会いたくなかった男②

「さぁて。美来、本当に会いたかったぜ?」


 稲垣さんがいなくなったことで場の主導権を得た橋場が近づいて来る。

 ニヤリと嫌な笑みを浮かべていた橋場は、私の目の前に来ると不機嫌そうに眉を寄せた。


「でもよぉ、その格好はなんだ?」

「……何よ」

「こんなダセェ眼鏡つけて、可愛い顔が台無しじゃねぇか」

「あっ!」


 言うが早いか、橋場は手を伸ばして来て眼鏡を奪い取る。

 かわせないわけじゃなかったけれど、抵抗するとまたしのぶに危害が加えられそうで動きが鈍ってしまった。


「それに、その珍しい色の目も見えねぇからなあ?」

「くっ……!」


 最近はもうカラコンをつけてはいない。

 この学校ではもう【かぐや姫】が私だと知られてしまったし、隠す意味があまりなかったから。


 奏もこの街で私が目立たないようにとカラコンをつけるよう言っていただけみたいで、すでに【かぐや姫】として目立ってしまった今はそこまでうるさくは言ってこなかったし。


 おさげと眼鏡をしているならいいだろう、って。


 そんな私のブルーグレーの瞳を覗き込んだ橋場は、満足そうに笑い持っていた眼鏡をパッと離した。


 カシャン、と音を立てて床に落ちる私の眼鏡。

 それを橋場は思い切り踏みつける。


「なっ⁉ ちょっと!」


 フレームがぐしゃりと曲がりレンズも割れてしまった眼鏡。

 抗議の声を上げたけれど、続きを口にするより先に顎を強く掴まれた。


「何だよ、別にもういらねぇだろう? お前はこのまま俺のものになるんだ。俺のものになって、他の男をたぶらかさねぇように閉じ込めてやる」

「な、ん……?」


 閉じ込めるって……。


「お前が俺のところまで堕ちてくるのを待ってたんだけどなぁ……。こんな風に逃げられるなら籠の鳥にして飼ってやるよ」

「飼う、って……」


 こいつは、私を何だと思ってるんだろうか。

 飼うなんて、もう人として見ていないんじゃないの?


 怖さも怒りも通り越して、ただただ不快だった。


「ま、とにかくここを離れねぇとな。邪魔が入ったらせっかくのチャンスが水の泡ってやつだ」


 粘着質に私の顔を見ていた橋場だったけれど、そういうところは理性が働くのか一度私を離す。


「おい、そこの女。その人質、ちゃんと連れて来いよ?」


 橋場は視線だけを香梨奈さんに向け指示を出す。

 でも香梨奈さんは不機嫌な態度を隠すことなく声を上げた。


「はぁ? 私に命令するんじゃないわよ。私はあんたたちがその女を連れて行く手助けをしてあげてるの。あんたの手下になった覚えはないわ」


 橋場の怖さを多少なりとも感じているだろうに、香梨奈さんは強気の態度を崩さない。

 そんな彼女に、いつの間にか近づいていた橋場の手下――黒髪の方が「まあまあ」と声を掛ける。


「仮装してこの学校に入り込めたけどさ、俺らってやっぱり部外者なんだよ。だからあんたがちゃーんと案内して、ついでにその人質を連れて来てくれれば助かるんだって」


 だから頼むよ、と言わんばかりに香梨奈さんの肩を叩く。


「……分かったわよ。仕方ないわね」


 黒髪の頼みに香梨奈さんはため息を吐いて了承した。


「てなわけで。行こうぜ、美来」

「……」


 視線を私に戻した橋場は余裕の表情で誘う。

 行きたくないなんて言っても多分しのぶに怖い思いをさせてしまうだけ。

 せめてもと無言を貫くことしか出来なかった。


 ……でも、本当にどうしよう。

 私、このままコイツに地元まで連れて行かれちゃうのかな?


 橋場を睨みつつ、心の中には不安が宿る。

 しのぶは流石に地元まで連れて行かれたりしないだろうけど……それでも無事に済むとは思えない。

 このままじゃあ絶対ダメだと分かっているのに、どうすることも出来なくて……。


 奏、ごめん。


 私のために色々頑張ってくれていたのに結局橋場に捕まっちゃって。

 しかも、奏の好きな子を巻き込んじゃった。

 申し訳なさ過ぎる。


 ……それに、幹人くん。


 このままだと、大好きな彼氏にもう二度と会えなくなってしまう。

 そればかりか、また好きな人以外の男に唇を奪われてしまう。

 多分、それ以上のことも……。


「っ!」


 ゾッとした。

 それだけは、本当に嫌。


 ……幹人くん……助けて。


 あまり人に助けを求めることのない私だけれど、今回ばかりは自力ではどうしようもなさそうで……。

 私を守ってくれる、大事な彼氏に思いを馳せた。

 助けて欲しいという思いが届くように、強く彼を思う。


「行くぞ」


 幹人くん!


 強く大好きな人を思いながら、私は仕方なくシーツを被りなおした三人の後を付いて行った。

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