会いたくなかった男①
「な、んで……あんたが……」
やっとのことで絞り出した言葉に、橋場は笑って答える。
「なんで? ははっ……つれねぇなぁ。お前があの街からいなくなって随分探したんだぜ?」
「そうそう、全く苦労したぜ。奏の野郎、徹底的に転校場所秘密にしてたからなぁ」
橋場に引き続き他の二人もシーツを取りニヤニヤ笑っている。
こいつらにも見覚えがある。
黒髪のチャラそうな男と、茶髪のちょっと頼りなさそうなタイプの男。
いつも橋場にくっついている奴らだ。
「やっとのことでこの街にいることだけは分かったけど、住んでる場所までは分からなかったんだぜ?」
でも、と彼らは稲垣さんを見る。
「コイツが声掛けて来てくれてなぁ。美来に引き合わせてくれるって言ってきたんだよ」
「っ!」
三人の話に、私も稲垣さんを見る。
どうして? という言葉は口にせずとも伝わったみたいだ。
「そんなに驚くことか? さっきも言っただろう? 君がいなくなればいいって。彼らに連れ去ってもらうのが一番だろう?」
稲垣さんは当然のことの様に橋場達に出会えて良かった、と続ける。
「彼らは君を連れ帰りたいみたいだったからな。利害の一致さ」
私を隠して八神さんと如月さんを争わせたい稲垣さん。
私に執着していて、連れ帰りたい橋場。
確かに稲垣さんの言う通り利害の一致だろう。
でも、大人しく従うつもりはない。
【月帝】と【星劉】が争って、一般生徒も巻き込む抗争に発展させるわけにはいかない。
大嫌いな橋場と、共に行くつもりなんかない。
「私が、大人しく付いて行くとでも?」
行くわけがないでしょうと暗に告げると、今まで黙って成り行きを見ていた香梨奈さんが鼻で笑った。
「ふん、忘れたの? こっちには人質がいるのよ?」
「っ!」
香梨奈さんの馬鹿にするような口調としのぶの息を呑む音にすぐに彼女たちを見る。
香梨奈さんはナイフをグッとしのぶの顔に近づけていた。
小さくても鋭い刃の先端は、しのぶの目を狙っている。
「っ! やめて!」
しのぶの存在を忘れていたわけじゃない。忘れるわけがない。
でも、しのぶは直接の関係はないはずだ。
解放するのが無理でも、私と一緒に連れ去られる必要はない。
「分かったわよ。橋場に付いて行けばいいんでしょう?」
「初めからそうしなさいよ」
冷たく言い放つ香梨奈さんの手が少し下がる。
しのぶから刃が離れたことでホッとした私は、しのぶの処遇について願った。
「しのぶは関係ないでしょう? 解放してよ」
「それは出来ない」
香梨奈さんに願ったつもりだけれど、答えたのは稲垣さんだ。
「俺の計画を聞いていたんだ。バラされるわけにはいかないからな、解放は出来ない」
それくらい分かっているだろう? と、呆れと嘲りがないまぜになったような笑みを浮かべる。
「それに、美来さんは結構強いから。枷になる人質がいた方が暴れないだろう?」
「……」
稲垣さんの言葉通りだったので何も言えなかった。
しのぶが人質になっていなければ、人数がいても逃げるくらいは出来る。
実際地元ではいつもそうやって橋場から逃げていたんだし。
「というわけで、その子もこのまま連れて行くといい。そうすれば美来さんは大人しくしているだろうから」
と、稲垣さんは私に向けていた笑顔を橋場に向ける。
「そりゃあいい。せっかく見つけたってのに、いつもみたいに逃げられたら困るからな」
上機嫌な橋場に舌打ちしたくなった。
分かっていたけれど、人質を取ることを卑怯だとも思っていないみたいだ。
卑怯で、卑劣で、対面してるだけで胸糞が悪くなるような男。
それが橋場冬馬という男だった。
その卑劣さは数か月見ない間でも変わりないみたいだ。
しかも手下の男二人もしのぶのほうを見てニヤニヤしている。
絶対ろくなことを考えていない。
「じゃあ、引き合わせも済んだし俺は自分の役目に戻るよ。車は手配しているから、後は好きにしてくれ」
稲垣さんは片手をヒラヒラさせてそう言うと、倉庫の出入り口に向かった。
出る寸前に一度振り返って私を見る。
「さようなら、美来さん。俺も君が好きだったよ……憎らしいほどにね」
まさしく愛情と憎悪が共にある様な目をして、笑う。
「っ……」
その目が純粋に怖いと思った。
でも、今の状況を作り出し、これから学校全体をもっと酷い状況にしようとしている彼には怒りの方が勝る。
私は稲垣さんをキッと睨んで宣言する。
「……稲垣さん、あなたの思惑通りになんてさせません」
ハッキリと、確かな意志を持って告げた。
けれど、稲垣さんは本気で可笑しそうに笑い出す。
「ははっ! この状況でよく言うよな。負け惜しみにしか聞こえないって」
「……」
分かってる、稲垣さんの言う通りだ。
しのぶが人質になっていて橋場もいるこの状況。
打開策も見つけられない状態じゃあ確かに負け惜しみにしかならないだろうから……。
でも、だからって気持ちまで負けたくない。
これ以上は本当に負け惜しみになるから何も言えなかったけれど、稲垣さんを睨むことだけは止めなかった。
「全く、そういう強さも美来さんの魅力だよな。……その可愛い顔が絶望に染まるところを見れないのが残念だよ」
心の底から残念そうに言うと、稲垣さんは「じゃあな」と今度こそ倉庫から出て行ってしまった。
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