の質問には答えず聞き返す。

 確かに、遥華には今日この佳桜高校で初のハロウィンパーティーをすることを話していた。

 準備で忙しくしている真っ最中に遊びに誘われたから、断る時に理由を伝えたし。


 でも、佳桜高校だけのイベントだとも伝えたはずだ。

 なのにどうして仮装をしてこんなところに南校の生徒である遥華がいるんだろう。


「うーん……本当はサプライズにするつもりだったんだけどね」


 仮面をしていても分かる苦笑いを浮かべた遥華は気まずそうに話した。


「私もハロウィンパーティー参加してみたくてさ。南校じゃあこんなイベント絶対やらないし、仮装していれば案外部外者でもバレずに入り込めるかな、と思って……」

「……」


 いや、ダメだからね? というツッコミは今は色んな意味で出来る状況じゃない。

 とにかく、遥華まで巻き込むわけにはいかない。

 一瞬何とかして助けを呼んでもらおうかとも考えたけれど、危ない橋は渡れない。


 橋場はシーツで顔が見えなくてもピリピリしている様子が分かるし、香梨奈さんは見て分かるくらいイライラしている。

 特に香梨奈さんは少しでも刺激するとしのぶを傷つけるのをためらわないだろうから……。


 だから、遥華のことは巻き込まないようにするしかない。


 それに、ここで遥華を巻き込まずに済めば誰かに私をここで見かけたことを伝えてくれるかもしれないから。


「……ダメだよ、部外者が校内に入っちゃあ。あとごめんね、今ちょっと急いでるんだ」


 さっき調理部の後輩にしたようなへまをしないよう表情に気をつける。

 笑顔は浮かべられなかったけれど、規則を破ろうとした遥華を叱っている様にも見えるから多分大丈夫だろう。


「え? そうなの? でもさぁ、やっぱりちょっと見るくらいはしたいんだけど……」


 不満そうに唇を尖らせた遥華は「そうだ!」と声を上げてしのぶの方に近づいた。


「この子美来の友達でしょう? 美来は忙しくて無理でも、この子にちょっとだけ案内してもらえないかな?」


 と、しのぶの空いている方の腕に遥華は抱きつく。


「っ⁉ ちょっと!」


 それに反応したのは香梨奈さんだ。

 遥華は香梨奈さんからしのぶを奪い取るかのように引っ張ったから、人質を取るなとでもいう思いで抗議の声を上げたんだと思った。


 でも……。


「おい、ふざけたマネしてんじゃねぇよ」


 橋場が遥華のおだんご頭を無遠慮に掴みドスの効いた声を出す。


「うっ! 痛いっ!」


 髪を掴み引っ張られて、遥華の顔が痛みに歪む。


「遥華⁉ ちょっと! 離しなさいよ!」


 何としてでも遥華を巻き込みたくなかった私はすぐに抗議の声を上げた。

 でも私の声は無視され、橋場はそのまま遥華を車に乗せようとする。


「さっさと乗れ。気づかれちまったならどっちにしろ放っておくわけにはいかねぇからな!」

「きゃあ!」


 投げるように遥華を車の中に押し込む橋場。

 私もすぐに車に乗り遥華に寄り添った。


「遥華! 大丈夫?」

「いたた……髪何本かぬけたぁ。ひどーい」


 痛みをうったえてはいるけれど、その様子からはまだ余裕がありそうでホッとする。

 でも、すぐに安心していい状況じゃないことを思い出した。


「この子はたまたま会っただけでしょう⁉ 巻き込まなくてもいいじゃない⁉」


 ぞろぞろと乗り込んでくる橋場達を睨みつける。

 でもシーツを取った橋場の顔は、そんな私の言葉に不満がある様だった。


「会ったのはたまたまだろうがな。そっちから巻き込まれに来たようなもんだぜ?」

「え?」

「はいはい、失礼しますっと」


 橋場の言葉に訝しんでいると、茶髪の男が遥華に近づく。


「あっ!」


 そしてサッと遥華の腰の辺りに手を伸ばしたと思ったら、彼女のスマホを取っていた。

 その画面には通話中の表示。スピーカー状態になっている。


「全く、こっそり電話するとか……あんたこういうの手慣れてんのな?」


 頼りなさげなタイプだと思っていた茶髪の男。

 でも、それは橋場を前にしたときだけだったらしい。

 自分よりも明らかに弱いであろう遥華に対しては嘲るような余裕の笑みを浮かべていた。


「で? 電話の相手って誰? あんたの身内? まさか警察じゃないよな?」


 電話の向こう側にいる“誰か”に話しかける茶髪男。

 スマホから聞こえてきたのは連さんの声だった。


『……お前ら、その子たちに何するつもりだ?』


 慎重に紡がれる言葉に、こっちの状況を理解しているのだと思う。

 やっぱり暴走族の副総長をしているだけあって、この手の緊迫した状況を読み取るのが上手いのかもしれない。


「“その子たち”、なぁ……。ま、美来以外はそのうち解放してやるよ」

『は? 美来ちゃんは――』


 連さんがまだ何かを言おうとしていたけれど、茶髪男は構わず通話を切った。


「この様子だと身内っぽいな」


 そしてそのままスマホの電源を落とす。


「もしかしたらGPSとか使って来るかもしれねぇからな。没収して電源落とさせてもらうぜ?」


 ほら、あんたらも。と言って私としのぶのスマホも没収されてしまった。


 でも、大丈夫。

 もう一つの方は気づかれていないから。

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